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本編
愛を囁く
しおりを挟む忘れられたら楽なのに。と、いつも思う。
そう思いながらも、更に思いは募る。
私はあの子を大切に出来なかった。
大切に思うなら先にあの中に入らせるべきではなかったし、いつも優しくするべきだったんだ。
幼い子どもだとしても、例えその気持ちに気付いてなかったとしても、人として思いやる気持ちは大切なのだと今更ながら気付くのだ。
ねえ?
元気にしてる?
ウォールウォーレン。
私の初恋の人。
可愛らしい空の色の大きな瞳が印象的な男の子。陽の下では黄金に見える茶髪はサラサラしていて、とても静かな性格で、まるで女の子のようだった。
当時はお転婆で男の子のような立ち居振る舞いをしていた私にはお似合いの男の子だったと思う。
あのことがなければ、今頃は。と、夢に見るのは自由よね。
夢の中で、ウォールは私と共に歳をとっていた。
面白いなぁ、と思いながらも、可愛らしかった容姿が男性へと成長する過程が見れたことはとても嬉しかった。
夢みたいなこと。……実際に夢だけれど。
時折、夢の中のウォールと目が合うことがある。
気のせいだと思いつつも、嬉しくて微笑むと、彼もそれに応えてくれる。
幸せは夢の中にあった。
本当に夢?
もう五年の付き合いになるヴァロアが、瀕死の少年を連れて来た。小さな妖精の女の子と。
童話としての知識でしかない妖精。
妖精と竜。童話に度々現れる人とは違う生き物たち。
竜そのものを見たことはなくても、王家がその血を頂いたことは余りにも有名で、その一族は皆、竜の形をその体に宿していた。
例えば、直系の王族の子らは瞳に猫のような竜眼を持っているし、近しい一族の者らは、鱗、様々な大きさの尾、羽根瘤(あくまでも羽根が生えそうな瘤)、異様に強い力。
数多の能力を受け継いでいた。
ヴァロアは、そう言った特徴は一切見られなかった。
妖精と言うよりも、精霊に近しいその直系。けれども、外見に特徴はない。
但し、世界樹の与える花のみが彼女の生きる糧。
淡い金糸の髪にそれよりも濃い金の瞳。妖精みたいに美しいとも言える。
やはり永く語られる物語は、真実を紐解いたものなのだろう。
ならば、私みたいな者のことはなんと言えるのか?
“癒し手”は数は少なくとも存在はしている。
私は治癒能力は高くても魔力が少なく、少数しか癒せなかった。
その理由は、無意識ではあったけれど、ウォールに常に癒しを送って居たからだと、少年から生まれた妖精が言った。
驚くなかれ、その二人は男の子は世界樹ユグドラシル本人で女の子は伴侶の元人間。ヴァロアの先祖で同じ名だと言う。
ここまで不思議なことが目の前で起こったのだから、その“ユグ”から伝えられた真実は、本当なのだろう。
細く繋がったままの、癒しの糸。
ここまで考えたら、夢だと思って居たウォールとの年月は、それは本当のことなのかもしれない。
そして、度々重なる視線は、私のことにウォールが気付いているから?
それこそ夢みたいな話で、現実味はない。
「ウォール……。愛しているの」
愛を囁く。
一方通行の。
けれど、時折感じる視線に、ふるりと、震える。
瞼を閉じると、そら、いつものように繋がる感覚。
「「マム。私も愛しているよ。あと少し待っていて欲しい。必ず、迎えに行くから」」
愛の囁きが返って来た。
そんな気がして喜びに震える。
そんな微睡みの中、
カラン
と、現実の音が聞こえた。
雑貨屋のお客様か。癒しの患者か。
うっつらとしていた頭を上げて、扉の方を見ると、大家さんがのそりと入って来るのが見えた。
「あぁ、こんにちは。ロマノ様」
この家は彼の持ち物で、半ば強引に貸出して貰ったのだ。
「……ぁぁ……」
ひょろりと背が高く中肉中背の中年の男性。彼の声はいつも小さく自信なさげだ。
いつも鍔の広い黒い帽子を深く被っていて、顔は見えず、その表情は読み取れない。
「家賃は……まだ早いですよね?」
首を横に振る。
「ちがぅ……が、ここを返して欲しぃんだ。出来れば、近日中に……」
突然の申し入れに驚いて立ち上がった。
その音にびくつくロマノ様。
ここは気に入っているのだ。
「何故ですか??」
「こ……こは、母の家なんだ。あの木が……いや。兎に角、今月末までには、出て欲しい……これは、決定事項」
言うだけ言うと、返事も待たずに出ていってしまった。
ロマノ様は、女性が苦手のようなのだ。
そんな彼が“決定事項”などと、強い言い方をしたのだから、それは、本当に決定事項に違いない……。
「嘘でしょう?」
折角、魔力供給の術が見つかったと言うのに。
私は呆然と立ち尽くすしかなく、
ここよりもいい場所など、ある筈はない。
と、内心悶えるしかなかった。
すると、何故かウォールの顔が浮かんで来て、ホッと一息つけたのだった。
「迎えに来るなら、このタイミングだと思うのだけれど」
と、独りごちた。
愛は伝える相手が居てこそ囁けるのだ。
「ウォール。愛しているの……出来るなら、傍に居たいわ」
懇願する。
すると、頷くウォールの真剣な顔が見えた気がした。
夢幻だから、素直に甘えられる。
そう。きっと私の幸せな幻想。
落ち着いたところで、今一度交渉してみよう。と思った。何もしないよりは足掻いてみよう。
この家を最初に借りた時から、もう手放せないと思ったのだ。
変な話だけれど、家が癒しを必要としていると感じたのだ。
日常は静かに過ぎ行く。
それでも、時間はまだあるのだから。
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