【現代異類婚姻譚】約束の花嫁 ~イケメン社長と千年の恋~

敷島 梓乃

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「……鬼!?」

 猟師の言葉にゆりは絶句した。

 天候を操るほどの力を持つが時として人に害をなす存在。

 山を荒らす者が鬼の怒りを受けたという昔語りをゆりも聞いたことがあった。

 まだ辺りを心配そうに見回してから、猟師は深く頷いて見せた。

「このことは村の者たちには話していない。でも、あんたの両親は薄々勘づいていたよ……」

 懐かしい両親、弟、妹たちの顔が頭に次々と浮かび、ゆりは軽く唇を噛んだ。

「悪いことはいわない。山を下りるんだ。このままではあんた、殺されてしまうかもわからん!」

「そんな……。あの人は、そんなことはしないはずです」

 青い顔をしてなおも言いつのる猟師をゆりはきっと睨んだ。

「じゃあ、里の両親のことはどうするんだ。あんたの父親は山に嫁に行ったあんたを案じて、胸の病にかかったんだぞ!」

 猟師の一喝にゆりの肩がビクリと震えた。

「私のせいなの……?」

「……大分前から、俺はあんたのことで相談に乗っていた。惣四郎の言う通りだ。一度帰って元気な姿を見せてやれば、もしかしたら病が癒えるきっかけになるかもしれん」

「あの人は……今は出かけていて」

 ゆりの言葉に猟師はにわかにほっとしたようすだった。

「それならばちょうどいい。鬼の居ぬ間に、里へ戻ってまた帰ってくればいい」

 善は急げと言わんばかりに、猟師はゆりの手を取り沢の方へ歩き始めた。

「行きも帰りも、俺がちゃんと送ってやる。いくら鬼だとて、人の心を全て読むことはできない。何食わぬ顔で戻れば心配はない」

 強い力で手を引かれながらゆりはまだ迷っていた。

 ――父様が私のせいで病気になったなんて……そんなことって。

 優しい両親の顔を思い浮かべると熱い涙があふれそうになる。

 しかしその一方で、キジマとの約束を破ることに対して不安はどんどん募っていく。

 病気の父を元気づけるために何とかして一度里には戻りたい、けれど、キジマに黙って出かけるのは彼を裏切ることになる。

「待ってください、やっぱり夫が戻ってから聞いてみま……」

 急に立ち止まった猟師にぶつかりそうになりながらゆりは何とかその場に踏みとどまった。

「……あんた、鬼に人の心が理解わかると思うのかね?」

 ゆりを振り返った猟師はゾッとするくらい昏い目をしていた。

「もともと、俺も惣四郎も腕づくでもあんたを里に連れ帰るつもりできた」

「そんなっ……!」

「手荒なことはさせないでくれ。必ず鬼が戻ってくる前にここまで連れ帰ってやる」

 再びゆりの腕を掴むと、猟師は足早に沢へと歩き始めた。
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