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第一部
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しおりを挟む「どうだった、惟澄さまは」
夜彦山を降りて再び街の賑わいの中に身を置くと、真崎ははじめて口を開いた。
「たいへん、印象深い方でした」
「だろう。泉などは、心底信奉している」
もっと言いたいことがあるだろうと言わんばかりに、真崎は薄い笑みを浮かべた。そこで不二は、
「わたしは、龍の一門が、みな紫色の目をしていると思っていました。女の方はちがうのですか」
「いや」
真崎は首を振った。
「目に紫があるのは、〈龍〉の旧世代だけだ。あまり知られていないことだが」
「ですが、羽矢さまは?」
「あの方も、旧世代に属している。惟澄さまの両親は、羽矢さまの両親より五世代ほど若い。惟澄さまと羽矢さまは、同い年だがな」
「同い年?」
不二は、当惑して立ち止まった。
「待ってくださいよ。なにがなんだか、わからなくなってきました」
「だろう」
真崎は、愉快そうに不二を眺めていた。
「家に帰ったらゆっくり説明してやるよ」
屋敷に戻ると、真崎はまた来ると言って不二を部屋に残し、どこかに行ってしまった。そのまま一向に現れる気配はない。
じらしているんだな。不二は苦笑した。
まあ、気長に待っているとしよう。龍の一門について学ぶべきことは、山ほどありそうだ。出だしから焦っていても、はじまらない。
不二は板間にごろりと横になって、天井を見上げた。
それにしても、羽矢と惟澄が同い年とは、どういうことなのだろう。不二が出会った羽矢は、どこから見ても十三四の少年だったのに。
いつの間にかうとうとした。はっと目覚めると、真崎のあきれたような顔があった。
「よく寝ていたようだな」
「そのようです」
不二は、がばりと起きあがった。部屋の前の廊下に、西日が射し込んでいた。だいぶ眠っていたらしい。
「夕膳は、こっちに運ばせることにした。気兼ねなく話ができる」
真崎は、どっかりと座り込んだ。
「さて、何から教えて欲しい?」
不二は、姿勢を正して座り直した。
「いったい、羽矢さまと惟澄さまは、お幾つなんです?」
「二人とも、わたしと同じ年に生まれた。ああ見えて、羽矢さまは十八だ」
「しかし……」
「〈龍〉の旧世代は、成長が遅い。その分、長命だからな」
「なるほど」
不二は頷いたが、ふと首をかしげた。
「では、惟澄さまたちは?」
「新世代か」
真崎は、薄い笑みを浮かべた。
「近頃では、五十を超えた新世代を見かけない。つまり、わたしたちより短命ということだ」
不二は、目を見開いた。
真崎は、不二の驚きぶりに満足したように言葉を続けた。
「〈蛇〉の惣領が、代々覚え書きを残しているんだ。〈龍〉の子供の中に、目に紫を持たない者が混じりはじめたのは、三百年以上も前のことだという。彼らにも呪力はあったが、寿命は普通の人間並で、その子供も黒い目だった。一方、紫色の目を持って生まれた〈龍〉からは、次代の子供が生まれることはなかった。やがて龍の一門の子供は黒い目だけとなり、それどころか、寿命もさらに短くなってきた。新旧の世代の間は開く一方だったのさ。羽矢さまの誕生までは」
真崎は、言葉を切った。
「羽矢さまの両親は、子供を産むはずがないと思われていた最後の旧世代だ。羽矢さまは、すこぶる特異な存在なんだ」
不二は納得した。
紫色の目をした子供に会ったと話した時、すぐに羽矢の名が出たのはそういうわけか。羽矢は最も若い、真正の〈龍〉なのだ。
侍女たちが入ってきて、薄暗くなった部屋に灯を点し、二人分の膳を用意した。
不二は、しばらく無言で考えた。龍の一門は、思っていた以上に複雑だ。もしかしたら自分は、一番面白い時代に出くわしているのかもしれないな。
侍女たちが去ると、不二は口を開いた。
「〈龍〉に、何が起きているとお思いです?」
「父上は、地霊のせいだろうと言っている」
真崎の声は、自然に低くなってきた。
「龍を見たことがあるか?」
「空を翔ぶ、本物の龍ですか」
「ああ」
「ありません。わたしの父なら、子供の時に一度見たことがあると言います。空高く、東の方角に翔んで行ったそうですよ」
「天香には、年に数度は現れる。同じ龍か、違う龍かはわからないが。だが、それだけだ。ほとんどの龍が、大那から姿を消した」
不二は頷いた。
龍は地霊を呪力に変えて飛翔する。大那の地霊は、以前よりも豊かでは無くなっているということだ。
地霊とは、この大那の命の源だ。人も獣も植物も、すべての生きものの霊は地霊から生まれ、死して後また地霊へと帰っていく。大那がまだ若く、地霊に溢れていた太古の時代には、龍も存分に空翔けていたことだろう。
だが、今は違う。徐々にではあるが、大那の地霊は衰えているらしい。他の生きものには微々たる変化にすぎなくても、強大な呪力を持った龍には、致命的なものとなる。
大那は、龍にとって棲みにくい世界になってしまったのだ。
同じことが龍の一門にも起こっているということか。
「〈龍〉はこれから、どうなるとお思いです?」
「さあて」
真崎は、小さく鼻で笑った。
「〈龍〉あっての〈蛇〉。我々はただ、龍の一門の時代が長く続くことだけを考えていればよいと、父上は言っている。〈龍〉の数が年々少なくなっているのは事実だが、羽矢さまが生まれた。羽矢さまがいる限り、龍の一門はこれから数百年は安泰だろう」
羽矢の目は、龍の一門のゆるがぬ権威の象徴というわけだ。
「ともあれ、まずは羽矢さまに気に入られることだ、従兄どの」
からかうような口調で真崎は言った。
「あの方についていて損はない」
せいぜい努力することにしよう。
不二は心の中で肩をすくめた。
しかし、惟澄たちは羽矢をどんなふうに見ているのだろう。
〈龍〉の証である紫色の目、約束された長い命。
自分たちにはないものを、生まれながらに手にしている羽矢を。
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