ミキちゃんちのインキュバス! 

千両文士

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【ミキちゃんちのインキュバス!(第二十五話)】「愛しき人は全て去り行く……アラン君と元カノ!?」

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 平日の夜。都内を走る都心環状鉄道車内。
『まもなく寛田(かんた)、寛田に到着いたします……』
(はあ、憂鬱だなあ……帰つてアラン君のご飯が食べたいなぁ)
 株式会社サウザンド人事部社員、守屋美希。通称ミキちゃんは日中の会社勤務を終えた後、S駅からいつもは乗らない電車に乗って寛田駅で下車。スマホGPSマップを確認しつつとある場所に向かう。

「ミキ! 遅いわよぉ!」
 数多のサラリーマンが仕事のストレスを『酒』と言う名の万能薬で洗い流す禊の聖地、居酒屋「わだかまり」。
 そこで一人飲みしつつミキちゃんを待っていたのは紫色のブラウスにスカート姿の女性、ミキちゃん音大時代の友人にして音楽家の和歌間 真紀(わかま まき)だ。
「ごめんね、マキ! 仕事が遅くなっちゃって……とりあえずビールと枝豆で!」
 ミキちゃんは荷物を下ろしつつ友人に謝る。
「サラリーマンも大変ねぇ。気のせいかもしれないけど……ミキ、好きな人でも出来たの?」
「えっ、何のこと?」
 おしばりで手を拭いていたミキちゃんは先に一杯やってほろよい気味の友人にドキリとする。
「……そもそもさぁ、ミキは元々美人でお胸も大きくて長身でスタイルもよくてすごく賢いんだよ? そんなスーパーウーマンをほっとく男なんていないよねぇ。もうミキもあたしと同じく30代中盤何だからいい男がいたら結婚しちゃった方がいいわよぉ……」
「ええ、両親も兄も義姉も今はそこまでうるさくないけど……そうねぇ」
「甘いわよ、ミキ! あと半年もしたら人生後半序盤に突入、そしたら親からはお見合いしないかとか、独身で子供もいないのは老後孤独死するぞとか……遠回しな干渉行為が始まるのよ!」
(ああ、めんどくせぇぇぇ!! こっちは仕事で疲れているのに無理して来たの……いや、落ち着くのよ私。きれたらそこで敗北よ!!)
 音大時代の元ルームメイトに六つ年上の音楽家と結婚する事が決まったから既婚者になる前に会いたいと言われたミキちゃん。
 色々あって挫折した自分と違って才能と幸運に恵まれ、音楽家としてそれなり以上の成功を収め、女の幸せまでも掴み取った友人に会うと言うのは気持ちがいいものではないだろうと予測はしていたミキちゃんは感情を抑え、淡々と受け答える。
「それでダーリンのご両親はさあ……」
「うんうん」
 ミキちゃんはくだをまく友人に適当な相槌を打ちつつビールとおつまみ、その他注文した物をもしゃもしゃと食べる。

 それから一時間ほどして……
「ああ、もう尽きるところ結婚して子供だなんて面倒くさいよぉ……私は音楽家として自由に気ままに生きていたいのにぃ…… ミキはどう思う?」
「ごめん、それに私が答えるのは無理」
「そうよね、そうよねぇ……ああ、君は何で私を見捨てたの。何でさよならも言わずに消えてしまったの……ごめんなさいしか百えなくてもまた会いたいよぅ」
 ほろ酔いを通り越して小虎になりつつあるマキはテーブルに突っ伏してシクシクすすり泣く。
「君?」
「うん、私の元カレ……ミキがいなくなった後、独りぼっちの私とルームメイトになったハ―フのイケメンで、優しくて、紳士で、いつも傍にいて慰めてくれた人だったの」
(私が実家に帰った後……ヒモ男と同棲していたのかしら?)
 ミキちゃんは自発的に詮索はしないが、直感的に耳を傾ける。
「本当に優しくて、素敵で大好きだったのに……なんでいきなり居なくなっちゃったのよお。しかも名前も連絡先も残ってないなんて……どういうことなのよぉ」
 酒のせいで過去の傷を扶り開いてしまったマキはテーブルに突っ伏してシクシクすすり泣く。
「あの、お客様……お取込み中の所もうしわけありませんが、そろそろお席の利用時間になりましたので。延長いたしますか?」
「あっ、はい……マキ、どうする? もう少し飲む?」
 店員に声掛けされたほろ酔い気味ミキちゃんは友人に聞く。
「……グゥ……グゥゥゥ」
「すみません、すぐに会計するのでタクシーを呼んでもらえますか? 領収書お願いします」
 ミキちゃんは手早く一万円札二枚と伝票を店員に渡す。

 都内S区のマンション508号室。
「よっ、はっ……おおっと!」
 一人での夕食を済ませ、ジョイステーションエックスで茶摘から借りたゲームソフト『ニャンティ・ザ・ベリィ 七大精霊王の試練』をプレイしつつミキさんの帰りを待つ淫魔アラン。
 そんな彼のスマホがビービー鳴る。
「おやっ、 ミキさんからだ……『タクシーで帰る。あと10分ぐらい』」
 チャットアプリを確認したアランはジョイステーションエックスをスリープモードにして台所に向かい、冷蔵庫でキンキンに固めておいた保冷剤と、二日酔い防止ドリンクを確認。白湯を用意しつつ、締めのカップラーメン在庫を確認する。
「よし、あとは…… ミキさんのお帰りを待つのみ!」
 アランがジョイステーションエックスをONにしてゲームを再開しようとしたその時、玄関インターホンが鳴る。
「ミキさん、お帰りなさ……い?」
 ミキさんがどうにか玄関まで運び入れたぐでんぐでんに酔いつぶれた女性にアランは戸惑う。
「アラン君、ごめんね……友達が酔いつぶれちゃって」
 アランは慌てて女性に駆け寄り、かついで部屋に入れようとする。
「ミキぃ、ここはどこ?」
「ここは私の家よ」
「そうなのぉ……? あるぇ? 君は……インマ君、インマのアラン君なの?」
 アランに気が付いたマキは驚いた眼でじっと見る。
「……まさか、マキさんですか?」
「やっばり、やっばりそうなのね!!」
 マキはアランをぎゅっと抱きじめる。
「アラン君、ああアラン君! またこうして会えるなんて! マキ、嬉しいよぉ!」
「ちよっと、マキ……」
「数カ月も一緒にいたのに……何で何も言わずにいなくなっちゃうのよぉ! 
 何でミキの所にいるのよぉ! 私の事が嫌いになったの!? ワガママ女でごめんね、本当にごめんねぇえ!」
 わけのわからない事を叫びながらアランに泣きつく友人にミキちゃんは理解が追い付かない。
『スリープ』「ぐぅ……」
 アランが小声で呟いた瞬間、マキは再び寝息を立て始める。
「ミキさん、とにかくこの人をソファーに運びましょう」
「うん、わかった……」
 ミキちゃんはアラン君の言葉にうなずく。

「ねえ、アラン君。マキが言っていた元カレって君のことなの?」
 アランと共にソファーにマキを運び終えたミキちゃんはアランに問いかける。
「……はい、そうです。ごめんなさい」
「いいのよ、その件でアラン君の事を責めてるわけじやないから。
 それより彼女の所から何も言わずに去っていったと言うのは事実なの? どうしてそんな事をしたの?」
「……ミキさん、ごめんなさい。僕がここにいると分かったら嫉妬深くわがままなマキは何をしでかすか分かりません。彼女がいなくなるまで僕は猫に化けて隠れていますので後の事はお願いします」
 アランはミキさんの問いかけに答える事無く白ソックスな黒猫に化けてタンスの下に入り込み、暗闇の中で背を向けて丸くなってしまうのであった。

【完】
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