赤いりんごは虫食いりんご 〜りんごが堕ちるのは木のすぐ下〜

くびのほきょう

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10歳

05

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「何で逃げるんですか?」

オリーブは薄暗い廊下を夢中で走り、そのオリーブの後をジョナが追いかける。右折したら自室に行けたT字の廊下を部屋と反対側に駆け出したため、オリーブは自室と母の部屋どちらの方向でもない、食堂や応接室のある方向へ走っている。


どうしよう。どうして逃げ出してしまったの。冷静にジョナをごまかすのが正解だったのよ。走って捕まったらどう言い訳するの?逃げ切れたとして、疚しいことがあるのだとバレてしまったわ。部屋に戻ったらまたジョナに見つかる。まだ体力のないお母様がまだ部屋に残ってるのよ!


自身の愚かな行動を反省しながら焦り思い詰めるオリーブの頭の中へ、『いつどこにいたとしてもここに駆けつけるから、お前はここで待ってればいい。何か困ったら俺を頼れ!』というラルフの声が響く。


ラルフに頼ってもいいのかな。外へ行って庭に出よう。闇に紛れてジョナの追跡を振り切り、見つからないように抜け穴へ行こう。


そう決意したオリーブは階段を駆け下りる。後ろから追いかけてくるジョナからは荒い息遣いが聞こえてくるようになった。ジョナより背の低いオリーブはジョナより足が短いが、歌うのが日課なおかげで人より肺活量があるため、息切れすることなく全速力で逃げ続けている。

2通の手紙を持ちながら、庭に出ることができる引き戸を引いたが鍵が閉まっていて開かない。引き戸の鍵を開けようするが、ジョナが追いついてしまうという焦りからか手が震えてうまくいかない。ジョナに捕まるギリギリで鍵を開け引き戸を引き外へ出たオリーブは、すぐに勢いよく引き戸を閉めた。

「痛っ!何するのよ!」

ジョナをドアに挟み、痛めつけることができたことで少しだけ胸がすく思いをしながら、オリーブはジョナを返り見ることなく真っ暗な庭へ駆け込んだ。

明かりのない真っ暗な庭を無我夢中で進むオリーブは、しばらくしてから、庭に出てからジョナは追いかけてきていないことに気づいた。聞き耳を立てても何も聞こえないことから、ジョナは屋敷に戻ったようだ。


私がジョナならどうする。手に持つ手紙と逃亡で計画がオリーブにバレているとジョナは気づいただろうか。お母様の部屋から自室に戻るところだったとわかることから、お母様の関与も疑われるはず。オリーブに毒を盛っていない今の段階で、お母様が危険に晒されることはあるだろうか。


ぐるぐると考えるが、答えはまとまらない。月明かりだけが頼りな真っ暗な庭を、オリーブは昼の記憶だけを頼りに歩いているが、不安になり足を止めて周りを見回す。
地面と空の境が見えないほどに暗く不気味な真っ暗な庭を見たオリーブは、ジョナから逃げることで忘れていた暗闇への恐怖心が沸き出てくる。

オリーブは前世でよくしていた怖い時の対処法を思い出し、おばけなんていない、という歌詞で明るい旋律の前世の歌を歌う。母の許可なく歌うことを厳しく止められているが、今ここにはオリーブしかいないから問題ないだろう。

気づくと、オリーブの歌のリズムに合わせて、光の玉が跳ね、その光のおかげで辺りが照らされている。オリーブはその光に気づき、びっくりして身を竦めたが、恐る恐る光を見ると親指ほどのサイズの妖精だった。暗闇の中をふんわりと明るく光る妖精はオリーブの歌に合わせて踊っている。

妖精は、突拍子もないことで怒り出し報復をするというおとぎ話が沢山ある、人間とは違う価値観と倫理観で生きる神聖な生物。そのため見かけたとしても関わってはいけないが、そもそも妖精は人間に興味がないためこちらから関わろうとさえしなければ大丈夫だと習った。

オリーブはおばけとジョナへの恐怖を忘れ、妖精を怒らせないようにと怯えながら歌い、隣の辺境伯家へつながる抜け穴へ向かった。

抜け穴についたオリーブは、妖精が怒り出さないかと恐れながらも歌を終わらせる。妖精は怒ることなく1回転した後、オリーブの頬へ口づけを落として木々の中へ消えて行った。

そんな妖精の後ろ姿を見つめていたオリーブは、あのジョナがいる屋敷に一人残る母のことを思い出す。すぐに抜け穴に忍ばせてあったシグナルを起動すると、シグナルはラルフの目と同じ金色の鳥になって辺境伯の屋敷に向かって羽ばたいて行った。

抜け穴を通り抜け辺境伯側へ出たオリーブは、手紙を握りしめながらラルフを待つ。ラルフはもう寝てしまっているのではないかと不安になるが、起きたらきっとすぐに来てくれるはずと思い、ここで夜を明かす覚悟でオリーブはその場へ座り込み膝を抱えた。
春先とはいえ、夜になると肌寒い。ネグリジェ一枚のオリーブの身体は寒さで震えていたが、ジョナがどういう行動を起こすかわからない不安で思いつめているオリーブはそのことに気づかない。

「オリーブ!」

シグナルを起動してからどれくらいたっただろうか、不安や恐怖でごちゃ混ぜになり時間の感覚もわからなくなっているオリーブの耳にラルフの声が聞こえてきた。最近はオリーブのことを”お前”と読んでいたラルフが、オリーブの名前を呼ぶのは久しぶりなのだが、今のオリーブにはそれに気づく余裕はない。
頭を上げて声が聞こえた方を見ると、暗闇の中を光が近づいてくる。ランタンを持ちながら青い寝間着姿で走っているラルフだ。

「ラルフ!」

オリーブは立ち上がって光の方へ向かい走り、ラルフと合流した。ラルフはゼーゼーと切らした息を整えながらも、オリーブに自分が羽織っていたカーディガンをかけながら問いかけてくる。

「こんな夜更けにどうしたんだ!?怪我はないか?」

「ラルフにお願いがあるの。この手紙を夫人に渡してすぐにメッセンジャーで出してもらって!本当はラルフの家に逃げ込みたいけど、それだとパレルモ伯爵が辺境伯家を訴える可能性があるってお母様が言っていたわ。私はお祖父様が来るまで庭で隠れて待つことにする」

そう言って辺境伯夫人宛と祖父宛の2通の手紙をラルフに手渡した。手紙はジョナから逃げる時に握りしめていたせいでヨレヨレの皺だらけになってしまっている。手紙を受け取ったラルフは、辺境伯夫人宛の手紙を勝手に開封し読み出した。

「”お父様みたいな優しい人と結婚したい”って言ってたお前が”パレルモ伯爵”って呼ぶようなことが起きたんだな。しかも明日を待たずにこんな夜更けに逃げ出した何かがあったんだろう?メッセンジャーだとアルバ前伯爵が手紙を見るのは明日になるかもしれない。今から俺がお前をアルバ伯爵家に連れて行くから、お前が直接アルバ前伯爵にこの手紙を渡すんだ。一人でアルバ家に逃げ込んだことにしたら辺境伯家に迷惑はかからないから安心しろ!」

そう言ってラルフはオリーブの手を掴み早歩きで進み出した。

辺境伯家の嫡男として日々努力しているラルフは、伯爵家の嫡子としてお座なりに勉強しているオリーブなんかよりもずっと頭がいい。今、オリーブが混乱していることも、オリーブがラルフへ詳しく説明している余裕と時間がないことも、緊急だけれど辺境伯家に迷惑をかけたくないことも見越して、少ない情報から一番良い解決方法を見つけてくれたのだ。

オリーブの手を掴むラルフの手の力は強くて荒々しいし、オリーブのことを”お前”と言って返事を聞かずに勝手に早歩きを始めてしまう。それでもラルフと繋いだ手の温かさと根底の優しい気持ちは幼い頃と同じだとオリーブは気付く。

オリーブは寝間着姿のまま必死に走ってきてくれたラルフに感謝した。
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