7 / 56
本編
黒い夢
しおりを挟む包帯の巻かれた右手を撫でる。
幸いにも傷が閉じれば剣は再び握れると言う。
あの後、本当に大変だった。
第三王子アウローレンス殿下。その存在は危ういと噂では聞いていた。
色んな逸話がある。
その逸話の一つによもや自身のことが加わるとは思わなかった。
殿下は何れかの公爵家に婿入りすることは誰もが知る事実で、三番目の王子とはそう言う立ち位置である上に、問題ばかりを起こす第三王子は
まだ公にされてはいないが、それ故に早めに臣下されることと決定していた。
そんな時に、責任をとって私を娶る。など、勘弁して欲しい。
だが、何よりも問題は、ヴィクトル と、母の名を呼んだこと。
アウローレンス様は、齢10歳。
平民落ちした小さなリロイ家のことを知り得る立場でもない。
私が“ヴィクトル”等と……確かに顔は似ているとお祖母様は仰ってはいたけれど……
私は、騎士になる。と、宣言した日から努力した。士官学校へ入学を果たし、現在は見習い騎士として入城していた。
女性騎士数名で、順繰りと姫様たちの護衛を務めていた。
第三王女ユーナセリア様。可憐で可愛らしい、まだ4歳の姫様は大丈夫だっただろうか?
あの場はまるで地獄絵図のようであった。
悲鳴を聞いた騎士たちが集まって来た時、
真っ赤な血に染った手、口元が血に濡れたアウローレンス殿下。意識の無いユーナセリア様……。
どう説明すればいいのか分からず、集まった騎士たちも困惑していた。
結局何も言えず、黙したまま、そこでまたアウローレンス殿下が宣言したのだ。
私が怪我をさせたので、責任をとってこの女性騎士を婚約者とする。
と、またそこから大騒ぎになり、殿下と姫様はその場から連れ出された。
私はそのまま治療に連れ出され、その後の話しはまだ聞いてはいない。
治療をして下さった医師のなんとも言えない表情に、未だにどうしたらいいのか分からない。
何故なら、血を拭った後、その傷痕がはっきりと歯型と解る形をしていたのだ。加えて殿下の口元には血が着いていたのだから誰でも想像出来るだろう。何せ自ら怪我をさせたと公言さえしてしまっている。
もう、溜め息しか出ない。
コホン と、咳払いをされ、何処にいるのか思い出す。
「ヴァロア。このままでは殿下を押し付けられるぞ」
士官学校の二年先輩で上司でもある、アンス=バルトが、事実になりそうな恐ろしいことを言葉にした。
「辞めてくれ。ただでさえ十も離れている」
そこじゃないだろう。と、苦笑するアンスは、姿勢を正して真面目な顔になる。
「第三王子は何かと問題だらけだ。その多くの逸話はほぼ全てが真実だと言っていい程にな。まだ10歳なのに、だ」
小さな生き物の殺生。
侍女への折檻。
殿下はこれらを隠すことなく行って来た。だから城の者なら誰もが知ってしまった事実だ。
もちろん、箝口令が敷かれているので誰も漏らすことは無い。
その中に、気に入った女性騎士に噛み付いて求婚した。なんて加わるのだろうか?
10歳にして、女狂い。等とか……。
頭を抱えて俯く。
ふと思い出した。その逸話の一つに謎とされていることがある。殿下の食事だ。
御家族誰とも食卓を共にしない、それこそ食事をしている所さえ見たことがない。用意していても全く手付かずだ、と。
包帯の巻かれた手を見て、嫌な予感しかしない。
……噛み付いて血を舐めとって……それこそ、人を食べている……なんて噂されそうだ。
まぁ、食事については私も同じだな。独りごちると、椅子から立ち上がる。
「さて、と。今日はもう騎士寮へ帰っていいのだったな?」
再度確認すると、アンスは頷いた。
「まあ、どうなるかなんてまだ分からんからな。殿下も本気かどうか……いや、噛み付いてマーキングしたと考えれば……」
「本当に、不吉なことは言わないでくれ」
一瞥くれてやり、踵を返す。
「まあ、がんばれ」
その言葉にヒラヒラと後ろ手を振り答えると、それでもくるりと扉を背にし、失礼しますときっちりと敬礼する。
一応アンスは上司なのだから。と。
騎士寮は、当然ながら男女に別れている。
男性は二人もしくは四人部屋、女性は数が少ないので小さな部屋ながらも各自一人部屋が用意されていた。
沐浴は出来そうもないので、タオルを濡らすと、片手で軽くしぼり、下着になって体を拭き上げる。
心持ちさっぱりとしたので、食事をすることにした。
一人なのだからと、胸は丸出しで下履の下着姿のまま、手を空中に差し出すと“金色の花”が現れた。
瞬間、ゾクリとして、目の前の暗がりに目をやる。
そこには、小さな人影。蝋燭の灯火に揺れる姿がゆっくりと視界に映る。まるで金色の花と一緒に現れたみたいな錯覚を起こす。
そこに佇むは「殿下」第三王子アウローレンス殿下であった。
「ふふ。まるで私を待っていたような姿だな」
殿下の言葉に今の自分の姿を思い出し、手近にあった服を抱き寄せた。
妖しく目を細める殿下の表情を見て鳥肌が立つ。殿下の視線は子どものそれではないと気付いたから。
知らず喉をならしていた。
瞬きをし、気付いたら、覆い被さるように殿下の体が私を押し倒していた。
ギリリと手首を掴む手の握力に抗えずゾッとする。
まるで、黒い夢……嫌な、夢のようで現実味がなかった。
0
あなたにおすすめの小説
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。
カレンと晴人はその後、どうなる?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?
すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。
お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」
その母は・・迎えにくることは無かった。
代わりに迎えに来た『父』と『兄』。
私の引き取り先は『本当の家』だった。
お父さん「鈴の家だよ?」
鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」
新しい家で始まる生活。
でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。
鈴「うぁ・・・・。」
兄「鈴!?」
倒れることが多くなっていく日々・・・。
そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。
『もう・・妹にみれない・・・。』
『お兄ちゃん・・・。』
「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」
「ーーーーっ!」
※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。
※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。
※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)
【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる
しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。
いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに……
しかしそこに現れたのは幼馴染で……?
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました
iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる