クズとカモ

春花菜

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本編

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 オレは昔から頼み事をされやすい。


 歩けば道を尋ねられ、カメラを持った人がいればシャッターを押して欲しいと頼まれる。中学、高校は何故か学級委員に推薦され、大学では代返を頼まれた。

 特別イケメンってわけでもなく、筋肉のガッツリついた何でも頼ってくれよ!的ないかにも兄貴って感じの見た目をしているわけじゃない。
どちらかといえばその逆で、背も低くてインドア派だよね?って勝手に認識される感じの平凡でヒョロっとした見た目。
オレだって、外で遊ぶよ!?BBQ合コンとか誘われたりなんかしたら喜んでいっぱいお肉焼いちゃうよ!?なんならウェイウェイ言って場を盛り上げるよ!!!
でも、何故か誘われない。ヒョロいのがだめなのかと思ってジムとか通おうかと思ったけど、友達に笑って、似合わないからやめろと止められたのでやめた。
……もうちょっと言い方ない?めっちゃ傷ついた。ちなみにその友達はジム通ってる。背も高くてイケメンだから似合ってるってことか。腹立つ。



 まあ、そんな友達くそイケメンのことはどうでもいい。
それより今のこの状況だ。


 「あの、退いてもらえませんか」


 「話聞いて欲しいんだけど」


 お前がオレの話聞けよ!!!


 と、内心ツッコミながら苛々を表に出さないようにへらりと笑いながら相手を見る。
オレの話を聞く気のないコイツは、オレの職場で週に二度だけ見る契約社員だ。
詳しいことはこの際省くが、一応同僚というか職場の仲間というか、とにかく仕事の話で会話をちょこっとするくらいでほぼ関わりがない。
背が高くて無駄にイケメンだから、コイツが来た日はお局様がご機嫌良く構い倒す。オレとしては平和になるのでありがたいが、それくらいの認識だ。


 「えっと、後でいいですか?オレまだ仕事あるんで」


 オレはできる限りの笑顔で運転席の窓から顔を出す。
会社の門まであと数メートルというところで車を停めるはめになった訳は、この無駄イケメンがオレの車の前に立っているからだ。
車一台分(ただし普通車に限る)がギリギリ通れるくらいのその道は、滅多に車は通らないが全く通行がないわけじゃない。
早く会社にできれば帰りたいし、後ろからでも前からでも車が万一来たらめちゃくちゃ邪魔になるので早く駐車場に行きたい。


 「…何時に終わる?」


 「えっと、もうすぐ就業時刻なんで一時間くらいで帰れるとは思いますけど」


 仲良くもないのにタメ口かよ。大人だし、職場の人間だよ?ちょっとは気を遣えよ。あ、でもこんなイケメンにタメ口で気軽に話かけられたら女子はコロッとなっちゃうのか?まあ、どうでもいいけど!一応年上みたいだからいいけど!!!


 「わかった。じゃあ、○○の裏手の駐車場で待ってるから来て」


 「……わかりました」


 「うん、じゃあ後でね」


 ひらりと手を挙げると、無駄イケメンは駐車場に歩いて行った………って、お前もそこの駐車場に車停めてんじゃねえかよ!!!わざわざ道で通行止めしなくても、駐車場でオレが車停めた後に声かけりゃ良かったんじゃねえの!?なんだよコイツ…意味わかんね。


 オレはさっきよりも苛々とした気持ちを積もらせながら駐車場に車を停めると、ため息をついてから仕事場に戻った。



✳✳✳✳✳✳✳✳✳



 「お疲れ~」


 車に背をもたれて煙草を吸っていたそいつは、オレを見つけるとゆるっとした感じで手を振ると、当たり前のように地面にポイッと吸っていた煙草を捨て足で踏む。


 おいおいおいおい、こら無駄イケメン。ポイ捨てすんじゃねえよ。なに、イケメンって何しても許されんの?そんな調子で女の子もポイポイしちゃってんじゃないの?


 「あー…お疲れ様です。話ってなんですか」


 「とりあえず鴨川くんの車で話していい?」


 なんでだよ!!!嫌だよ!!!普通に嫌だし!!!なんなの、コイツ。パーソナルスペースとか概念ないの?なんでそんなにグイグイ距離詰めるの?これがコミュ力おばけってヤツ???イケメンこっわ。


 「えと…ここでよくないですか?」


 「えー、待ってて足疲れたし、座って話したい」


 「あ、はい…わかりました。どうぞ」


 そんなに待たしたつもりもないけど、なんとなくそれ以上は断りにくくなってしまって助手席のドアを開ける。「どーも」と遠慮もなく無駄イケメンが乗り込んだので、気づかれないように小さくため息をつくとオレも運転席に乗り込んだ。


 「それで何ですか、話って」


 「聞いてくれる?マジで可哀想な俺の話!」


 「あー…はい」


 無駄イケメンのくせに可哀想な話なんてあんの?つーか、なんで愚痴る相手にオレ選んだの。コイツなら話相手もいっぱいいるだろうし、喜んで慰めてくれる女の子もいっぱいいるだろ。


 「実はさ~友達が借金するときに保証人になったんだけど、逃げられたんだよね」


 ……ん?なんだそれ。そんなドラマみたいな話あんの?半信半疑でイケメンを見る。
ムスーっと口を尖らせて言う無駄イケメン。なるほど、イケメンはカッコ良さだけじゃなくて可愛さも持ちあわてんのか。そりゃお局様が夢中になるわけだ。


 「明日さ~怖い人が金取りにくるみたいで。俺、金ないのにどーしよ」


 知らねーよ。


 「…確か葛さんって実家暮らしですよね。ご両親に頼んだらどうですか」


 お局様が夢見る乙女みたいに「お金持ちのお家に生まれて、あんなイケメンですっごくモテたでしょうね~」って目ハートにして言ってた。熟女の目をハートにできるってすげえなって感心したものだ。


 「だめだめ~。俺さ、前も友達に騙されて借金背負っちゃって、割と悪いことさせられたりしながら返済頑張ったんだけど、結局返せなくて親にバレて、親が返してくれたんだけどボコボコにされて、二度とすんなって釘刺されてんの!」


 ハハハって笑いながら他人事のように言う。
呑気に言ってるけど、笑えない。てか、金もない、アテもないならホイホイ保証人なんてなるなよ。前も騙されたっつーなら警戒しろよ。学習能力ないの?ばかなの?


 「そうですか、大変ですね」


 「そうなの!めっちゃ大変!友達に手当たり次第お願いしたけど全然集まらなくってさ~」


 ……お願いするんじゃなくて、自分で作るって発想はないのか?友達にだって借りたら返さないといけないわけだし。


 「へえー…」


 「そんなわけで金貸してくんない?」


 やっぱり!!!!!そうだと思ったこの話の流れ。そんなわけってどんなわけだよ。オレ全然関係ないし、友達どころか業務連絡でしか話したことないよね?なんでオレにそんな話を持ちかけたんだ。


 「いや、今手持ちないから無理です」


 「明日の夜に渡すことになってるから夕方までに用意してもらったら大丈夫!」


 大丈夫じゃねえよ!!!なんでわざわざそこまでしてお前に金渡さなきゃいけねえんだよ、クソイケメン!!!!!


 「ちなみにいくらなんですか?」


 「いっせんまん」


 「いっ…!?」


 一千万!?馬鹿じゃねえの!?いや、馬鹿だよ、馬鹿だよな!!!てか、ほぼ関わりのない他人がホイホイそんな大金渡すと思ってんの?世の中なめてるの?イケメンの頭の中ってお花畑なの???


 「あの、無理です」

 オレはドン引きながら愛想笑いも忘れて首を振る。


 「少しも無理?」


 「えっと…」


 コイツの少しってどれくらいだよ…つーか、一円だって出来れば渡したくない。渡したくないけど、なんだろう…さっきからすごい圧を感じる。


 「俺さ、前の時も結構頑張ったんだよね~裏の仕事っていうの?危ない薬運んだりとかもしなきゃいけなくって。アレって結構色んな人が使ってんだね!有名人とかも使ってるらしいよ。○○とか○○とかさ」


 「へ、へえー…」


 なんで今そんな話するんだ?脅し?脅しか?悪いこと全然しちゃうんだよ。怖い人なんだよっていうアピール?なにコイツ、こっわ。
へらへらと笑っているが、目が笑っていないのに気づいて思わず喉がヒュ、と鳴った。


 「えっと」


 「ん?」


 「十万くらいでいいですか」


 オレが冷や汗をかきながら声に出すと、無駄イケメンは無駄に華やかな笑顔をパッと浮かべた。


 「いいよ!ありがとう!いつくれる?明日?」


 「いえ、あの…今から出してくるんで待っててくれたら…」


 「俺も行くよ!そこのコンビニかな?わー、助かるよ~ありがとう~」


 「あ、え?は、い…」


 葛さんはそう言うと自分の車にさっさと乗り換えてエンジンをつけた。
オレは、はあ…とため息をつくとエンジンをつけてコンビニに車を走らせた。




✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳


 「……その顔どうしたんですか、葛さん」


 「いやー、ちょっと怖い人に殴られちゃった」


 その日は朝から騒然としていた。
主にお局様がギャーギャー叫んでいたわけだが、原因はこの男の顔だ。
明らかに殴られた跡があり、よく見たら体のあちこちが傷だらけだ。
オレは仕事中はもちろん話すことはなかったが、金をタカられたあの日に無理矢理連絡先を交換させられてしまい、今絶賛呼び出され中。


 「鴨川くんが用意してくれたおかげで殺されずには済んだけどね!あの人おっかねえの!」


 何がおかしいのかへらへらと笑っていう無駄イケメン。怪我して痛々しいけど、顔が変わるほどではないためイケメンはイケメンのままだ。
つーか、なんでオレまた呼び出されてんの?殺されずに済んだってお礼でも言いに来たわけ?
オレがじとっとした目で見ると、葛さんはニッと人懐っこい笑顔を向けて真っ直ぐ顔を見つめてきた。


 「ほんっとありがと!一週間だけどなんとか命拾いしたからさ~」


 「一週間…?」


 「うん、この一週間で百万集めて来たら、立て替えてやるって言ってくれてる人がいてさ!前に悪いお仕事してた時に知り合った人なんだけど、怖いけど良い人で~…あ、この顔殴ったのはその人なんだけどね!まっ、その人が立て替えてくれたらちょっとずつコツコツ返せばいいって言ってくれてさ~優しいよね~」


 優しくはないと思うし、良い人かどうかは微妙だと思う。顔の殴った跡も結構痛々しいよ?痛くないの?なんでそんな笑ってられんの。


 「えと、一週間で集められなかったら…」


 「死ぬかな!たぶん殺されんじゃない?」


 「えー…」


 なんでそんななんてこともないような軽い口調で言うんだコイツは…。


 「ま、そういうわけだからありがと!俺行くね!」


 「へ?」


 「お礼言いたかっただけだから~ばいばーい」


 「あ、はい…さようなら」


 ひらひらと手を振る葛さんを呆然と見送った。最後になるかもしれないというのにあっさりとした挨拶とも言えない挨拶だった。


 ……本当にお礼言いにきただけだった。
てっきりまた金を貸せって言われるんだと思って身構えていただけに妙に気が抜けた。


 「つーか、重…」


 なんでもないような口調で話されたけど、聞かされた方はずっしりと重い荷物を容赦なく押しつけられた気分だ。
本当かどうかなんてわからないけど、痛々しい姿を見てしまったのもあって嘘とは捨てきれない。あー、もう…なんて重いことあっさりと言ってくれるんだ。なんか聞いといて無視したらめっちゃ後味悪いだろ……あの脳内お花畑め。


 「くっそ…」


 オレは苦い気持ちを誤魔化すように車の音楽のボリュームをあげて目をつぶった。
そうしてしばらく駐車場で過ごしたのだった。



✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳


 「はい」


 「え…なに、これ」


 「ひゃくまんえん」


 オレが無表情で紙封筒を渡すと、葛さんは明らかに驚いた様子で目を見開いた。
そりゃそうだ。オレだってそんな大金ポンと渡されたら驚くわ。
むしろ、お金おろすときに震えたし、ここに持ってくるまでに盗られたり落としたらどうしようと思って気が気じゃなかった。


 「……鴨川くんって金持ちなの?」


 「違います。出したら貯金ほとんど無くなりました」


 貯金が無くなったっていうのは事実だ。もちろん、生活費とか遊ぶ金とかいざって時のためのお金はもちろん置いてあるけど動いても問題ないお金はほとんど無くなった。車を次に買い換えるとしても贅沢は出来そうにない。また、コツコツ貯めていこう。


 「じゃあ、なんで?」


 「え」


 「じゃあなんでそこまでしてくれんの?」


 少女漫画だったら「もしかしてお前俺のこと好きなの?」って台詞が出てきそうな熱っぽい視線でオレをじっと見つめた。
なんだコイツ。オレがお前が好きでやってるとでも思ってんのか?どこまで頭の中お花畑なんだよ。無駄にイケメンだから世界中の皆は俺が好き、とか思ってんのか???


 「あんなこと言われて放っておいてマジで死んだら後味悪いからに決まってるでしょうが」


 ばーか、と心の中で付け足しておく。
この勘違い馬鹿野郎がどこまで計算して言ってんのかはわからんし、たとえ嘘だったとしてもはじめからその金は無かったもんだって考えたらいいやって思った。無くなったら悔しいけど、その後借金で返済に苦しむわけでもないし、なんら生活は変わらないんだから。


 「嘘だと思わないの?」


 「嘘なんですか?」


 「いや、嘘じゃないけど…」


 葛さんがそこまで言って口籠る。いつも飄々としてる無駄イケメンが動揺してる姿は正直気味がいい。


 「まあ、正直言って嘘だったらその時はその時でしょうがないかなと思っただけです」


 「そんなお人好しだったら騙されるよ…」


 「お金いらないんですね、わかりました」


 「えっ!?いやいやいやいや…すみません、ありがとうございます」


 「ははっ、冗談です。借金返し終わってからでいいんでいつか返してください。慌てて返そうとしなくていいんで」


 「うん、絶対返す…ありがと。あのさ、また電話とかしていい?」


 「…もうお金貸しませんよ」


 「もう頼まない。じゃなくって、俺さ~今回のことでほとんど友達いなくなっちゃってさ、寂しーの」


 自業自得だ。あんなこと頼まれたら友達なんてやめたくもなるだろう。完全に自業自得だ。


 「頼み事とかもうしないならいいですけど、電話くらいなら」


 「ほんと?ありがとー!すっげぇ嬉しい!」


 葛さんはそう言うと、オレの頭を撫でた。


 「……へ?」


 「いや、ごめん…なんていうか…なんだろう。こう、なんか可愛くって!弟がいたらこんな感じに愛しいのかなーって」


 「は?」


 「お兄ちゃんって呼んでくれる?」


 「呼びません」


 なんだコイツきっもち悪ぃ……。
イケメンだからってなんでも誰でも喜ぶと思うなよ。世の中イージーモードかよ、クソイケメン。逆にオレがそのへんの女の子に「お兄ちゃんって呼んで」なんて言ってみろ。即通報ものだ。気色悪い。


 「あー、まあ…大変でしょうけどもう話し聞くくらいしかできないんで、電話で愚痴くらいなら聞きますから…じゃあ」


 さりげなく車からご退場していただくように促すと、葛さんはお局様なら卒倒しそうな無駄に華やかな笑顔をこちらに向けてから「ありがと」と車を降りた。


 「またね、弟くん」


 「……さようなら、葛さん」


 つれないな~と、おかしそう笑いながらひらひらと手を振ってから自分の車に乗り込んていった。
あの人、本当に気持ち悪いな…
無駄イケメンから残念イケメンにシフトチェンジだな、と心の中で呟いてからオレは車のエンジンをつけたのだった。
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