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1 夫の趣味を浮気と勘違いする妻

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「おや、ご領主様、本日は奥様もご一緒ですか?」

 蕎麦などの色々な作物が並ぶ畑の真ん中にあるぽつんと喫茶店。
 辺境都市から離れたところに構えられたこの店はアクセスが悪く、知る人ぞ知る穴場の店としての位置づけを行われていた。
 時に密会、時に人生の墓場から逃れるための一時のオアシス。

 ここに来る常連の領主様は人生の墓場から逃れるためのオアシスとして利用していた。
 そんなオアシスを侵害すべき夫の嫁が来た。

「いやはや妻にここがばれてしまってね。
 私の仕事の合間に来ている憩いの場がね。」

「それはそれはお悔やみ申し上げます。」

 結婚しているわけでは無いが女性に対して苦手意識の高い店主は、領主が嫌だと思うのに普通に賛同した。
 不機嫌になるのは連れで来ている騎士と侍従、そして奥様だ。
 前者は使えるべき主人に対して、不敬だと思ったこと。
 奥様は純粋に邪魔者扱いされて苛立っている。

「何もう、私が邪魔者みたいな言葉遣いは。」

「奥様、無礼を承知で申し上げますが、一人で居たいと思ったことは無いでしょうか。
 私はそのような方々が来てくださるような喫茶店をお創りしたかったのですよ。」

 暗にお前らお呼びじゃねえと言う店主は何様だと思うが。
 領主が心を許している以上、言われるがままになるしかない騎士と侍従は今にも射殺せんとする眼光を出している。
 店主の胆力が素晴らしいのか、能天気なだけか。

「あら私は邪魔者で合ってるじゃない。」

「そうですね。」

 にっこり。

「ねえ、あなたここの店主を不敬罪で首をはねてもいいかしら。」

「駄目だ。
 ここの店主の料理は絶品なんだ。
 下手をすると料理長以上の料理を出すぞ。
 それに、店主の土地は誰の土地でもない不可侵領域の土地だから、他国にも言われかねない。
 ほら、あそこにいるのはルチアーノ王国の辺境伯だ。」

「揃いも揃って男領主どもが此処で密会しているって言われて皇帝陛下にお咎めを喰らっても私は知らないわよ。」

「それこそない。
 あの店主が掲げた実績からすれば、ここは不可侵とするしかないさ。」

 不可侵領域の名は喫茶店「人生の墓場の楽園」の畑とその半径2㎞とされる場所。
 この場所は5つの国が混在しておりいつもにらみ合っている場所。
 税金も取れないし、ここを犯したら王族からお咎めを喰らうことは間違いない。
 5つの国を巻き込んだ大戦争が起こる可能性が高いからだ。
 戦争に勝っても負けても旨味のない大規模戦争になる可能性が高く、誰も開戦の狼煙を上げたくない領域。

「なら、食べてみるとしましょうかね。」

「ハイでは、そちらの席にお座りください。」

「私はいつも通りのモノを、妻には紅茶を頼む。」

「では少々お待ちください。」

「店自体の雰囲気は中々いいわね。」

 店内は日の光が柔らかくなるように前面曇りガラスのようなもので取り入れられており、熱は感じないが光は柔らかに感じる。
 テーブルも木出てきていても高級感は損なわず、匠の芸術が施されていた。
 自然の小鳥のさえずりがBGMとなり、周りに配置された小さな花のブーケが他の客の料理の香りを抑えている。
 他の連れと談笑を楽しんだりしている客が、空気自体が壊れるような声の雰囲気ではなかった。

 確かに隠れ家がぴったりなお店だし、夫婦出来たらこの雰囲気が壊されそうね。
 お邪魔虫に成るのもうなずけるわ。
 でもあれだけのことを言ったんだから美味しい料理を出してくれないと許さないからね。

作スライム道
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