赤いりんごは虫食いりんご 〜りんごが堕ちるのは木のすぐ下〜

くびのほきょう

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15歳

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陛下と昼食を摂るために案内されたのは、昨晩ドミニクたちと作戦会議を行った謁見室。

母と共に入室すると、部屋の中央にある円卓にはすでに陛下とドミニクの2人が座っていた。
挨拶もそこそこに、陛下からすぐにカイルをテイムして欲しいと頼まれ、オリーブがテイム内容の指示書を貰ったと同時にカイルが入室してきた。
陛下とドミニクから急かされ、オリーブは指示通りにカイルの人魚への執着を他へ変更するテイムを施すと、テイムが終わり眠ってしまったカイルは年老いた従者に抱えられて退室していった……。

「もうこれでカイルの人魚への執着は無くなったはずだ。ただ、今度はオリーブ嬢とフレイア嬢が飛行機を知っている転生者だと、カイルに知られないように気をつけないといけないな……」

優しい笑顔でオリーブを労う陛下へ、オリーブは頭を下げながらペンダントを差し出した。

「母と相談した結果、こちらのペンダントをガルブレイス王家へ謹呈することにしました。王家で管理頂けると幸いです」

「恵贈、感謝する。……代わりと言っては何だが、マーメイドの力を直系にしか引き継がれなくなる魔道具を用意したいと思っているが、どうだろうか」

オリーブは頷き同意を示した。
先祖返りのせいで人魚同等の強力なテイムが使えてしまうオリーブ。そんなオリーブの子孫は、ペンダント無しでも強力なテイムが使える歌姫が出てくる可能性があり、代を重ねるごとに傍系へと力が広がっていってしまう。
オリーブのような先祖返りが予期せぬ傍系へ出ないよう管理した方が良いだろう。

マーメイドとマーマンの話は代々の国王だけに伝えられてきたと聞いたが、ドミニクには既に伝えているようだ。

「私もドミニクも、ステファニー夫人とオリーブ嬢のテイムの力を利用するつもりはない。むしろ、隠そうと思っている。でも、このペンダントとマーメイドの力を悪用しようとする子孫が現れないと、断言はできない……。悪用させないための抑止力として、シウコアトルの鱗がとても重要になる。お互いのために、今度からはシウコアトルの鱗を大切に引き継いで行って欲しい」

「とは言え、数代のうちにマーメイドの力を王家へ取り込んでしまうのが1番穏便な解決策だろうと考えてるけどね。僕はフレイアしか妃を娶るつもりはないし、オリーブ嬢にも良い人がいるみたいだから、次代以降の課題かな」

つまりは、ドミニクの子孫と、オリーブの子孫が結婚し、生まれた子供を国王にするということ。
ドミニクから”良い人がいる”と言われたオリーブの顔が熱くなる。耳の先まで熱い……。

「つい先ほど、セッラ山の麓で焼死体が見つかったと報告があった。すぐ近くにパレルモ伯爵家の紋章が入った万年筆を含む沢山の宝飾品が入ったカバンも見つかっている。……昨晩遅くにセッラ山上空を飛ぶシウコアトルの目撃証言があり、パレルモ伯爵夫人ジョナが昨晩から行方不明となっている。その焼死体はシウコアトルに報復され焼かれたジョナ・パレルモだろう」

陛下から知らされたジョナの呆気ない幕引きに、オリーブも母も言葉が出てこない。

「その報告を聞いてすぐマールムに付けている魔封じを、魔力を完全に遮断する強力な物に付け替えた。この魔封じを付けてる限り、マールムはシウコアトルに感知されない。……これからのマールムは監獄か修道院で暮らすことになるだろう。罪の重さによって収監先は変わるが、どんな処分になっても、この先ずっと魔封じをし続けることになる」

テイムの件は公にはできないため、表向きのマールムの罪は軽くなってしまうかもしれない。だが、魔封じを取った時点でジョナと同じ運命となるだろう。逃亡は即ち死になるのだ。

同じ父を持つ異母妹、マールム……。

マールムが恋したのがカイルでなければ、こんな結果にはならなかったのか。いや、マールムはカイルと出会う前にすでに少なくとも盗んだモラレスの実へヒポトリアをテイムしようとしていた。
カイルへの恋心は関係ない。

どう考えても、母親ジョナの影響が大きい。

ジョナという木に実った赤いりんごのマールム。虫が食うほど熟す前に、木のすぐ下に堕ちる前に、見守り採り上げてくれる人が必要だった。
マールムも父から愛されてはいなかったのだろう。

……私にはお母様とラルフがいたけど、マールムには誰もいなかった。

マールムの処遇が決まったら手紙を書いてみようと、オリーブは思った。
マールムのためではない。今後も何かしらで思い出し、もやもやと悩み続けてしまうだろう自分のためだ。
マールムには逃亡を企てずに生き続けて欲しいと願う。

ーーーーー

この後、多忙な陛下に合わせ急いで昼食を摂り、話し合いは終わった。

オリーブと母は客間へと戻る。

母へ父とパレルモ伯爵家のことを話そうか迷ったが、辞めた。気分の良いものではないし、オリーブたちが関わることはもうないし、なによりも、これ以上母を煩わしたくない。

パレルモ領のゴム工場はできてから約10年しか経っていなかった。設備投資した額を取り返せくらいの頃合いだろう。
でも、山にあったゴム工場は被災し、ゴムの木は全て燃えてしまった。シウコアトルがいなくなったことで硫黄もすぐに採れなくなる。もうパレルモでゴムは作れない。

山火事が起き、主要産業が潰れ、タウンハウスの一部は崩れ、伯爵夫人は死に、嫡子は捕まってしまった。

これからマールムの自白によって、モラレスの実の窃盗やシウコアトルの拉致に関して父の関与が分かる。
もしも、父は全くの無関係だったと証明されたとしても、現状の父の元へ嫁いでくる貴族令嬢はいない。親戚から嫡子を探そうとしても、スキャンダル塗れで資産も主要産業もなくなったパレルモ伯爵を継ぎたい者など中々現れないだろう。

おそらく実子であるオリーブへも声がかかるが、オリーブが断ったら、父は爵位と領地を国へ返上するかもしれない……。

今は社交シーズン外。
ホワイト子爵夫妻は領にいてタウンハウスにはいない。そのため、母はこのまま転送ゲートでホワイト領へと帰るそうだ。
オリーブもホワイト子爵家のタウンハウスには寄らずに貴族学園の寮へと帰ることに決めた。

「お母様、夏季休業になったらホワイト領に帰りますね」

「オリーブの16歳の誕生日もあるし、また会えるのを楽しみにしてるわ」

そういえば、学園入学前に夏季休暇に迎える16歳の誕生日に話があると言われていたが、歌姫の力のことだと思っていた。ペンダントやマーメイドについての話を聞いた後だが、まだ何か残っているのだろうかと、目をパチパチと瞬かせるオリーブへ、母は笑う。

「あらあらその反応、まだなのね。……まぁ夏季休業まであと2週間あるし、きっと、それまでには分かるわよ」

そんな謎めいた言葉を残し、母はオリーブを残して先に退城していった。

オリーブも一緒に退城しなかったのは、また謁見室へ来て欲しいと声がかかったからだ。

ーーーーー

オリーブが案内されたのは、昨晩ドミニクたちと作戦会議を行い、お昼にカイルをテイムした謁見室。

入室すると、部屋の中央にある円卓にはすでに皆が座っていた。
入り口に対して1番奥にドミニク、その右隣にフレイア、左隣にアラスター、少し席を空けてフェリクスとニコラスとサイラス、そしてラルフが座っている。

「こちら、お返しします。ありがとうございました」

オリーブは金色の飾り紐、瞳の色を変える魔道具のブレスレット、通話の魔道具のネックレス、拡声の魔道具のイヤリングと球、使わなかったモラレスの実をドミニクへ返却した。
特に、フレイアの髪によく似た金色の飾り紐を、汚さず壊さず無事返却できたことにホッとする。

そして、フレイアとラルフの間へと着席する直前、その場で頭を下げる。

「皆様、この度は本当にありがとうございました」

「ありがとうございました」

感謝を述べたオリーブに続けるように、ラルフも立ち上がり頭を下げてお礼をしている。ラルフの奪還から始まったことなので、ラルフがお礼を言うのもおかしくない。
ただ、オリーブからラルフへお礼の気持ちも含まれてたので、ラルフへはまた改めてお礼を言おうと思う。

オリーブとラルフから皆への感謝の言葉のあと、話し合いが始まった。

昨晩の山火事の件は、パレルモ領民の間では、山がゴムの木だらけになったことに対してシウコアトルが怒って火を付けたと噂になっているそうだ。
元々パレルモ領にゴムの木はあったが、その数は少なかった。オリーブの祖父・前パレルモ伯爵は父と母の婚約が整った20年前に、ゴム工場建設予定に合わせて山のほとんどをゴムの木に植え替えた。
消火の際に「ゴムの木の火は消さないように」と指示したことも相まって、領民たちはシウコアトルは以前の山が好きで、ゴムの木に変わってしまったことに怒ったのだと思ったらしい。
ジョナが拉致してきたせいとは公表できないため、その噂は否定しないことになった。

そして、歌うことでシウコアトルの怒りを鎮めたのは、パレルモ伯爵から捨てられた前妻の娘オリーブだったということまでこの半日で知れ渡ってしまっているそうだ。

シウコアトルとの会話の流れで名乗ってしまったオリーブ。拡声の魔道具は切っていたのだが、それでも聞かれてしまっていたらしい。
瞳を赤くしでマールムのフリをしてテイムしようとしていたが、予定が狂ってしまった。

陛下が早急にカイルをテイムしたのは、このためだったのだ。

「父上はオリーブ嬢が力のある歌姫だと隠すと言ったんだけど、どうしようか……」

「歌姫のテイムの力じゃなくて、オリーブの歌声の素晴らしさで魅了したと知れ渡ればいいのよね、本当のことだし」

ドミニクの問いかけに、前のめりで答えたのはフレイア。

「そのためにはオリーブ様が人前で歌う必要があるけど、このままだと危険ですよね。どう対策するかってところまで意見を出して欲しいんですけど……」

フレイアに対して嫌味のような声をあげたのはニコラスだ。

昨晩はまるで前世からの友達かのように息ぴったりでオリーブの歌へ歓声を上げてくれていた2人なのに、今はなぜか円卓の対角線で睨み合っている。
それにしても、未来の王妃に対して不敬すぎるニコラスの態度に驚いてしまう。

「パレルモから帰る時は、興奮しながら仲良く話をしてたんだけど、王都の転送ゲートでフレイア様がニコラスを”古参だからって”と言って、ニコラスが”ニワカのくせに”と言い返して、そこから大げんかになって、今やこんな感じ……」

隣に座るラルフが、こっそりと小声で原因を教えてくれた。
同じ転生者で、元日本人で、MAWATAファンでも、必ず仲良くなるとは限らないようだ。

林間学習ではとても穏やかな印象だったニコラス。そんなニコラスの暴挙。
歪み合うフレイアとニコラスを笑顔で見つめながらのフェリクス曰く、ニコラスは普段はおっとりとして朗らかな性格らしいが、思い入れが強いもののことになると人が変わってしまうらしい。

そんなニコラスのことを気に入ったサイラスの「おもしれー」という言葉を聞いたフレイアは、「フェリクスだけじゃなくて、サイラス殿下のおもしれー女枠になってるわよ!」とニコラスを揶揄っている。

そんなフレイアを、行儀が悪いとアラスターが嗜める。

「フェリクス、テイムの力だけ抑える魔道具は作れないか?」

「抑える?なんでテイムを使えなくするんじゃなくて、抑えるなんだ?」

「歌姫として式典の余興で歌えば自然とオリーブの歌の素晴らしさを広められます。そのために、昨今の歌姫程度のテイム力に抑えられたらよいってことですよ」

アラスターからフェリクスへの問いかけにサイラスが口を挟んだが、なぜかアラスターではなくラルフが補足している。

ニコラスが”危険”と言ったのは、オリーブの人魚並みのテイム力のこと。
強力なテイムの力を持ったまま拡声の魔道具を使い大勢の前で歌う。オリーブに悪意があれば、もしくは、オリーブが人質を取られるなどすれば、簡単に大災害が起こせてしまう。
その可能性を潰さないと人前で歌うことは許されない。

「うーん、魔封じから考えていけば作れそうな感じはするかなぁ。夏季休業の課題にしていい?学園の宿題は簡単すぎるからちょうどいいかも」

軽い口調と子供っぽい雰囲気のフェリクスだが、魔法科1年の首席なのだ。フェリクスならば夏季休業中にテイム力を抑える魔道具を作ってしまいそうだ。

「では、その魔道具が完成した場合、10月にある学園の魔法師大会の開会式で歌姫として歌うことを目標にしようか」

皆がドミニクの意見に賛同し、オリーブについての方針は決まった。

その後の議題は乙女ゲームについて。
今はまだ6月下旬の初夏。ゲームの期間はまだあと9ヶ月もあるため、マールムが退場しても起こりうるかもしれない事件がないか確認し、対策を講じる。

ここにはカイル以外の攻略対象が揃っている。皆、自分のルートの話を聞くと、苦虫を潰したような複雑な顔をしているのが面白い。

カイルをテイムした時に予想していたが、ゲームにはニコラスの存在は出てこないそうだ。「モブとして背景にいたかもね」とフレイアが言い、皆が首をかしげる中、当のニコラスが“モブ“とはどういうものか説明してくれた。

ゲーム上のフェリクスは暗く影のあるキャラクターで、カイルのことを”カイル兄様”と呼び、カイルルートでは悪役にもなるそうだ。それを聞いたフェリクスは「ニコが転生者で本当に良かったー」と笑っていた。

ニコラスは『赤いりんごは虫食いりんご』を、”主人公のモデルがMAWATAだと噂されている乙女ゲーム”として認識しタイトルを覚えていただけで、ゲームをプレイしたことはなかった。
フレイアに「古参マウント取るくせにゲームはやってなかったの?」と煽られ、「アラサーの限界社畜サラリーマンに乙女ゲームをやる時間なんかなかったんです!」と反論し、社畜仲間と発覚したことで2人はまた意気投合していた。

なんだかんだで仲良くしているようなので、オリーブが気を揉まなくても大丈夫だろう。それよりも、フレイアも、ニコラスも、オリーブと目が合うだけで恥ずかしそうにモジモジして目を逸らすのを早く辞めてもらいたい。

乙女ゲームでこれから起こるかもしれない粗方の問題を列挙し、予定を立て、これからは違和感があった時点で随時このメンバーで集まることに決まった。

オリーブのさしあたりの課題は10月の魔法師大会の開会式だ。もうすでに緊張してしまっている。

こうして話し合いは終わり、皆、帰途へと着いた。

「オリーブ、父上と母上はまだ王都に残っててオリーブに会いたいと言っていた。今日はゾグラフ家に来ないか?」

城門を出たあたりで、オリーブはラルフから誘いを受ける。ゾグラフ辺境伯と夫人にもお礼が言いたかったのでちょうど良い。

「迷惑じゃない?」

「迷惑だったら呼んでない」

オリーブは城が用意してくれた馬車を断り、ラルフと共にマレンゴに乗ってゾグラフ家のタウンハウスへと向かう。

昨日はラルフを助け出すために必死で騎乗で駆け抜けた道を、今日はラルフと二人乗りでゆっくりと走っているのだ。

ラルフがいる。オリーブはその幸せを噛み締めていた。
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