おおかみさまとお酒レビュー配信してみた

色しおり⛩️🐺🍶

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第一酒『ウェルカムドリンク』

第一酒『ウェルカムドリンク』

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 朧月夜おぼろつきよが浮き彫りにした狼は、ゆうに4メートルはある巨躯きょくを横たえていた。

「――それでなれは何故、わえの神域に立ち入ったのだ」

 狼の発した言の葉は地面を震わし、私の身体を通り抜けていくようだった。頭で考えなくても本能で感じる。これモノホンの神様だわ。ええーなんでこうなったの……。

 紫の脳は、最新のスパコンよりはやく今日の記憶をリバイバルする。

 お酒とカメラを片手に慣れない山岳でうろうろ……。当たり前だが迷うまでにそう時間はかからなかった。我ながら愚か過ぎる、ばあちゃんによく紫は考えて行動するようにと言い聞かされたのに。

 気づいた頃には完全に遭難である。

 寒いし怖いし、よく分からない虫もいてとてつもなく後悔していた。涙目になりながら下山していくが、足元に降りた木々の影は進むにつれ濃くなっていった。

 脚がむくみ始め、履いていたタイツも枝に引っ掛かった拍子に伝線してしまった。辺りはどんどん暗くなる一方だ。

 怖い……帰りたい。思い返せば私はいつもこう。誰かに認められたくて行動するのに裏目に出るばかりなんだ。最期にはこんな山奥で誰にも見つけて貰えず凍え死んじゃうんだ……。

「もう歩けないよ。ああ神様……本当に居るんだったらどうか、どうか私を助けて下さい!」

 そう叫んだ懇願は山々を木霊し、闇夜に吸い込まれていった……。

 紫が覚えていたのはここまで。いつの間にか疲労で寝てしまったみたいだ。次に眼を覚ましたら激おこの狼が目前に居た。

 ――ここ何処だろう?

 周りを見渡すと唐紅からくれない色の草木が広がる神社だと気づいた。紫は境内の石畳に寝ていたようで顔を上げると風冷が頬を撫でた。

 鈴虫の鳴き声と手水舎ちょうずやから流れ落ちる水の音が空間を包み込み、楓や紅葉などの落葉樹が境内を囲う様に屹立きつりつしている。しかし、社殿の神明造は落ち、狼像は苔色で所々欠けている。辛うじてそびえる鳥居は朱が剥げ、叩けば瓦解しそうである。

「――今一度問うぞ、人間。何故、わえの神域に立ち入ったのだ。下らぬ所以ゆえんなら即刻その頭蓋噛み砕くぞ」

「お、お参りにきました」

 答えないと食べられちゃう、命の危機を感じた紫は咄嗟に言い訳してみる事にした。初めて生で狼を視たけど、私の3倍はある狼は明らかに普通じゃないし喋ってる流暢に日本語喋ってる!

 混乱している紫と一匹の沈黙が流れる。相も変わらず森林だけは騒がしい。紫の返事を聞いた狼の瞳孔が微かに広がり、怪訝そうな声をあげた。

「お参りだと……?」

「はい、実に厳かな神社だなあ……と思いまして、参っていきたいと思ったんです」

 声が上ずってしまいながら紫は続けた。狼は驚愕の色を見せ、紫を見据えている。

「――はははははは!人間が参りにくるなど久方振りぞ。これは愉快なことを言いよる。酔狂な人間がまだ残っておるとはな!」

 突如、身体の芯まで震わす重低感のある笑い声が境内に鳴り響いた。狼は上体をゆっくりと起こしていく。その動きに合わせて片耳に付けられている菫色の飾りが揺れているのが視てとれた。

「それで供物はあるのか?なければ汝が供物になることになるが」

 狼は蒼玉せいぎょくの眼を徐に近づけてきた。その眼光の奥には猜疑心と期待を潜ませている。

  ――供物?

 そんなもの持っている訳がない。元々は廃神社でお酒レビュー動画を撮影したかったのだ。まさか本物の『神様』が存在するとは思わなかったし、なんなら遭難して死に掛けた。

 私が一体なにしたんだ。ただ有名な配信者になってちやほやされたかっただけなのに。

 紫は冷や汗を流しながらバックパックに視線を送る。そして幸いなことにあることに気づいた。

「も、勿論です。こちらに献上したいものがあります!」

「ほう、それは何ぞや?」

 ガサガサとカバンから取り出し、紫は狼の顔前に高々と『それ』を掲げたのだった……。
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