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【第二話:セルフ・イントロデュース】

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(本当にあの図面通りみたいだな……)
 半円形のコンクリート部屋の拘束椅子から解放され、その他8人と共に移動した直樹。
 先刻の映像でもあった3つの小部屋とそれらを繋ぐ渡り廊下、鍵がかかって入れない大きな扉。
 脱出口を探して狭い空間をドタバタと走り回って疲れ果てた9人は人数分の椅子とテーブル、食べ物と水が置かれた部屋にひとまず集まっていた。

 白髪のおじいさん、小学生ぐらいの子供、栗色ロングヘアでおどおどした若い女性、化粧の濃い小柄な黒髪ツインテールの若い女性、ごく普通の若い男性、足を組んでテーブルに乗せたまだら金髪で目つきの悪い男、顔中ニキビ痕だらけで陰気な表情でぶつぶつ呟くばかりのロン毛男、黙って考え込む肥満男……直樹は同じ不幸に巻き込まれた見ず知らずの8人を見回す。

「出口は無かった……んですよね?」「……ああ」
 直樹の発した言葉に黙って考え込んでいた太った男が答える。
「そんな。じゃあ出られないという事? どうなってるの? 私達に何が起こったと言うの……? あのゲームマスターなる人はこんな事をしてまで何がしたいと言うの?」
 黒い画面上の白デジタル数字で謎カウントダウンし始めたスマートウオッチの画面と黙り込んだ8人を交互に見つつ怯えた声で問いかける栗色のロングヘアで怯えた若い女性。
「それこそあの女はどこかの政府の手先でこれを見ているのはヤヴァい独裁者なのかもしれないなぁ……もう俺達終わりだぜヒヒヒ……死ぬしかねぇんだよ」
「ヂッ……」
 ニキビ男の不安を煽るような言動に露骨に舌打ちする目つきの悪い男。
 2人の言動を全否定し注意出来る精神的余裕も論拠も無く、何が起こっているのかもわからない状況の9人は最悪の空気の中、何をすべきかもわからないままただただ黙り込むばかりだ。
「とりあえずお互い自己紹介しませんか?」
 そんな中、口を開いた少年は妙に大人びた冷静な声で皆に提案する。
「とりあえずボクから行きますね……ボクは加藤 浩介(かとう こうすけ)。普通の小学6年生で12歳。おそらく受験塾帰りの電車で何かされたと思われますがなぜここにいるのかはわかりません」
 今この場で最低限必要な情報と分析事項だけを完結に述べる少年。
 その聡明さに直樹含む大人たちは少し冷静になる。
「時計回りで順番だとしたら、左隣のお兄さんですかね?」
 浩介少年はそう言いつつ隣の直樹をちらりと見る。

「都内私立高校2年生、岩谷 直樹(いわたに なおき)17歳です。両親は会社員と公務員、部活動は無所属、成績も全教科中ぐらい。学校帰りの自宅近くで何かあったのかと……」
 少年に促された直樹は名前と年齢、簡単な自己紹介とここに来る前の最後の記憶について話すフォーマットに基づいた自己紹介を終える。

「では次は私か。私は昨日までK県にある大手貿易会社の課長だった山田 源太郎(やまだ げんたろう)70歳。退職したその日の帰りに何かがあったのだろうな……」
 悠々自適なリタイアライフを台無しにされた企業戦士、白髪の老人・源太郎はため息と共に答えつつ、隣の栗色ロングヘアの若い女性に順番を回す。

「はい、私はK県在住の信濃 唄子(しなの うたこ)。30歳の主婦です。何があったのかは……ごめんなさい、何もわかりません」
 おどおどした栗色のロングヘアのお姉さん・信濃さんは申し訳なさそうに立ち上がり全員に頭を下げる。

「次はあたしね……その前に誰でもいいからタバコ持ってない? ニコチン不足でちょっと気分が悪いのよ」
 アイシャドウにルージュの濃い化粧で小柄な黒髪ツインテールの若い女性は全員を見回す。
「まあ、持ってるわけないか。ごめん。あたしはアイドルグループABC15のメンバー、RINKO。こんな状況だけど本名とか年齢を事務所外の人に言うとアイドル生命終わるから秘密ね」
「ABC15!? 私のひきこ……出不精な息子がファンでCDを100枚買っていたあのABC15なのか?」
 予期せぬ言葉に思わず食いつく老企業戦士・源太郎。
「ああ、ありがとね……と言いたいとこなんだけどさ、アタシは補欠の補欠みたいなもんだからテレビに出たりライブステージに立った事なんか一度も無くてさぁ……」
 指の間に挟んだエアタバコで妄想ニコチンを補いつつ自虐的に笑う底辺アイドルRINKO。
「割とマジでこのまま風俗落ちか残留出来ても枕営業しかなかったからある意味人生逆転のチャンスを与えてくれたあのキチガイ女には感謝しないとね……ひひひ」
「……」
 冗談だとしても笑えない病んだ目で不気味に笑う底辺アイドルRINKOに直樹は背筋が寒くなる。

「次は……ヤンキーのお兄さん?」
「あぁん?」
「あぁ、ごめんね。じゃあロン毛男君か?」
「……あっ、あ……その、自分は……」
 RINKOに指名された瞬間、目を見開いて異常なまでの脂汗ドロドロダラダラになりながら口ごもるロン毛ニキビ男。
「……うぷっ」
 次の瞬間、真っ青になって口を押さえたロン毛ニキビ男は椅子を蹴倒して部屋から猛ダッシュで飛び出し、トイレへ直行。せき込みながら胃の内容物を豪快に吐き戻す音が渡り廊下に響く。
「ヂッ……!!」
 明らかにいら立って機嫌の悪いまだら金髪男は舌打ちと共に立ち上がってその他7人を睨み回し、続いて部屋を出ていく。

【第三話:ヘルプ・イーチ・アザーに続く】
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