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仄暗い焔の先に
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しおりを挟む意識を手放す時、天井の三つの爪痕が目に焼き付いた。
その筋が光った気がした。
それは水の中に居るような感覚。
溺れる様な、それで居て心地好い空間に身を置いて居た。
これはいつもの夢?
違う。
これは、記憶。
..
ここは離れだ。
産声が聞こえた。
僕は、天井に張り付いた格好でそこに居て、ただ見ていた。
そこに見えたのは、長い黒髪を布団に咲かせた女の人。
顔が、朗にそっくりだ!
これって?
その女の人の横におくるみに包まれた赤ちゃん。
この子は……。
「朗って名付けようと思うの。“朗らか”の朗」
女の人が微笑みを向けた先には、緑色の身体に尖った嘴、頭の天辺に皿を持つ河童そのものの河童様が居た。
思ったよりも逞しい体付きをした朗のお父さんが、優しく微笑みを返して頷く。
「良い名だ」
「貴方を現す名前なのよ」
女の人、朗のお母さんは朗の小さな頭を撫でて、お皿は無いのね。と笑った。
「妙にそっくりだ」
幸せそうな二人。
それが暗転する。
腹の底から響くうなり声。
悲鳴と怒号。
それは黒い塊。
真水の匂いを嗅ぎつけた瀕死の妖怪が、河童を求めて水先家に忍び込んだ。
ほとんど形を成さないその黒い塊は角を生やした鬼。
妙を傷付け、そこからほとばしる血飛沫を全身に浴び躰が再生する。
三本角が白く光る。
鈍色の肌をしたまがまがしい妖力を発する鬼。
「「はあぁぁ―――……」」
毒素を孕んだ息を吐く。
妙は、朗を庇って傷を受けた。
鬼は妙を放さない。
河童は朗を抱き、後退る。
「逃げて! 朗を。朗を頼みます!!」
母の叫びに頷いた河童は池に飛び込んだ。
鈍色の鬼は右手の指が三本しかなかった。
その長い爪で天井を削る。
そしてそのまま、妙を抱えて離れを飛び出した。
その一部始終を見ていたのはこの“離れ”
これは離れの記憶。
視るのが辛かった。
視るのが辛くて目を瞑る。
すると、
囁き声が聞こえて来た。
それが段々大きくなって、気になり目を開く。
「どうしても行くのですか?」
姿勢を正して座る後ろ姿。
あれは、おばあちゃん!
向かいに座る“河童様”と、二人の間に座る節子おばあちゃん。
「行きます。朗ももう赤子ではない。けれども、長い眠りにつかせました」
おばあちゃんが頷く。
「妙は私を待って居る筈です」
頭を下げる河童様に、
「朗の事は私に任せて下さい。
“河童の子守唄”を毎日歌って聞かせましょう」
「お願い致します」
更に深々と頭を下げた河童様は、すっくと立ち上がると後も見ずに外へ飛び出した。
おばあちゃんの姿は若く、年老いた節子おばあちゃんは背中を丸めて座って居た。
「さあ、この離れを中心に結界を張りましょう。
あの爪痕の主が二度とはこの地に入れぬ様に、更には邪悪な妖怪が入れぬ様に。
...........
この家の者が招き入れぬ限りはどの妖怪も立ち入れぬ様に」
天井を上向いたおばあちゃんと視線が合った気がした。
「そして、朗の為に、まだ見ぬ子ども達の為に、この離れは永劫に倒れる事はない」
おばあちゃんの声は力強く。
言葉にする度に空気が震えた。
この場所が澄んで行く感じがした。
離れが大きく膨らんで元に戻る。
まるで息をした様だと思った。
「家は全てを見るもの。
ただ見て記憶するもの。
そしてそこに居る者を癒すもの……」
おばあちゃんは、今度は確実に視線を合わせて言った。
「貴方の母親の様に」
そうして微笑んだ顔が、姉ちゃんそっくりで驚いた。
「さあ、帰りなさい」
言われた途端、視界が霞んで、声が、低い声が聞こえた。
身体が揺すられ、嫌でも目が覚めた。
「優月!!」
僕を呼ぶ朗の声が耳元で響いて驚いた。
「……痛い。大丈夫……だから、離して」
朗に強く抱き締められて居た。
「目覚めないと思った」
朗の身体が震えていて、
心配してくれていたんだと判った。
「もう大丈夫だよ」
朗の背中を擦って宥める。
朗を落ち着かせて、座り直す。
「どれくらい意識が無くなってた?」
「ほんの少しだ。だが、ただ眠ったにしては突然過ぎて揺すろうが何しようが目を開けなかった」
何しようが?
「うん。ごめん。けど、視たんだ」
朗が不思議そうに首を傾げる。
「この“離れ”の記憶を、朗のお父さんとお母さんの事を視て来たんだ」
「どうやって?」
「……判らない」
理由は置いておいて、視た事を話す。
「やはり、母を探しに行ったのか」
朗が難しい顔をした。
「お母さんは朗にそっくりだった。でも、朗の雰囲気はお父さんに似てる。話し方も」
意外な事を言われたとその表情が語っていた。
「素敵な河童様だった」
どうしてか、朗の両親について話さなきゃって使命感が起こった。
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