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18-2 真夜中の顔
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闇の中にかすかに浮かび上がる色とりどりのドレスを目の当たりにして美鈴はその場に立ち尽くした。
「どうした……? そんなところで遠慮していないで入ってくれ」
美鈴がドレスに目を奪われているのを知っていながら、わざとリオネルは何でもないことのようにそう口にする。
燕尾服の上衣を脱いで布張りの椅子の背に放り、ついでにネクタイも外して首元を寛げながら、ニヤニヤと美鈴の顔を見て笑う様がなんだか小憎らしい。
光沢のあるグレーの生地で仕立てたジレは逞しい胸板を強調し、燕尾服の黒ズボンとの対比ですらりと長い脚をより際立たせていた。
男らしい大きな手で髪をくしゃりとかき上げると、緩くウェーブした前髪が彼の額にはらりと降りかかる。
その艶やかな黒髪の間にはランプの灯りを宿して輝く一対の宝石のような瞳が爛々と光を放っているのだった。
すっかりリオネルのペースに乗せられてしまっていることが悔しい美鈴は、無表情の仮面をつけ直して部屋の中に足を踏み入れるとリオネルが示す長椅子に腰を下ろした。
毛足の長い上等の生地で覆われた椅子は柔らかく、身体が沈み込むような感覚を覚える。
実に楽しそうに美鈴の様子を横目で観察しながら、リオネルは燭台に火を入れた。
紫がかったダークブラウンの木製家具にあわせて落ち着いた色調でまとめられた部屋で、灯りを増した分ドレスたちがまるで浮き上がるように、より鮮やかにその存在を主張しているようだった。
またしても、つい周囲に目を奪われてしまった美鈴の背後にそっとリオネルが忍び寄る。
長椅子の背もたれに両手をついて上半身を折り曲げ、背後から覗き込むように美鈴の顔のすぐ横まで頭を下げた。
すぐ横にリオネルの吐息を感じて美鈴は思わず長椅子の上で身をよじり、背後を振り返った。
「君の好きな紅茶を淹れてくる。ジャネットほど上手くは淹れられないと思うが。……まあ、寛いでいてくれ」
そう言い残すと、踵を返してリオネルは奥の部屋へと消えていってしまった。
一人、部屋に残された美鈴はただ座っているのも落ち着かず、長椅子から立ち上がって部屋をぐるりと見渡してみる。
袖とスカートの裾がふんわりと膨らんだミントグリーンの外出着
幾重ものフリルやチュールを裾にあしらった波立つ海のような青いドレス
スカートの裾を彩る薄ピンクの横ストライプがアクセントの真っ白なドレス
――いったい、どうしてこんなにも多くのドレスが男の一人住まいに陳列されているのだろう?
彼の趣味兼仕事(実用と趣味を兼ねた活動)のことを考えれば、ドレスの一着や二着あってもおかしくはないけれど……。
どのドレスもサイズはほぼ同じ、ごく普通の背丈のどちらかといえばやや華奢な女性のために用意されたように思える。
まるで一人の女性のために誂えたような……。
美鈴は一着のドレス――オールドローズ色の外出着に近寄って上から下までじっくりと眺めてみた。
ややくすんだバラ色の絹が灯りを反射して艶々とした輝きを放っていた。
大き目の白い襟にはレースがあしらわれ、襟の中央に琥珀色の宝石のブローチがきらりと光り、上品なこげ茶色のリボンベルトが腰にかかっている。
細部に渡って丁寧に作られたそのドレスは特に美鈴の目を引いた。
「君の気に入ったかな? そのドレス」
いつの間にか、ティーカップ二つを乗せた盆を片手で掲げ、もう片方の手にティーポットを持ったリオネルが部屋に戻って来ていた。
「もし、本当に気に入ったのならこのまま持って帰ってくれてもいい」
テーブルの上にティーポットと盆を順番に下ろしながら、リオネルはこともなげにそう言い放つ。
「……なぜ、わたしに?「どなたか」のお願いで特別に用意したものじゃないの?」
にべもなくそう言い返すと、リオネルはふっと息を吐いてから先ほどまで美鈴が座っていた長椅子に腰かけた。
「紅茶が、冷めるぞ。こっちへきて座ってくれ」
問いかけには答えずにはぐらかすように紅茶をすすめてくるリオネルに不信感を募らせながら美鈴は長椅子の横を通って向かいの肘掛椅子に向かって歩を進めた。
その時。
長い腕が長椅子から伸び、美鈴の手をしっかと掴んだ。
驚いて振り返るとリオネルは眩しいものをみるように目を細めてじっと彼女をみつめていた。
さっきまで微笑みを湛えていた口許は、いまはギュッと固く引き結ばれている。
そのまま子猫を抱え上げるように楽々とリオネルは美鈴を手元に手繰り寄せその腕の中に捉えてしまった。
気が付けば苦し気に眉根を寄せたリオネルの精悍な顔がすぐ目の前に迫っている。
「なっ……!何を……」
やっとそれだけ言った美鈴はリオネルのまなざしに射抜かれて視線を逸らした。
心臓がバクバクと激しく鼓動する音が耳に響いている。
リオネルに触れている手が、肩が、頬があっという間に熱をもってしまった。
「……はな……して!」
恥ずかしさに耐えきれずに目を閉じてしまってから美鈴はやっとのことで呟いた。
見えてはいないのに、瞼のむこうに自分をひたと見つめる彼の視線を感じてしまう。
「嫌だ」
美鈴はその返答に思わず目を開けてリオネルの顔を見た。
そう答えたリオネルには普段の茶化すような調子は一切なく、ひそめた眉や引き結んだ唇が彼が本気であることを伝えていた。
「どうした……? そんなところで遠慮していないで入ってくれ」
美鈴がドレスに目を奪われているのを知っていながら、わざとリオネルは何でもないことのようにそう口にする。
燕尾服の上衣を脱いで布張りの椅子の背に放り、ついでにネクタイも外して首元を寛げながら、ニヤニヤと美鈴の顔を見て笑う様がなんだか小憎らしい。
光沢のあるグレーの生地で仕立てたジレは逞しい胸板を強調し、燕尾服の黒ズボンとの対比ですらりと長い脚をより際立たせていた。
男らしい大きな手で髪をくしゃりとかき上げると、緩くウェーブした前髪が彼の額にはらりと降りかかる。
その艶やかな黒髪の間にはランプの灯りを宿して輝く一対の宝石のような瞳が爛々と光を放っているのだった。
すっかりリオネルのペースに乗せられてしまっていることが悔しい美鈴は、無表情の仮面をつけ直して部屋の中に足を踏み入れるとリオネルが示す長椅子に腰を下ろした。
毛足の長い上等の生地で覆われた椅子は柔らかく、身体が沈み込むような感覚を覚える。
実に楽しそうに美鈴の様子を横目で観察しながら、リオネルは燭台に火を入れた。
紫がかったダークブラウンの木製家具にあわせて落ち着いた色調でまとめられた部屋で、灯りを増した分ドレスたちがまるで浮き上がるように、より鮮やかにその存在を主張しているようだった。
またしても、つい周囲に目を奪われてしまった美鈴の背後にそっとリオネルが忍び寄る。
長椅子の背もたれに両手をついて上半身を折り曲げ、背後から覗き込むように美鈴の顔のすぐ横まで頭を下げた。
すぐ横にリオネルの吐息を感じて美鈴は思わず長椅子の上で身をよじり、背後を振り返った。
「君の好きな紅茶を淹れてくる。ジャネットほど上手くは淹れられないと思うが。……まあ、寛いでいてくれ」
そう言い残すと、踵を返してリオネルは奥の部屋へと消えていってしまった。
一人、部屋に残された美鈴はただ座っているのも落ち着かず、長椅子から立ち上がって部屋をぐるりと見渡してみる。
袖とスカートの裾がふんわりと膨らんだミントグリーンの外出着
幾重ものフリルやチュールを裾にあしらった波立つ海のような青いドレス
スカートの裾を彩る薄ピンクの横ストライプがアクセントの真っ白なドレス
――いったい、どうしてこんなにも多くのドレスが男の一人住まいに陳列されているのだろう?
彼の趣味兼仕事(実用と趣味を兼ねた活動)のことを考えれば、ドレスの一着や二着あってもおかしくはないけれど……。
どのドレスもサイズはほぼ同じ、ごく普通の背丈のどちらかといえばやや華奢な女性のために用意されたように思える。
まるで一人の女性のために誂えたような……。
美鈴は一着のドレス――オールドローズ色の外出着に近寄って上から下までじっくりと眺めてみた。
ややくすんだバラ色の絹が灯りを反射して艶々とした輝きを放っていた。
大き目の白い襟にはレースがあしらわれ、襟の中央に琥珀色の宝石のブローチがきらりと光り、上品なこげ茶色のリボンベルトが腰にかかっている。
細部に渡って丁寧に作られたそのドレスは特に美鈴の目を引いた。
「君の気に入ったかな? そのドレス」
いつの間にか、ティーカップ二つを乗せた盆を片手で掲げ、もう片方の手にティーポットを持ったリオネルが部屋に戻って来ていた。
「もし、本当に気に入ったのならこのまま持って帰ってくれてもいい」
テーブルの上にティーポットと盆を順番に下ろしながら、リオネルはこともなげにそう言い放つ。
「……なぜ、わたしに?「どなたか」のお願いで特別に用意したものじゃないの?」
にべもなくそう言い返すと、リオネルはふっと息を吐いてから先ほどまで美鈴が座っていた長椅子に腰かけた。
「紅茶が、冷めるぞ。こっちへきて座ってくれ」
問いかけには答えずにはぐらかすように紅茶をすすめてくるリオネルに不信感を募らせながら美鈴は長椅子の横を通って向かいの肘掛椅子に向かって歩を進めた。
その時。
長い腕が長椅子から伸び、美鈴の手をしっかと掴んだ。
驚いて振り返るとリオネルは眩しいものをみるように目を細めてじっと彼女をみつめていた。
さっきまで微笑みを湛えていた口許は、いまはギュッと固く引き結ばれている。
そのまま子猫を抱え上げるように楽々とリオネルは美鈴を手元に手繰り寄せその腕の中に捉えてしまった。
気が付けば苦し気に眉根を寄せたリオネルの精悍な顔がすぐ目の前に迫っている。
「なっ……!何を……」
やっとそれだけ言った美鈴はリオネルのまなざしに射抜かれて視線を逸らした。
心臓がバクバクと激しく鼓動する音が耳に響いている。
リオネルに触れている手が、肩が、頬があっという間に熱をもってしまった。
「……はな……して!」
恥ずかしさに耐えきれずに目を閉じてしまってから美鈴はやっとのことで呟いた。
見えてはいないのに、瞼のむこうに自分をひたと見つめる彼の視線を感じてしまう。
「嫌だ」
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