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第1話 俺にだけ距離が近い陽キャがいる
俺は安藤剛。
チビ、ガリ、陰キャの三重苦。
ぱっと見、というかどう見ても弱そう。
名前は“つよし”なのに。
――笑えない。
おまけに、ゲイ。
これは誰にも言ってない。
言うつもりもないし、言ったところでどうなるわけでもない。
面倒になるだけだ。
だから、隠す。
できるだけ誰とも深く関わらないようにする。
それが一番、楽だから。
昼休み。
会社の休憩スペースの端っこで、一人で弁当を広げる。
いつもの場所。
いつもの時間。
誰も来ない席。
ここなら、誰にも話しかけられない。
それでいい。
静かなほうが、楽だ。
弁当の蓋を開ける。
昨日とほぼ同じ中身。
自分で作ってるから文句は言えないけど、特別うまいわけでもない。
ただ、落ち着く。
何も考えずに済む。
――はずだった。
「安藤」
不意に名前を呼ばれて、手が止まる。
この呼び方。
やけに馴れ馴れしい。
ゆっくり顔を上げる。
同じ研修にいる同期。
四島。
名前くらいは知ってる。
というか、知らないほうがおかしい。
目立つやつだから。
明るくて、誰とでも話す。
いつも人の中心にいるタイプ。
俺とは、真逆の人間。
その四島が、当然みたいな顔で俺の向かいに座った。
「ここ、いい?」
聞いてるくせに、もう座ってる。
断る隙なんて最初からない。
「……別に」
短く返す。
四島はにっと笑った。
「やっぱ安藤、静かだな」
いきなりそれか。
距離感どうなってんだ。
「普通だろ」
「いや、めちゃくちゃ陰キャだよな」
さらっと言い切られた。
思わず箸が止まる。
――初対面に近い相手に言うことか?
「……は?」
普通にムカつく。
四島はそんな空気をまったく気にしていない顔で笑っている。
「いや、悪口じゃなくてさ」
「悪口だろ」
「そう?」
本気でわかってなさそうな顔をする。
面倒なやつだ。
こういうタイプ、一番苦手だ。
距離が近い。
空気を読まない。
そして、遠慮がない。
「一人で飯食ってるし、話しかけても最低限しか返さないし」
「……別にいいだろ」
「いいけどさ」
四島は少しだけ身を乗り出した。
距離が近い。
無意識に体が引く。
でも、四島は気にしない。
「なんか落ち着く」
「……は?」
意味がわからない。
「静かだし、変に気使わなくていいし」
さらっと言う。
その言い方が、妙に自然で。
からかってる感じが、あまりない。
安藤は少しだけ言葉に詰まった。
「……別に、話しかけなくてもいいだろ」
「えー、つまんないじゃん」
「俺は困らない」
「俺が困る」
即答だった。
意味がわからない。
「なんでだよ」
「暇だから」
あっさり言う。
安藤はため息をついた。
適当すぎる。
でも、不思議と完全に無視する気にはなれなかった。
四島は俺の弁当を覗き込む。
自然に、ほんとに自然に距離を詰めてくる。
「それ自分で作ってんの?」
「……そうだけど」
「へえ、すげえ」
「普通だろ」
「俺コンビニばっかだわ」
そう言って笑う。
何でもない雑談。
中身のない会話。
それなのに。
妙に、居心地が悪くない。
沈黙が落ちる。
でも、気まずくない。
四島はスマホも見ずに、ただそこにいる。
――なんなんだよ、こいつ。
「安藤」
「なに」
また名前を呼ばれる。
今度は少しだけ声が近い。
気づけば、さっきより距離が詰まっている。
「やっぱさ」
「……なに」
一瞬、間があく。
四島は、当たり前みたいに言った。
「俺、安藤好きだよ」
思考が止まる。
何を言われたのか、理解が追いつかない。
「……は?」
間抜けな声が出る。
四島は、さっきと同じ顔で笑っている。
軽い。
あまりにも軽い。
冗談みたいに。
「なんかいいじゃん、安藤」
「……意味わかんねえ」
「いい意味で」
「フォローになってない」
安藤は顔をしかめる。
でも。
さっきまでの苛立ちは、もうなかった。
代わりに、変な違和感が残る。
好き。
その言葉が、妙に引っかかる。
軽く言われただけなのに。
頭から離れない。
「じゃあ、また明日もここ来るわ」
四島は立ち上がる。
勝手に来て、勝手に帰る。
「……勝手にしろ」
「うん、勝手にする」
にっと笑って、手をひらひら振る。
そのまま、あっさりと去っていった。
あとには、いつも通りの静かな昼休みが戻る。
なのに。
さっきまでと同じはずなのに。
少しだけ、落ち着かない。
安藤は箸を持ったまま、小さく息を吐いた。
――なんなんだよ、あいつ。
関わらないほうがいい。
絶対に。
そう思うのに。
さっきの言葉が、頭に残る。
『俺、安藤好きだよ』
そんなことを言われたのは、
初めてだった。
◆◆◆
次の日。
同じ時間。
同じ場所。
――来ないはずだった。
来る理由がない。
来てほしいとも思ってない。
なのに。
気づいたら、昨日と同じ席に座っていた。
弁当を広げる。
箸を持つ。
……落ち着かない。
「安藤」
やっぱり来た。
昨日と同じ声。
同じ距離感。
同じ顔。
四島は当たり前みたいに向かいに座る。
「ほんとにいるじゃん」
「……ここ、俺の席だから」
「昨日もいたしな」
軽く笑う。
そのまま自然に、テーブルに肘をつく。
距離が近い。
昨日と同じ。
でも――
少しだけ、慣れてる自分がいる。
「今日も弁当?」
「そうだけど」
「飽きない?」
「別に」
短く返す。
四島は興味深そうに覗き込む。
ほんとに遠慮がない。
「卵焼きうまそう」
「……普通」
「一個くれよ」
「は?」
意味がわからない。
「コンビニ飯と交換」
そう言って、自分のサンドイッチを差し出してくる。
距離が近い。
手も近い。
無意識に、少し体が強張る。
「……いらない」
「えー」
「人の弁当から取るな」
「じゃあ正式に交換」
「そういう問題じゃない」
四島は少し考えるように首をかしげて。
次の瞬間、普通に卵焼きをつまんだ。
「うま」
「おい」
反射的に声が出る。
四島はまったく悪びれずに笑っている。
「ちゃんと許可取っただろ」
「取ってねえよ」
「ニュアンスで」
「伝わってない」
はあ、とため息をつく。
普通なら、ここで席を立つ。
関わらない。
それが一番楽だ。
でも。
なぜか、そうしなかった。
「で、どう?研修」
四島が何でもない顔で聞いてくる。
「……普通」
「またそれ」
「普通は普通だろ」
「もっとあるじゃん、感想」
「ない」
「つまんな」
「お前が楽しすぎるだけだろ」
「まあな」
即答。
迷いがない。
そういうところが、腹立つ。
でも。
少しだけ、羨ましい。
四島は誰とでも話す。
誰とでも笑う。
さっきも、他の同期と楽しそうに話していた。
俺には見せない顔で。
――いや。
俺に見せてる顔も、別に特別じゃない。
こいつは、たぶん誰にでもこうだ。
そう思っていた。
思っていた、のに。
「なあ、安藤」
「なに」
「午後のグループワーク、一緒にならない?」
思考が止まる。
「……なんで」
「話しやすいし」
「他にいるだろ」
「いるけど」
四島は少しだけ首を傾けた。
不思議そうに。
「安藤がいい」
その言い方が。
やけに自然で。
冗談っぽさが、ない。
「……適当言うな」
「言ってない」
即答。
目が、まっすぐすぎる。
少しだけ、視線を逸らす。
「別に誰でもいいだろ」
「よくない」
食い気味だった。
珍しく、少しだけ強い。
その一瞬だけ。
空気が、変わる。
でもすぐに、四島はいつもの顔に戻る。
「まあ、無理ならいいけど」
軽く笑う。
引くのも早い。
その距離感に、逆に引っかかる。
――なんだよ、それ。
少しだけ、胸の奥がざわつく。
「……別に」
気づけば、口が動いていた。
「いいけど」
「マジで?」
四島の顔が一瞬で明るくなる。
わかりやすい。
「やった」
その反応に。
少しだけ、変な気持ちになる。
こんなことで喜ぶのか。
意味がわからない。
でも。
悪くない、と思ってしまった自分に、少しだけ驚く。
「じゃあ後で声かけるわ」
「……うん」
短く返す。
四島は満足そうに笑っている。
それから、また他愛もない話を続けた。
中身のない会話。
どうでもいい話。
なのに。
気づけば、昼休みが終わっていた。
――早い。
こんなふうに思ったの、いつぶりだ。
「じゃ、また後でな」
四島が立ち上がる。
昨日と同じように、軽く手を振る。
そのまま、他の同期のほうへ向かっていく。
すぐに、誰かに話しかけられて。
笑って。
輪の中心にいる。
やっぱり、そういうやつだ。
俺とは違う。
関わるべきじゃない。
そう思うのに。
さっきの言葉が、頭に残る。
『安藤がいい』
――意味がわからない。
そんなの、ただの気まぐれだ。
どうせ、すぐ飽きる。
そう思って。
弁当の残りを口に運ぶ。
味は、いつもと同じはずなのに。
少しだけ。
昨日より、うまく感じた。
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