熱帯魚

夢野とわ

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ピアノ・レッスン

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街を下って歩いて行く。
そこに、一軒の古本屋があった。
夜八時近くだと言うのに、軒先に、「一冊二百円」と書かれて、文庫本が沢山並んでいる。
僕は立ち止まってそれを見た。
しばらく、めぼしい本がないかを見ていたのだが、何も見つからない、と思って、そのまま歩こうとした。
急に、店内が気になった。
僕は、夜にふらふらとその中に入って行くと、様々な古書が並んでいた。
クラシックの音楽の本、というコーナーが有って、モーツァルトとドビュッシーの本が少し有った。ぼくはスッと手に取って、そのスコアの楽譜をめくった。
アラベスク、海……。
懐かしい文字が並んでいた。
そうだ、僕はいつか卒業式の日に、かれんの永久のお葬式のために、それらを弾いたのだ。
その時も、たどたどしく、馴れない指を動かして――
僕は、パッと記憶が戻って来るのを感じた。
今度は、モーツァルトの方をめくった。
ピアノ・ソナタの楽譜がある。
少し茶色くなって、見づらいが、見えないことはない。
僕は、二百五十円と書かれたその二冊をレジに、持って行った。
そして、夜の方へ、ゆっくりと出ていた。
家に帰ると、丁寧にピアノの楽譜をめくって眺めた。
僕は一ページづつ、買ってきた付箋を付けると、眠りに落ちた。

 鈴木音楽教室は僕の家から三駅離れたところにあった――僕は、またピアノのレッスンを受け始めた。少し値が張る、ピアノレッスンで、完全個別指導がウリだった。
鈴木先生という、若い音大卒の女性の先生が講師で、バイエルからまた始めた。
週末になると、三駅電車に乗って揺られて、カフェで時間を潰してから、ピアノのレッスンを始める。
その日も、レッスンの日だった。
カフェに入って、ドビュッシーの楽譜を見ていた。
あの頃――情熱的にかれんのことを、思う季節も、少しづつ過ぎていた。
僕の生活も、少しづつ安定し始めた。
あの後、一度立花洋子に会った。
立花は、結婚して、もうすぐ子どもが生まれるそうだった。
今は、サンタナのギターに凝っている、と最後に会った時に、教えてもらった。
「人を好きになることを、みきと君が教えてくれた気がする」と、立花が言った。
「そう?」と、僕が聞き返すと、そうよ、と立花が言った。
「普通、子どものころの友人なんて、二十歳過ぎても、少しづつ忘れ始めるものよ――それなのに、ずっと誰かを思い続ける森君って、凄いわ。何て言うか、愛が深いのね」と、立花洋子が言った。
愛が深い、と言われて、僕は苦笑いした。
「じゃあね、みきとくん。貴方も良いお父さんになるのよ。大丈夫、保証してあげる」と立花が、目を潤ませて言った。
僕はうなずいた。
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