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1 嫁入りブス
4 王様への贈り物
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「青妃、国王陛下のお誕生日のお祝いが、二週間後にあるそうですよ」
あれから十日程が経ち、公主様、もとい朱琳は、早々と自分の立場に合った態度を身につけていた。うっかりバレることのないように、初日以来二人きりの時でも口調を元に戻すことはしていない。
「……そう、なの。それって、どうすればいいのかしら」
私はといえば、いまだにこの立場の入れ替えが板につかず、毎回少し間を置いてからなんとか返答するという体たらくだ。
「妃の方々は全員参加とのことですから、当日その催しに参加すること。それから、お祝いの品を事前にお贈りする必要があるかと存じます。よろしければ、候補の品を一覧にしてきましたので、一緒に選びましょう」
「あ、ありがとう。さすがね……朱琳」
「ふふ、お褒めいただき光栄です」
そもそも、朱琳というのは私の名だ。正確には、「だった」。
自分の名前を他人に向かって呼ぶのというのは、とても不思議な気分だった。不快、とも違う、違和感、と言うべきか。自分が自分でなくなるような、そもそも自分とはなんだったのか、そういう自我のぐらつきを感じざるを得ない気味の悪さがあった。
朱琳は、私の秘書のような位置についたようだ。力仕事など元来苦手としていたことは他の侍女に任せているが、殿舎の外部との伝達を担ったり、ちょっとした探し物やお使いなどをこなし、この後宮内を駆け回っていた。よって、私の側から離れていることも多いが、そのくらいの距離感がこちらとしても安心だった。
「贈り物は、何がいいかしらね。し、朱琳は陛下にお会いしたことあるのよね。私はまだお姿を拝見していないから、どんな方かわからないわ」
「会ったといっても、子供の頃ですよ。覚えているのは、頭の様子と体型だけです。私がわかるのは、櫛は贈らない方がいい、ということ位ですわ」
「だ、誰かに聞かれたらどうするのですかっ。もう!」
「ふふ、すみませーん」
無邪気な発言とそれを咎める自分、という構図は相変わらずで、やはり不思議な気分だった。私たちは、新入りの妃だから控えめにした方が良いだろうか、でも存在を知って貰えるよう少しでも目立った方が良いだろうか、などと話しながら品を考えていった。
妃になる、といっても実感は湧かず心の準備もまだできていない上、彼女があれほど拒否する見た目というのだから、まだ訪れてくれなくても全く問題はないのだが。
「……あら、これは?」
贈り物の一覧が書かれた幾つかの紙の中に、毛色の違うものを見つけた。
「これは、名前?」
「あ、そ、それは。間違えて紛れてしまったみたい。すみません」
朱琳はパッとその紙を私から奪い、後ろ手に隠した。
少し見えた中には、人の名前らしきもの、所在、役職、そして身体的特徴などが記載されていた。
「この後宮内の人達を覚えるために、紙に記していたんです。仕事をするのに、必要ですから」
彼女は驚くほど、仕事熱心だった。聞くと、既にこの後宮内の位置関係や主要人物の誰がどこに住んでいるか、妃達だけでなく宦官女官たちの仕事まで大まかには把握できてきたらしい。
自分で言っていた通り、要領が良い、というのは本当らしかった。
あのワガママ全開の公主様が、大した変わりようだ。
元々賢い御方ではあったけれど、自分の好きなもの以外には興味を示さなかった彼女を、一体何がそこまで突き動かしているのだろうか。公主や妃という立場から解放されたことが、彼女にとってそれほどまでに大きなことだとは思いもよらなかった。
国王への贈り物は、結局良いものが決められず、朱琳が申し出てくれたのもあって、全て彼女に一任することにした。彼女なりに、自分が立場を放棄した罪滅ぼしをしてくれているのかもしれない。
私自身から国王陛下へは何の思い入れもなく失礼かとも思ったが、本来であれば彼女から贈られるはずだったのだから、と自分を納得させることにした。
あれから十日程が経ち、公主様、もとい朱琳は、早々と自分の立場に合った態度を身につけていた。うっかりバレることのないように、初日以来二人きりの時でも口調を元に戻すことはしていない。
「……そう、なの。それって、どうすればいいのかしら」
私はといえば、いまだにこの立場の入れ替えが板につかず、毎回少し間を置いてからなんとか返答するという体たらくだ。
「妃の方々は全員参加とのことですから、当日その催しに参加すること。それから、お祝いの品を事前にお贈りする必要があるかと存じます。よろしければ、候補の品を一覧にしてきましたので、一緒に選びましょう」
「あ、ありがとう。さすがね……朱琳」
「ふふ、お褒めいただき光栄です」
そもそも、朱琳というのは私の名だ。正確には、「だった」。
自分の名前を他人に向かって呼ぶのというのは、とても不思議な気分だった。不快、とも違う、違和感、と言うべきか。自分が自分でなくなるような、そもそも自分とはなんだったのか、そういう自我のぐらつきを感じざるを得ない気味の悪さがあった。
朱琳は、私の秘書のような位置についたようだ。力仕事など元来苦手としていたことは他の侍女に任せているが、殿舎の外部との伝達を担ったり、ちょっとした探し物やお使いなどをこなし、この後宮内を駆け回っていた。よって、私の側から離れていることも多いが、そのくらいの距離感がこちらとしても安心だった。
「贈り物は、何がいいかしらね。し、朱琳は陛下にお会いしたことあるのよね。私はまだお姿を拝見していないから、どんな方かわからないわ」
「会ったといっても、子供の頃ですよ。覚えているのは、頭の様子と体型だけです。私がわかるのは、櫛は贈らない方がいい、ということ位ですわ」
「だ、誰かに聞かれたらどうするのですかっ。もう!」
「ふふ、すみませーん」
無邪気な発言とそれを咎める自分、という構図は相変わらずで、やはり不思議な気分だった。私たちは、新入りの妃だから控えめにした方が良いだろうか、でも存在を知って貰えるよう少しでも目立った方が良いだろうか、などと話しながら品を考えていった。
妃になる、といっても実感は湧かず心の準備もまだできていない上、彼女があれほど拒否する見た目というのだから、まだ訪れてくれなくても全く問題はないのだが。
「……あら、これは?」
贈り物の一覧が書かれた幾つかの紙の中に、毛色の違うものを見つけた。
「これは、名前?」
「あ、そ、それは。間違えて紛れてしまったみたい。すみません」
朱琳はパッとその紙を私から奪い、後ろ手に隠した。
少し見えた中には、人の名前らしきもの、所在、役職、そして身体的特徴などが記載されていた。
「この後宮内の人達を覚えるために、紙に記していたんです。仕事をするのに、必要ですから」
彼女は驚くほど、仕事熱心だった。聞くと、既にこの後宮内の位置関係や主要人物の誰がどこに住んでいるか、妃達だけでなく宦官女官たちの仕事まで大まかには把握できてきたらしい。
自分で言っていた通り、要領が良い、というのは本当らしかった。
あのワガママ全開の公主様が、大した変わりようだ。
元々賢い御方ではあったけれど、自分の好きなもの以外には興味を示さなかった彼女を、一体何がそこまで突き動かしているのだろうか。公主や妃という立場から解放されたことが、彼女にとってそれほどまでに大きなことだとは思いもよらなかった。
国王への贈り物は、結局良いものが決められず、朱琳が申し出てくれたのもあって、全て彼女に一任することにした。彼女なりに、自分が立場を放棄した罪滅ぼしをしてくれているのかもしれない。
私自身から国王陛下へは何の思い入れもなく失礼かとも思ったが、本来であれば彼女から贈られるはずだったのだから、と自分を納得させることにした。
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