21 / 30
21
しおりを挟む
「……鬼!?」
猟師の言葉にゆりは絶句した。
天候を操るほどの力を持つが時として人に害をなす存在。
山を荒らす者が鬼の怒りを受けたという昔語りをゆりも聞いたことがあった。
まだ辺りを心配そうに見回してから、猟師は深く頷いて見せた。
「このことは村の者たちには話していない。でも、あんたの両親は薄々勘づいていたよ……」
懐かしい両親、弟、妹たちの顔が頭に次々と浮かび、ゆりは軽く唇を噛んだ。
「悪いことはいわない。山を下りるんだ。このままではあんた、殺されてしまうかもわからん!」
「そんな……。あの人は、そんなことはしないはずです」
青い顔をしてなおも言いつのる猟師をゆりはきっと睨んだ。
「じゃあ、里の両親のことはどうするんだ。あんたの父親は山に嫁に行ったあんたを案じて、胸の病にかかったんだぞ!」
猟師の一喝にゆりの肩がビクリと震えた。
「私のせいなの……?」
「……大分前から、俺はあんたのことで相談に乗っていた。惣四郎の言う通りだ。一度帰って元気な姿を見せてやれば、もしかしたら病が癒えるきっかけになるかもしれん」
「あの人は……今は出かけていて」
ゆりの言葉に猟師はにわかにほっとしたようすだった。
「それならばちょうどいい。鬼の居ぬ間に、里へ戻ってまた帰ってくればいい」
善は急げと言わんばかりに、猟師はゆりの手を取り沢の方へ歩き始めた。
「行きも帰りも、俺がちゃんと送ってやる。いくら鬼だとて、人の心を全て読むことはできない。何食わぬ顔で戻れば心配はない」
強い力で手を引かれながらゆりはまだ迷っていた。
――父様が私のせいで病気になったなんて……そんなことって。
優しい両親の顔を思い浮かべると熱い涙があふれそうになる。
しかしその一方で、キジマとの約束を破ることに対して不安はどんどん募っていく。
病気の父を元気づけるために何とかして一度里には戻りたい、けれど、キジマに黙って出かけるのは彼を裏切ることになる。
「待ってください、やっぱり夫が戻ってから聞いてみま……」
急に立ち止まった猟師にぶつかりそうになりながらゆりは何とかその場に踏みとどまった。
「……あんた、鬼に人の心が理解ると思うのかね?」
ゆりを振り返った猟師はゾッとするくらい昏い目をしていた。
「もともと、俺も惣四郎も腕づくでもあんたを里に連れ帰るつもりできた」
「そんなっ……!」
「手荒なことはさせないでくれ。必ず鬼が戻ってくる前にここまで連れ帰ってやる」
再びゆりの腕を掴むと、猟師は足早に沢へと歩き始めた。
猟師の言葉にゆりは絶句した。
天候を操るほどの力を持つが時として人に害をなす存在。
山を荒らす者が鬼の怒りを受けたという昔語りをゆりも聞いたことがあった。
まだ辺りを心配そうに見回してから、猟師は深く頷いて見せた。
「このことは村の者たちには話していない。でも、あんたの両親は薄々勘づいていたよ……」
懐かしい両親、弟、妹たちの顔が頭に次々と浮かび、ゆりは軽く唇を噛んだ。
「悪いことはいわない。山を下りるんだ。このままではあんた、殺されてしまうかもわからん!」
「そんな……。あの人は、そんなことはしないはずです」
青い顔をしてなおも言いつのる猟師をゆりはきっと睨んだ。
「じゃあ、里の両親のことはどうするんだ。あんたの父親は山に嫁に行ったあんたを案じて、胸の病にかかったんだぞ!」
猟師の一喝にゆりの肩がビクリと震えた。
「私のせいなの……?」
「……大分前から、俺はあんたのことで相談に乗っていた。惣四郎の言う通りだ。一度帰って元気な姿を見せてやれば、もしかしたら病が癒えるきっかけになるかもしれん」
「あの人は……今は出かけていて」
ゆりの言葉に猟師はにわかにほっとしたようすだった。
「それならばちょうどいい。鬼の居ぬ間に、里へ戻ってまた帰ってくればいい」
善は急げと言わんばかりに、猟師はゆりの手を取り沢の方へ歩き始めた。
「行きも帰りも、俺がちゃんと送ってやる。いくら鬼だとて、人の心を全て読むことはできない。何食わぬ顔で戻れば心配はない」
強い力で手を引かれながらゆりはまだ迷っていた。
――父様が私のせいで病気になったなんて……そんなことって。
優しい両親の顔を思い浮かべると熱い涙があふれそうになる。
しかしその一方で、キジマとの約束を破ることに対して不安はどんどん募っていく。
病気の父を元気づけるために何とかして一度里には戻りたい、けれど、キジマに黙って出かけるのは彼を裏切ることになる。
「待ってください、やっぱり夫が戻ってから聞いてみま……」
急に立ち止まった猟師にぶつかりそうになりながらゆりは何とかその場に踏みとどまった。
「……あんた、鬼に人の心が理解ると思うのかね?」
ゆりを振り返った猟師はゾッとするくらい昏い目をしていた。
「もともと、俺も惣四郎も腕づくでもあんたを里に連れ帰るつもりできた」
「そんなっ……!」
「手荒なことはさせないでくれ。必ず鬼が戻ってくる前にここまで連れ帰ってやる」
再びゆりの腕を掴むと、猟師は足早に沢へと歩き始めた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
数合わせから始まる俺様の独占欲
日矩 凛太郎
恋愛
アラサーで仕事一筋、恋愛経験ほぼゼロの浅見結(あさみゆい)。
見た目は地味で控えめ、社内では「婚期遅れのお局」と陰口を叩かれながらも、仕事だけは誰にも負けないと自負していた。
そんな彼女が、ある日突然「合コンに来てよ!」と同僚の女性たちに誘われる。
正直乗り気ではなかったが、数合わせのためと割り切って参加することに。
しかし、その場で出会ったのは、俺様気質で圧倒的な存在感を放つイケメン男性。
彼は浅見をただの数合わせとしてではなく、特別な存在として猛烈にアプローチしてくる。
仕事と恋愛、どちらも慣れていない彼女が、戸惑いながらも少しずつ心を開いていく様子を描いた、アラサー女子のリアルな恋愛模様と成長の物語。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる