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鬼のゆくえ
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しおりを挟む「おかえり」
振り向くと、ドアに体を預けた元気おじさんが居た。
黒が進み出て、腕に抱いた羅刹を元気おじさんの腕に委ねる。
「以前は無意識だったろうが、羅刹にしなければならない事は解ってるな?」
黒が真っ直ぐに元気おじさんの目を見た。
「理解している。羅刹が最優先だ」
切な気に眉根を寄せて頷き、「桃たちの治療は後だ」と、踵を返し部屋を後にした。
「はぁーーー……」と長い息を吐いてベッドに座った不二丸が、その横をポンポンと手で示した。地雲がおずおずと腰を下ろした。
「桃はスゴいな!」
キラキラと星が見えそうな眼を真っ直ぐに向けられた。
「いや、地雲には……気の毒だったけど」慌てて地雲に体を向けて頭を下げた。
「……実感が無いわ。今はまだ」
そう言って項垂れた地雲がそのままベッドに寝そべった。
「ごめんなさい。疲れてしまって……少し眠らせて」
壁側に顔を寄せて静かになった。
不二丸がそっと上掛けを掛けてやる。
「おやすみ」そう言ってポンポンと背中辺りを優しく叩いて立ち上がった。
「外へ行きましょう。話があります」
皆を促したのは白。
そう。話す事は沢山ある。
頭を整理しなきゃならない。
*
† 君子side
ドアを閉める音がして、ホッと一息吐く。一人になりたかった。
目の前に土壁が見える。
布団から仄かに香る犬飼の匂いに包まれて安心する。
ここは何処だろう?
ドアを開けると違う場所に居た。それは不思議で、本当なら嬉々とするか、驚くかするのだろう。けれど、“心”の感覚がおかしい。
頭は考えてるのに、心の動揺や喜びがついて来ない。
変に冷静な自分が居て怖い……。
チクリと小さな痛みを感じて目を遣ると握り締めたままだった右の拳だった。
ゆっくりと指を開くと、持っていたスマホが熱くなっていた。そしてポロリと赤いものが布団に落ちる。
赤い小さな粒。丸い珠。
母さんの成れの果て。
瞼を閉じると、母さんの最期の姿が見えた。
二本角の市松が、母さんに飛び込んだ。
空中から突然雷音がして、母さんに落ちて、瞬間、バッと赤い珠が周囲に散らばる。
それは、不思議な光景。人一人が消滅して、赤い珠に変わるなんて……母さんは、死んだんだ。
何度も自殺を繰り返した母さん。
死にたかった母さんは、やっと思いを遂げられた。
否、もう、ずっと前に死んでいたのかも知れない。
私は、何と生活していたんだろう?
母さんらしきものが死んだ。
あれは、何だったのか。
“鬼”だと誰かが言ってた気がする。
ぼうっとする。
頭が混乱しているのかも知れない。
鬼なんて、居る筈ない。
夢を見てた?
それに、鬼なら“角”が有る筈。
角が有ったのは市松。
二本角を額に輝かせ、青みがかった黒髪は光を放っていた。
何より、黄金の瞳なんて初めて見た。
何でも見透かしている様な瞳。
魅力的であり、恐ろしくも感じた。
市松桃太郎。
あの人が、犬飼の想い人。
判ってた。
犬飼は私を見ているふりをしてた。
珍しいと思った。私を見ない男性が居るんだって。だから気になり始めた。
私を口説きながら心は私に無いこの人は、自分でも恐らくは気付いてない想いの先を、このまま誤魔化して生きていくのかなって。
“想い”って何なのか。
父母の関係を見ていてそれは、虚しいものだと思っていた。
だけど、犬飼の姿を見ていてそれだけじゃない様な気がして、思わず言ったのが「永遠なんて、ないのよ」だった。
私と対峙していた彼は驚いた顔をして自分の心をちゃんと視たのだと感じた。
「ありがとう」と、静かにほほ笑んだ彼の顔を、初めて綺麗だと思った。
ずっと、その笑顔が忘れられなかった。
あんな事があって、最初に心に浮かんだのが犬飼だった。
それで気付いた。
私は自分の事は解ってなかった。
私を追い掛けていた彼を、私は好きになっていたんだって……。
“母”と言う呪縛が無くなった途端、隠れていた“恋心”に気付くなんて。
それに。
父母が亡くなったのに、私の心に悲しみは浮かんで来ない。
私は何て冷淡なんだろう。
心も体も軽くなって、知らない場所に居るのに安心してる。
私はあの場所へは帰りたくない。
私は……依存しない、あの男性が言っていた言葉を思い出した。“依存”嫌な響き。
私は、自立した女性になりたい。
私は、母みたいな“女”にはなりたくない。
ぐるぐると思考は止まらず、シーツを握った右手に鈍い痛みを感じた。
そっと手の平を開くと、小さな傷。少し長めの爪先が食い込む程に拳を握っていた事に気付いて驚いた。
そして、思わぬ事が起こる。
シーツに転がっていた小さな母の残骸が、くるくると意思を持ったみたいに回り出し、傷口にするりと入り込んだ。
瞬間、肝を潰すなんて言葉があるのを思い出した。
痛みはない。
だけど、確かにそれは起きた。
私が望んだ訳じゃなく。
まるで運命だと言わんばかりに……。
急激に体が熱くなって行く感覚が思考を閉ざし、そのまま意識を失って行く。
私は、母の様にはなりたくない。
その想いが強烈に心に残った。
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