6 / 30
06
しおりを挟む
鬼嶋の『隠れ家』は表通りから少し奥まったところにある一軒家で、外観がいい具合に古びた歴史を感じさせる佇まいの店だった。
三角屋根のその店は小さな煙突やクリーム色の外壁、何より入り口の木の扉とその脇にある洒落たランプが、ヨーロッパの田舎のレストランのような雰囲気を醸し出していた。
ドアの横には控えめに"Bistro Star Bear" と店名が書かれたプレートがあるだけで、ドアノブには"open"の木札がかかっている。
「素敵なお店ですね。本当に隠れ家って感じで……」
「昔から通っていてね。味は間違いなく一流なんだけど、片肘張らなくていい店だから、リラックスして」
そう言って鬼嶋がドアを開けると……ドアの隙間からぬうんと、角ばったいかめしい男の顔が現れた。
――ひえッ……! 何、この人!
思わず顔を引きつらせた百合と鬼嶋を交互に眺めた後、男はパッと笑顔を浮かべた。
「鬼嶋ァ~~、待ちかねたぞ! 早く中に入れよ」
扉を大きく開け放つと、男は鬼嶋の背をバンバンと叩いた。
「星熊……落ち着いてくれ、如月さんが怖がるだろ」
鬼嶋が後ろを振り返ると、星熊、と呼ばれたその男は百合の方を見て目を瞬いた。
「お――、この子が新しいお前の秘書? イイ女だねえ……」
鬼嶋と背丈がそう変わらな上、ガッチリとした体格の星熊が身を乗り出すと、目の前に熊が立ちはだかっているような威圧感がある。
「は、はじめまして……如月、です」
消え入りそうな声で名乗った百合に対して星熊はニカっと笑ってから、店の中に入るよう手招きした。
「はじめまして、俺は星熊。この店のオーナーでシェフ……まあ、俺一人でやってる店だから、気兼ねなく寛いでくれ」
「さ、如月さん……」
鬼嶋が百合の肩にそっと手を置き、店に入るように促した。
「は、はい……」
恐る恐る足を踏み入れると、店内は淡いアイボリーの壁と使い込まれた飴色に輝く家具類が落ち着いた印象の、外観を裏切らない内装だった。
星熊に窓際のテーブルに案内され席に着いた百合は店内をしげしげと見回した。
天井から吊り下げられた暖色系の照明が柔らかい光を放っている。厨房の方からは食欲をそそる煮込み料理の豊かな香りが漂ってきていた。
「さ、お二人さん、まずは食前酒を召し上がれ……」
コック帽とタイを身に着け、シャンパングラスとボトルを手にした星熊がテーブルに置いたグラスに金色の液体を注ぎ込むと、たちまち繊細で綺麗な泡がグラスの中で弾けた。
「帰りは、タクシーで送るから心配しないで……今日はゆっくり飲もう」
温かい光に照らされた鬼嶋の瞳が、普段よりもずっと甘やかな視線を送っているように百合には思えた。
――何だか、これって……。まるで……デートみたい。
うっとりと夢見心地に浸りながら、百合は鬼嶋に倣ってシャンパングラスを掲げる。
『……乾杯』
シャリン、と軽く合わせたグラスが魔法のように澄んだ音を奏でた。
三角屋根のその店は小さな煙突やクリーム色の外壁、何より入り口の木の扉とその脇にある洒落たランプが、ヨーロッパの田舎のレストランのような雰囲気を醸し出していた。
ドアの横には控えめに"Bistro Star Bear" と店名が書かれたプレートがあるだけで、ドアノブには"open"の木札がかかっている。
「素敵なお店ですね。本当に隠れ家って感じで……」
「昔から通っていてね。味は間違いなく一流なんだけど、片肘張らなくていい店だから、リラックスして」
そう言って鬼嶋がドアを開けると……ドアの隙間からぬうんと、角ばったいかめしい男の顔が現れた。
――ひえッ……! 何、この人!
思わず顔を引きつらせた百合と鬼嶋を交互に眺めた後、男はパッと笑顔を浮かべた。
「鬼嶋ァ~~、待ちかねたぞ! 早く中に入れよ」
扉を大きく開け放つと、男は鬼嶋の背をバンバンと叩いた。
「星熊……落ち着いてくれ、如月さんが怖がるだろ」
鬼嶋が後ろを振り返ると、星熊、と呼ばれたその男は百合の方を見て目を瞬いた。
「お――、この子が新しいお前の秘書? イイ女だねえ……」
鬼嶋と背丈がそう変わらな上、ガッチリとした体格の星熊が身を乗り出すと、目の前に熊が立ちはだかっているような威圧感がある。
「は、はじめまして……如月、です」
消え入りそうな声で名乗った百合に対して星熊はニカっと笑ってから、店の中に入るよう手招きした。
「はじめまして、俺は星熊。この店のオーナーでシェフ……まあ、俺一人でやってる店だから、気兼ねなく寛いでくれ」
「さ、如月さん……」
鬼嶋が百合の肩にそっと手を置き、店に入るように促した。
「は、はい……」
恐る恐る足を踏み入れると、店内は淡いアイボリーの壁と使い込まれた飴色に輝く家具類が落ち着いた印象の、外観を裏切らない内装だった。
星熊に窓際のテーブルに案内され席に着いた百合は店内をしげしげと見回した。
天井から吊り下げられた暖色系の照明が柔らかい光を放っている。厨房の方からは食欲をそそる煮込み料理の豊かな香りが漂ってきていた。
「さ、お二人さん、まずは食前酒を召し上がれ……」
コック帽とタイを身に着け、シャンパングラスとボトルを手にした星熊がテーブルに置いたグラスに金色の液体を注ぎ込むと、たちまち繊細で綺麗な泡がグラスの中で弾けた。
「帰りは、タクシーで送るから心配しないで……今日はゆっくり飲もう」
温かい光に照らされた鬼嶋の瞳が、普段よりもずっと甘やかな視線を送っているように百合には思えた。
――何だか、これって……。まるで……デートみたい。
うっとりと夢見心地に浸りながら、百合は鬼嶋に倣ってシャンパングラスを掲げる。
『……乾杯』
シャリン、と軽く合わせたグラスが魔法のように澄んだ音を奏でた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
数合わせから始まる俺様の独占欲
日矩 凛太郎
恋愛
アラサーで仕事一筋、恋愛経験ほぼゼロの浅見結(あさみゆい)。
見た目は地味で控えめ、社内では「婚期遅れのお局」と陰口を叩かれながらも、仕事だけは誰にも負けないと自負していた。
そんな彼女が、ある日突然「合コンに来てよ!」と同僚の女性たちに誘われる。
正直乗り気ではなかったが、数合わせのためと割り切って参加することに。
しかし、その場で出会ったのは、俺様気質で圧倒的な存在感を放つイケメン男性。
彼は浅見をただの数合わせとしてではなく、特別な存在として猛烈にアプローチしてくる。
仕事と恋愛、どちらも慣れていない彼女が、戸惑いながらも少しずつ心を開いていく様子を描いた、アラサー女子のリアルな恋愛模様と成長の物語。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる