うさぎの楽器やさん

銀色月

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<やまねこのふえ>のお話

31 2匹のやまねこ

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「取り上げる」だって?
 ぼくから、ふえを?

ニノくんは、ふえが他の者の手に渡るなんて、
考えてみたこともありませんでした。


オリーブの木のうさぎの楽器やさんで、ふえに出会ったとき、
まだ買ってもいないうちから、このふえは自分のものだと思っていたくらい、
ふえが自分と共にあることが当たり前でしたから。


ニノくんは、ふえを持って逃げようとしますが、レノさんがすぐに追いつきます。

すきをつかれて、ふえを奪われてしまい、
ニノくんは爪を立ててレノさんに飛びかかりました。
実の父親であろうがなかろうが、関係ありません。


もう若くはないレノさんですが、
身体能力はニノくんと互角です。

2匹のやまねこは、爪を立てたままつかみ合い、ダンゴになって転げまわりました。

どちらかが、シッポをまいて、
いえ、ふえをあきらめて逃げ出すまで続く戦いです。

互いの爪で、ニノくんもレノさんも傷だらけになり、
あちこち血が滲んでいます。


折ろうと思えば、折れたかもしれません。
…爪ではありませんよ!ふえのことです。
でも、レノさんは、ふえを折ることはしませんでした。


自分に向かってくるニノくんの様子を見ているうちに、
思っていたのと違う感覚を受けとっていたのです。


自己満足にふえを吹いて、
血の繋がった息子が重大な迷惑をかけている。

だから、親としてなんとかやめさせなければならない。

この世に産み出した責任をとらなければならない。

親子の縁を切ればいいなんてのは、都合よく親子の真似ごとをしている者だけの発想だ。

本当の親子には、できっこない。

たとえ、差し違えても、
地の果てまで付き合ってやる。

と、今の今まで思っていたのですが、
どうも違う。


 なんだ?


実際にぶつかり合って、
心が相手と向き合ったとき、
レノさんには、その微妙な違和感に気づくことのできるくらい、
経験と器量がありました。


 なにが?

 この、ふえか?


ニノくんから取り上げて、
いま、レノさんの左手にあるこのふえを、改めて見たとき、
ゾワっと悪寒が走りました。



 こいつは、生きている。


感じたことがない恐怖に、冷や汗が流れます。

その一瞬に、ニノくんは、レノさんの左手からふえを引き抜き、
走り去りました。

レノさんは、粗く息をしながら、
ニノくんの後ろ姿を追わずに、立ち尽くしました。

ちょうど、背後からカラスたちが現れ、
低空飛行でレノさんを追い越し、
かわりにニノくんを追っていきました。


レノさんは、カラスたちと面識はありませんでしたが、
あのカラスたちが自警団だということは、分かりました。

ニノくんとレノさんの様子を、どこかで見張っていたのかもしれません。

レノさんは、やっと息を整えて、
なにも持っていない左手をもう一度見つめました。


 とても、普通の者が持てるしろものじゃない。


「魔物なのは、ニノくんではない。
 ふえの方です!」と言った、
うさぎの楽器やさんの言葉が思い出されます。

「たしかに、あれは魔物だな。
 それなら、あれを平気で持てる者は…?」

レノさんは、すわり込んでため息をつきました。


魔物と切っても切れない関係になっている息子を、どうする?

救い出さなければならない。
…それこそ、命をかけて。



その頃、うさぎの楽器やさんは、青い湖のある森のカラスと共に、
北の森に到着したところでした。

とりあえず、何か食べたくて、
あのりんごのお酒が美味しいレストランに向かうと、
何やら広場で騒ぎが起きていました。


具合が悪くなった者を救助している様子ですが、
数が多い。

うさぎの楽器やさんたちも手伝おうとして話しかけると、
救助をしていた白いうさぎが顔をあげてこちらを見ました。


見覚えのあるその顔は…、

「あれっ、リン⁈」
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