赤いりんごは虫食いりんご 〜りんごが堕ちるのは木のすぐ下〜

くびのほきょう

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15歳

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「ホワイトさん、ごめんなさいね。今日の放課後までに質問票を集めて私の準備室まで運んでもらってもいいかしら」

歴史の授業が終わってすぐ、オリーブは先生に雑用を頼まれた。申し訳なさそうにしている先生へ、オリーブは了承の返事を返す。

4年前の11歳までは高位貴族の伯爵令嬢だったオリーブだが、今は子爵令嬢だ。下位貴族にもかかわらず高位貴族の作法や不文律などを知ってるオリーブは、雑用を頼みやすい上にどんな生徒へも対応できると歴史の先生だけでなく他の教科の先生からも便利に使われてしまっている。

今は貴族学園が始まってまだ2週間。皆が学園生活に慣れてきたら平等に雑用を振り分けるので、今月いっぱいはどうにか頼むと先生達に頭を下げられてしまった。
口数が少なく表情も乏しいと自覚しているオリーブは人見知りをしがちだが、先生に頼まれたという理由があれば親しくない人へでも話しかけることができる。学園側に良いように使われていると落ち込むのではなく、雑用を任されたことでクラスの皆と打ち解けるきっかけが出来たのだと思うことにしていた。

「おそらく私と仲が良いこともオリーブが先生に頼られる原因なのよね。手伝いが必要だったり何か問題が起きたら遠慮なく私に言ってね」

そう声をかけてくれたのは、マルティネス公爵令嬢のフレイア。輝く金髪に高貴な紫色の瞳をした神秘的な美少女だ。第一王子殿下の婚約者のフレイアは、この官吏科の生徒だけではなく、貴族学園内の令嬢の中で1番身分が高い。それなのになぜかオリーブのことを気にかけてくれて、入学当初からこうやって話しかけてくれる。

「フレイア様のおかげで皆協力的ですよ」

オリーブはフレイアへそう答えたが、本心からそう思っている。雑用をこなしているせいで先生方と話す機会が多いオリーブは、先生方から今年の官吏科は例年になく雰囲気が良いと言われる。それは間違いなくフレイアのおかげだ。

入学当初、とある侯爵令嬢が高圧的に下位の令嬢へ声をかけ、下位の令嬢を小間使いかのように扱っていた。その被害が男爵令嬢や子爵令嬢達の間で噂になっていた時、一番身分の高いフレイアが世間話の体裁でクラス皆に聞こえるように言った言葉が皆の意識を変えたのだ。

「女って本当めんどくさいわよね。結婚相手次第で爵位が変わるんだもの。自分より下位だった令嬢が結婚後は自分より上位になるなんてありふれているらしいし、お母様はどちらかというと自分より上位で威張っていたのに結婚して自分より下位になった人への対応が気まずくて難しいって言っていたわ。結婚後も同じ爵位だったとしても、同爵位の中でも力の差があるものだし、将来の自分のためにも今はどんな爵位の令嬢へも分け隔てなく愛想良く丁寧に接しておくのが無難よね」

フレイアの世間話の相手は結婚したわけでもないのに実際に伯爵令嬢から子爵令嬢になっているオリーブ。そんなオリーブは血筋的に上位貴族への結婚だって問題ない。今は子爵令嬢でも伯爵や侯爵、辺境伯爵の令息と結婚し爵位が変わる可能性があるのだ。オリーブが特別なのではなく、実家の力や時勢によっては上位だったり下位だったりと違う爵位の人と結婚することはよくあることだし、皆、実際に違う爵位に嫁いだ家族や親戚がいるだろう。

今の貴族学園には3年にフレイアの婚約者の第一王子殿下、1年に第二王子殿下がいる。その第二王子殿下は婚約者が決まっていないため、世代全体の傾向として婚約している者が少ない。現にこの官吏科クラス40人の内、婚約している令嬢はフレイアを入れてたった5人しかいない。

皆、フレイアの言葉を盗み聞きし、自分の結婚相手だけでなく、周りの同級生がどんな人と結婚するかも決まってないと気づいたのだろう。

それからは、下位貴族を威圧して従わせる上位貴族の令嬢はいないし、逆に下位貴族だからと過剰にへりくだる令嬢もいない。爵位に関係なく当たり障りない会話をし、クラス全体が穏やかになった。慣れていけば仲が良い友達が出来たり、集団ができて対立したりと、人間関係による問題も出てくるだろう。それでも少なくとも爵位を大義名分に上下関係を強要する令嬢はもう出ないだろう。

放課後になり、オリーブは皆から集めた質問票を持ち歴史の先生の準備室へ向かう。その準備室は魔法科の校舎の奥にあるため、魔法科の廊下を歩いていた。

貴族学園は騎士科、魔法科、官吏科の3つに分かれていて、オリーブは官吏科に所属している。

理性がなく魔力がある魔獣の被害がある我が国では、貴族令息は将来騎士になる予定がなくても騎士科へ入るのが習わしだ。剣術や体術だけでなく魔法も勉強するため、攻撃魔法は魔法科の生徒より騎士科の生徒の方が優れていることもある。

魔法科は昔の名残で”魔法”と名前が付いているが、魔法に限らず研究に特化した科で、魔法や魔道具だけでなく錬金術、医学、語学、歴史など1つの分野を詳しく勉強したいものがここへ入る。特待生として優秀な平民の生徒もいて、男女比は半々、騎士科と官吏科に比べて魔法科の生徒数は少ない。

官吏科は座学は騎士科と共通で、剣術や体術の代わりに社交や茶話会などの実習授業がある。昔は淑女科という名前だったのだが、体の弱い令息の受け皿がないことが問題になり官吏科と名前を変えたらしい。今でも官吏科の生徒は殆ど令嬢で令息は少ない。

もちろん例外はあるが、令息と女騎士を目指す令嬢が騎士科、魔法士や魔道具士などの専門職や研究職を目指す者と平民が魔法科、令嬢が官吏科に所属する。

ラルフは騎士科、そしてオリーブの異母妹マールムは魔法科に所属している。

オリーブの母がホワイト前子爵と再婚した翌年、父はジョナと再婚した。そして庶子だったマールムはパレルモ伯爵家に養子入りしてパレルモ伯爵令嬢となった。
パレルモ伯爵家の嫡子となったはずなのにマールムは魔法科に所属している。領の特産物などの研究や、医学や薬学や遺跡の管理などの特殊な家業がある場合は嫡子でも魔法科を選ぶことはある。元パレルモ伯爵家の嫡子だったオリーブには異母妹が魔法科に入る意味が分からないが、もう生家のことは気にしないことにしている。

オリーブが元パレルモ伯爵令嬢で、マールムが元庶子だったことは周知の事実だ。両親の離婚と再婚当時は社交界で話題になったらしいが、それから数年経った今ではもう過去の話となっている。所属科が違うためにオリーブとマールムを比べたり当て擦る人もいなく、入学前に不安に思っていたのが嘘のように平和だ。もしかしたらマールムはオリーブが官吏科にいるために魔法科に所属したのだろうか。

マールムのことは入学式やお昼に食堂で見かけたことがあるだけで、挨拶一つしたことがない。マールムからオリーブに接触しようとする様子がないためオリーブもそのまま関わらないことにしている。
そんなマールムがいるかもしれない魔法科の校舎に来ていることに少し緊張しつつも、オリーブはマールムを初めて見た時のことを思い出していた。

入学式が始まる前、ジョナの目立つ赤毛が目に入った。そのジョナと共にいた黒髪で赤い目の女の子は、入学生の証のリボンをかざしてパッと大輪の花が咲いたかのように華やかに笑っていた。その異母妹マールムに、ジョナと一緒に笑いかけていた父。その笑顔は、幼いオリーブに笑いかけてくれていた時と同じ優しい笑顔だった。

大量の書類を持ちながら入学式のことを思い出していたオリーブは、進む先の廊下が水で濡れていることに気づかない。そのまま歩き進めたオリーブは案の定滑って転んでしまった。
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