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言霊のカミサマ
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しおりを挟むそれは、変わらぬ光景。
夏の早い日の出。影に隠れていた陽の光が裏庭を照らす。
その光が、キラキラと池に反射され、それを身に受けた優月が美しく輝く。
黒髪が光を受けて金色に染まる。
有る筈のない記憶が頭を掠める。
金髪の幼児。
「ゆうき」
知らず口にした言葉。
言葉?
窓越しに優月が振り向いた。
視線が重なり、笑顔を浮かべ手招きする。
愛しい人が私を呼ぶ。
それは、とても感動する光景。
「お前たちも幸せで居るか?」
不思議な感覚に身を包まれた。
“お前たち”とは、誰なのか?
「もう! 朗ってば」
痺れを切らした優月がいつの間にか室内に入って来ていた。
「優月。愛しているよ」
言って、優月に浮かぶ笑みを見つめる。
「僕も!」
そうして私の腕に飛び込んで来た優月を支え、すっぽりと腕の中に抱き締める。
「だけど、早くして! 姉ちゃんが待ってるんだから!」
膨れっ面の優月は、素早く私の腕から抜け出して、また手招きする。
毎朝、休みの日以外は学校に早く行く。何故なら、そこには龍と優星が存在するからだ。
変わらず“不思議同好会”は存在し、あの夫婦は、学校と神社を行き来する生活を送っていた。
生きるにはメリハリが必要なのだと優星の主張が主となっていた。
実際に、普通の暮らしと言うものが如何に大切か優月を見ていて理解した。
あの日、私たちは終業式が終わった時間に戻った。
無くなった時間を、私たちは覚えている。
前世を含めた全てを。
その為、新たな現実に優月は戸惑った。
自分の記憶とは多少ずれた両親と、存在しなくなった姉の事。それらは優月にとって、知らずストレスとなっていた。
あの化け猫の存在も、居なくなると寂しかった様だ。
見た目には変わらない優月の愁いを、私は感じていた。
そして、夏休みの終わる頃、優星から連絡が来たのだ。
見姿が青年へと変化した桃の精霊が伝言役となって、「学校で会いましょう」と、すると見る間に優月の笑顔に陰りがなくなり、心からの笑みを浮かべた。
私は優月の全てになりたかったが、優月の心底の想いを見て見ぬ振りは出来なかった。
「朗!」
物思いに耽って居たが、愛しい人の呼ぶ声に我に返る。
優月は変わらず私の全てで、優月が幸せなら、私はそれで良い。
そう思いながら優月の元へゆっくりと足を進める。
彼だけを私は想って居る。
それで良い。
河童様の池の前を通る時、煌めく陽の光が視界に揺らいだ。
金髪の幼児。
瞬いて見えたのは、水に写る自身の姿。
黒髪の男。
不思議に思いながら膝を下り水面に手を沈める。
水は揺れて、姿が消えた。
指に絡み付く水の心地好さに瞼を閉じる。
私の長年過ごした聖域へ続く入口。
河童の隠れ里。私が居た空間より奥に、冥界は存在して居た。
そこには、河童が閻魔と共に命の花を護って居る。
現世の私には縁の無かった場所だ。
父母は元気に暮らして居るだろうか?
家族を思う。
己の中に在る新たな部分に驚き、水に浸す指を抜き立ち上がる。
揺れる水面を見つめ、そこに写し出された己の姿にまた違和感を感じた。
その感覚はこの頃強くなるばかりで、ふとした時に優月にも別の誰かを感じる瞬間があった。
金髪の幼児と、黒髪の男。
記憶に在る筈のない誰かの姿を己と優月の中に視る。
それは何故か知っている誰かだと感じる時もあり、時に不安と哀しみに囚われる事もあった。
「もうっ! 遅いってば」
声と感触が私の意識を引き上げる。
優月が私を真っ直ぐに見つめ、首を傾げていた。
「どうしたの? 最近ぼうっとしてる事が時々あるけど、何を考えてるの?」
答え様がないので笑って誤魔化した。
「否、急がないといけないのだろう?」
「う、ん。そうだけど。じゃ、行こうか?」
手を引かれ前進する。池に写る二人の姿は、普段と変わらぬ姿だった。
ゆらゆらと揺れる水面だけが、小さな痕跡を覚えていると言いたげに朝陽の残像を煌めかせた。
体育館、
終業式。
一年前と同じ体育館の中に居た。
あの時、舞台の高い位置からはっきりと優月の存在を見留めた。
優月は背の高い方ではない。団体の人の波に埋もれて居ては目測では見えない。けれど、私は何処からでも彼を見付ける事が出来る。
彼はまだ17歳になったばかりの成長途中で、背丈もこれから伸びて行くのだろう。
河童に成っても成人するまでは人と同じく成長する。
───成長。
今朝の記憶が、ふと頭を過る。
優月を抱き締めた感覚。感触。一年の内に少しずつ変わって来ていた。
笑顔は変わらない。
だが、少し伸ばした髪の印象で、中性的に見える時があった。
長めの前髪に隠された憂いを帯びた瞳。それは神秘的に見えた。
髪を伸ばしたのは、河童の証である瞳の星屑を慣れるまで隠す事が難しかったからで、それが癖付いて伸ばしたままでいたのだが、そのせいで、予想もしなかった事態が起き始めた。
私にとっては迷惑でしか有り得ない事態が。
それがこの一月程、目に見えて増えていた。
当の本人は気付いてもいないのだが。
学校での優月は、大抵は静かにして居た。賑やかになるのは優星と共に同好会で活動する時。
幼い頃、河童の、私の事でイジメられた事があってから、学校では極力感情を抑えている事が昔からの習慣で、クラスに居ても居ない様に出来るんだ。と、語った事があった。
だが、現在それは出来ていないのだ。気付いていないのは本人だけで、優月の良さを、周りは気付き始めていた。
優星が優月に判らない様に私に囁いた。
「目を離してはダメよ。ゆづはこれからモテモテになるかもよ?」
と。
それは、予知の様に的中した。
男女問わず、どちらからも好意を向けられる様になって行った。
物静かで中性的な優月の見姿に、誰もが目を奪われる。
神々しい光が見える。などと言う者もいた。
静かに浸透する。
それは、不気味な程に。
多くの生徒が優月に心奪われた。
私は誰にも判らぬ様にそれらを牽制し、近付く事を許さなかった。
だが、その事さえが、近付けない孤高の美少年。と、まるで崇める様に優月を見る者らは学年を跨いで増えて行った。
不思議と、大人の、教員にはそう言った感覚は生じなかった。
故に、これは人外の何らかの作用が働いているのではないか。と、龍は考えた。
それがつい昨日の事。
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