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2 屈辱のブス
12 自己啓発セミナーみたいな
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自分は何者であるのか。
自分はどう生きるか。
自分の頭の中でだけ考えても一向に答えは見つからなかった。悩みに悩んだ私は、国王の誕生日会の時に語っていた倫道士の処へ足を運んでみた。
(いつでも来ていいって、言ってたし……でも、何を相談したらいいかも具体的に決まってないんだけど、大丈夫かな)
一緒に来てくれた菖蒲は外で待っていて貰い、一人で倫道士と対面した。倫道士のいる部屋は、伽藍としていて余計なものは何もなかった。
私が自己紹介しようとすると、道士に遮られた。
「自己紹介は、いりません。ここでは肩書きは不要、貴方は貴方であるのですから」
「は、はぁ……」
どこまで話していいものだろうか、迷ってしまう。東龍国の青妃と侍女・朱琳は入れ替わっている、ということがここから国王に伝わってしまっては問題だ。自己紹介を不要としてくれたのは、ある意味幸運だった。
私は、今日ここへ来た理由から話すことにした。
「ここへ来たのは、『自分の意思で生きる』というのはどうしたら良いのか、見当がつかないからなのです。どうしたら、自分の意思なるものが持てるのでしょうか」
「貴方は、今までは他人の意思によって生きていたのですか」
「わかりません。ただ、親に従い、主人に従い、国に従い、ここへやってきました。今までは他人から与えられた役割を果たそうとすることで、自分の存在価値を見出していたように思います」
「その、『与えられた役割』を果たしたくない、と思ったということですか」
「いえ……どう言えばいいか。『役割がなくなってしまった』のです。もしかしたら、もう少し待てば新たな『役割』がどこからか与えられるかもしれません。ただ、一時的にそれが消え、自分自身はどう身を振るべきか、考えてしまって」
質問されるがまま、私は自分の気持ちを吐露していった。話してみると、意外とすんなりと迷っていることが出てくるものなのだな、と不思議と感じた。
「なるほど……それで何か役割を自分で見つけなければ、と思っているということですね」
「まぁ、そんな感じです」
「『~しなければいけない』という考えも、何かに支配されているように見えます。貴方は今、『自分の意思で生きたい』と考えた。それだけでも、随分と変わったのだ思います。何かをすべき、と焦って考える必要はありません」
結局、どうしたら良いのだろう。
「『何もない』、素晴らしいじゃないですか。『役割』なんてものは、相対的なものです。これを機に、一から自分を立て直してみると良いのでは。自分の内面から湧き上がる何かに従って行動しているうちに、果たすべきことは自ずと見えてくるものでしょう」
「……見つかる、でしょうか」
「貴方は、『今、自分が何も持たない』ということを認識できている。不完全な自分と現状をまず受け入れた。何も持たないことは、劣等感を抱くべきことではない。これから、一歩ずつ進んでいけば良いのです」
倫道士の話は、なんとなくわかるような気はするが、結局どうすればいいのか、答えを与えてくれるものではなかった。
自分で見つける、というか自然と見つかるものを自分のものにしていく感じなのかな、となんとなく理解した。
確かに急にこんなことになり、焦り過ぎていたのかもしれない。というか、コロコロコロコロと状況が変わり、わけがわからなくなっていた。一旦落ち着いて、冷静に過ごしてみよう、と思った。
「あの、倫道士、ありがとうございます」
「礼には及びません。貴方は今の貴方が存在しているだけで、素晴らしいのです」
なんと返したら良いかわからない、胡散臭く感じるようなことを言われ、若干困ってしまう。ついでに私は、この間話を聞いた時から気になっていたことを聞いてみることにした。
「あの、ちょっと伺いたいのですが」
「どうぞ」
「この、後宮という場には、自ら望んでやってきたという人は多くはないはずです。そして、『自分らしく生きる』とか『劣等感を持たない』とか、ここの存在と対極にあるように思います。……何故、後宮でそのような教えを広めているのですか。むしろ後宮の女達が好き勝手生き出したら、逆に統制が取れないのではないかと」
そう、このあたりに、強い違和感を覚えていたのだ。
妃たちはほとんどが政略結婚で、誰かの命令によって来ているはずだ。ここは国王陛下の寵愛や女同士の力関係を巡って優越感と劣等感の渦巻く世界であり、女の存在の目的は王の子孫を残すこと、という環境である。
こんなところで、『自分らしく生きる』ことを推進するなんて、その対比により自分たちが否定されているように映ってしまい、むしろ嫌がらせに近いのではないか、と思った。
「国王陛下のご意思は、私の存じるところではありません。私はただ、この教えにより一人でも辛い心の御方を救えたら良い、と考えるのみです」
「この教えを広めて、何をしたいのですか」
「救われる御方が増えることを祈っています」
……祖国から「最近朋央国で怪しい宗教が流行っている」ということは聞いていた。この宗教が、例えば民衆を煽動して何か成し遂げようとしているのか、国の中枢に入り込んで操作しようとしているのか、その状態と目的を探る必要もあった。
だが、道士がこの調子では、その答えには今はたどり着けないだろう。
そして、そもそもこうした事情を探り続ける必要はあるのかと、ついつい癖が抜けず調査するようなつもりになってしまった自分を顧みた。
国や皓月様へ、報告するべきだろうか。
王妃ではなくなったことで、こちらに求められる役割も変わってくるかもしれない。
ただ、彼らから何らかの連絡があるまでは、何もしないでおこうと思った。
せっかくの『何もない』状態である今を、大事にしたいと感じていた。
自分はどう生きるか。
自分の頭の中でだけ考えても一向に答えは見つからなかった。悩みに悩んだ私は、国王の誕生日会の時に語っていた倫道士の処へ足を運んでみた。
(いつでも来ていいって、言ってたし……でも、何を相談したらいいかも具体的に決まってないんだけど、大丈夫かな)
一緒に来てくれた菖蒲は外で待っていて貰い、一人で倫道士と対面した。倫道士のいる部屋は、伽藍としていて余計なものは何もなかった。
私が自己紹介しようとすると、道士に遮られた。
「自己紹介は、いりません。ここでは肩書きは不要、貴方は貴方であるのですから」
「は、はぁ……」
どこまで話していいものだろうか、迷ってしまう。東龍国の青妃と侍女・朱琳は入れ替わっている、ということがここから国王に伝わってしまっては問題だ。自己紹介を不要としてくれたのは、ある意味幸運だった。
私は、今日ここへ来た理由から話すことにした。
「ここへ来たのは、『自分の意思で生きる』というのはどうしたら良いのか、見当がつかないからなのです。どうしたら、自分の意思なるものが持てるのでしょうか」
「貴方は、今までは他人の意思によって生きていたのですか」
「わかりません。ただ、親に従い、主人に従い、国に従い、ここへやってきました。今までは他人から与えられた役割を果たそうとすることで、自分の存在価値を見出していたように思います」
「その、『与えられた役割』を果たしたくない、と思ったということですか」
「いえ……どう言えばいいか。『役割がなくなってしまった』のです。もしかしたら、もう少し待てば新たな『役割』がどこからか与えられるかもしれません。ただ、一時的にそれが消え、自分自身はどう身を振るべきか、考えてしまって」
質問されるがまま、私は自分の気持ちを吐露していった。話してみると、意外とすんなりと迷っていることが出てくるものなのだな、と不思議と感じた。
「なるほど……それで何か役割を自分で見つけなければ、と思っているということですね」
「まぁ、そんな感じです」
「『~しなければいけない』という考えも、何かに支配されているように見えます。貴方は今、『自分の意思で生きたい』と考えた。それだけでも、随分と変わったのだ思います。何かをすべき、と焦って考える必要はありません」
結局、どうしたら良いのだろう。
「『何もない』、素晴らしいじゃないですか。『役割』なんてものは、相対的なものです。これを機に、一から自分を立て直してみると良いのでは。自分の内面から湧き上がる何かに従って行動しているうちに、果たすべきことは自ずと見えてくるものでしょう」
「……見つかる、でしょうか」
「貴方は、『今、自分が何も持たない』ということを認識できている。不完全な自分と現状をまず受け入れた。何も持たないことは、劣等感を抱くべきことではない。これから、一歩ずつ進んでいけば良いのです」
倫道士の話は、なんとなくわかるような気はするが、結局どうすればいいのか、答えを与えてくれるものではなかった。
自分で見つける、というか自然と見つかるものを自分のものにしていく感じなのかな、となんとなく理解した。
確かに急にこんなことになり、焦り過ぎていたのかもしれない。というか、コロコロコロコロと状況が変わり、わけがわからなくなっていた。一旦落ち着いて、冷静に過ごしてみよう、と思った。
「あの、倫道士、ありがとうございます」
「礼には及びません。貴方は今の貴方が存在しているだけで、素晴らしいのです」
なんと返したら良いかわからない、胡散臭く感じるようなことを言われ、若干困ってしまう。ついでに私は、この間話を聞いた時から気になっていたことを聞いてみることにした。
「あの、ちょっと伺いたいのですが」
「どうぞ」
「この、後宮という場には、自ら望んでやってきたという人は多くはないはずです。そして、『自分らしく生きる』とか『劣等感を持たない』とか、ここの存在と対極にあるように思います。……何故、後宮でそのような教えを広めているのですか。むしろ後宮の女達が好き勝手生き出したら、逆に統制が取れないのではないかと」
そう、このあたりに、強い違和感を覚えていたのだ。
妃たちはほとんどが政略結婚で、誰かの命令によって来ているはずだ。ここは国王陛下の寵愛や女同士の力関係を巡って優越感と劣等感の渦巻く世界であり、女の存在の目的は王の子孫を残すこと、という環境である。
こんなところで、『自分らしく生きる』ことを推進するなんて、その対比により自分たちが否定されているように映ってしまい、むしろ嫌がらせに近いのではないか、と思った。
「国王陛下のご意思は、私の存じるところではありません。私はただ、この教えにより一人でも辛い心の御方を救えたら良い、と考えるのみです」
「この教えを広めて、何をしたいのですか」
「救われる御方が増えることを祈っています」
……祖国から「最近朋央国で怪しい宗教が流行っている」ということは聞いていた。この宗教が、例えば民衆を煽動して何か成し遂げようとしているのか、国の中枢に入り込んで操作しようとしているのか、その状態と目的を探る必要もあった。
だが、道士がこの調子では、その答えには今はたどり着けないだろう。
そして、そもそもこうした事情を探り続ける必要はあるのかと、ついつい癖が抜けず調査するようなつもりになってしまった自分を顧みた。
国や皓月様へ、報告するべきだろうか。
王妃ではなくなったことで、こちらに求められる役割も変わってくるかもしれない。
ただ、彼らから何らかの連絡があるまでは、何もしないでおこうと思った。
せっかくの『何もない』状態である今を、大事にしたいと感じていた。
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