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河童の存在価値
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しおりを挟む*優月side*
気が抜けて、また背中の傷が熱を持ち始めた。
痛みに息も吐けない。
優しい手が僕を抱えた。
揺れる体。支える手の平が温かで安心出来た。
痛みが緩和されて行く。
『―――あぁぁ……あぁ―――……』
何?
女の人の声。泣き声が聞こえる。
『助……けて……』
震える恐怖の混じった声が、助けを呼んでいて。
『助けて―――朗……』
朗?
河童様の名前。
あぁ……。体が楽になって来た。
「……声が、聞こえた。女の人の泣き声が……」
呟いて、痛みが無い事に気付いた。
背後にある暖かみが、見なくても朗だと判る。
朗が、治してくれた。
冷たい腕が僕を優しく抱き締めてくれていて。
上を向いて彼を確認する。
僕を治してくれた。
治して……黒猫。
「ろう? 黒猫は?」
意識がはっきりとして、助けたかったあの小さな黒猫が気になった。
朗は優しくほほ笑んで、
「助かったよ。だが、優月は問題を抱えた」
そう言った。
ニャ~と、可愛い鳴き声と手の甲をざらつく舌が舐めて来て、安心した。
「あぁ。本当に助かったんだね。良かったぁ」
黒猫の頭を撫でると、そのまま暖かい体が膝に飛び乗って来た。
この子を、
「―――治したのは?」
「優月。お前だよ。
ただ、治したとは言えない」
あの時の手の平の熱を覚えてる。
「―――治してない?」
朗の言葉に不思議を感じて聞き直す。
「正確には治したとは言えない」
「なんで僕がそんな事が出来るの?」
朗に向かい合い訊く。
「判った。正直に話そう」
それから知らされた事実に僕は戸惑う事となる。
「河童の薬は死者には利かない。それは、その黒猫も同じ。
まずは優月、お前は一度完全に死した。その時点でもう助かる術はなかった。だが、私と同じものに成る事で生まれ変わったんだ」
「同じ……もの?」
「“河童”にだ。
この術だけが優月を助ける唯一の方法で、それに、子孫を残す手立てでもあった」
「河童―――に?」
それに“子孫”って?
「それに黒猫。こやつは死んでしまった猫が変化した妖怪。だから体は徐々に腐敗して消滅し始めていた」
「でも。こうして僕の膝の上に居る」
綺麗な艶のある黒毛を撫でる。しいて言えば細すぎる体が気になるくらいで元気そうに見える。
「お前がその黒猫に自身の生気を分け与えたんだ。
優月と少しでも離れると、途端に肉片へ変わるだろう」
「そんな事が―――」
「左目が熱を持ったろう?」
そう言った朗が右手を軽く振ると空中に水玉が現れた。
それが縦長に伸びて、それを覗く様言われて見る。
僕の左目の瞳の中に藍色に煌めく星の様な光が見えた。
「え……何?」
「“河童”に成った証拠だ」
再度言われた朗の言葉に衝撃を受ける。
「だから迎えに来たんだ」
「僕を生き返らせてくれたんじゃ……」
「河童は治す事は出来るが、死者を甦らせる術を持つのは“神”と呼ばれる者だけだ」
河童に成った?
そう言えば黒猫も僕をそんな風に言って居た。
「ほらニャ? やっぱり河童だった」
ニャーンと鳴きながら言葉を話す黒猫。
この子は僕と居る事で生き長らえた化け猫?
「それにしても、オスとメスの区別もつかニャかったのか?」
朗に話し掛ける黒猫の言葉に思い出す。
“子孫を残す術”だったと?
「優月は可愛かったからな。それに私は女性を母親しかしらない」
なっ! 可愛いと言われ熱くなる頬。
「僕は、男だ!」
「ちゃんと今は理解している」
にやりとほほ笑む朗の顔の綺麗さに益々熱くなる顔。
「そっ……だよ。メスの河童だって居る筈だし、僕を嫁にするって考えなくても」
助けてくれたのは感謝するけどさ。
そう思って命を助けられたのかと思うと何だか居心地悪い。
「いや。伴侶を見つけるのは難しい」
僕を真っ直ぐに見るその目に嘘を見付けたくて……でも真剣に話してると解って話の続きを訊いてみようと思った。
そうだ。朗は一人だと言っていた。
「何で仲間が居ないの?」
「“河童の治癒能力”を他の妖怪が欲したせいで激減した。現に、私の母は元人間。父が見初めて夫婦になったと聞いている」
あれ?
「死んだのを生き返らせたんじゃなくて、夫婦になる為に河童になったの?」
必ずしも妖怪に成らなくても子どもは出来るんじゃ?
「河童はその能力があった。
それに狙われて居る身、河童の隠れ里、暮らす場所で人間は生きられない。人間の世界で子を産めばたちまち妖怪どものえじきと成るだろう」
河童に変化していた僕をこの子が嗅ぎつけた様に?
恐怖を思い出し小さく震えが来た。
膝に座る黒猫が僕を見上げる。黄色の二つ眼が細められ、小さく呟いた。
「助けてくれてありがとニャ。……傷付けてごめんニャ」
小さな黒猫。
「良かったね」言って頭を撫でる。
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