最底辺ではナイ話

よち

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「俺は客だぞ」

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とある繁華街にあるビルの2階。
ドラッグストアにてコーヒーを購入し、併設されているイートインスペースにて、午前の空いた自由時間を過ごす――

「おい、レジ、開けてくれ」

中年男の声がした。
ビルのテナントとして、ドラッグストアは1階と2階にあり、店舗内は階段で繋がっている。
どうやら、2階に設置してあるレジカウンターを開けてくれと、店員を呼び止めたらしい。

「申し訳ございません。1階のレジへお回りください」

出社前のラッシュ時間は1階と2階、両方のレジを開けているが、それが過ぎれば、商品の補充陳列、在庫のチェック、事務作業と、他に人手を振り分けねばならない。
並びの少なくなったレジカウンターに人を配置しておく余裕など無いのだ。

激戦のドラッグストア業界。
いや、どんな職種でも同じであろうが、いかにして効率的に人を配し、あるいは廃し、人件費を筆頭とした諸経費を削って、利益を上げるか…苦心しているのである。

「はあ? 嫌だね。俺は、ここで会計したいんだ」
「……」

また出たか…

一定数居るであろう、およそ知能指数が乏しい、ヒトの形をした生き物。
ほとんどの人は、通常ヒトであると認識をせずに日々を過ごしているが、ヒトである事を誇示する。或いは、己が一端のホモサピエンスだと認めてもらいたいが故に、無理を通そうとする社会不適合者…

このお店は、社会的地位の上位を占める方々と、底辺。
公的権力の厄介になるような最底辺では無いが、近々そうなるのでは? と思わせるような方々が、好んで訪れる場所なのだ。

何故そうなるのかという推察はあるのだが、それはまた別の機会に残しておこう。


「すみません。二階は閉じておりますので、一階にお回り下さい」

推定30代の従業員のお姉さん。
マニュアル通りの返答を、中年男に向かって、努めて丁寧に吐き捨てる。

「はあ? 俺は客だぞ」


出た。

もう、この言葉を吐いた時点で、人間的価値がグンと下がる。
己を誇示しているようであって、実のところ周囲から下に見られること間違いなしのセリフである。

このセリフを吐き出す輩は、それを知らない、気付きもしない、考えが及ばない。
つまり、平凡な言葉で表せば、頭が悪いのである。


「……」

恐らくは、中年男を心の中で見下したお姉さんは、言葉すら返すのを躊躇った。

「…開けろ」
「…申し訳ございません」

「なんだと! お客様センターに電話すっぞ。お前の名前を出すからな!」

おっと、頭は悪いが、悪知恵は働くようだ。
小学校の低学年が、バカの一つ覚えみたいに「○○に言いつけてやる」と口にするのと、同様な香りがする。


「…どうぞ」

動じず、お姉さんが切り返した。土俵を割って、勝負アリである。
凛とした表情で、得意気に携帯を取り出した中年男を一蹴した。

「な…なに?」

リーサルウェポン。最終兵器が効かなかった悪役は、惨めである。
さっさと商品を置いて、或いは負けを認めて一階で会計を済まし、立ち去るがよい。

「こんな店、もう来ないからな!」

おっさんの語気が上がる。
当然、注目も浴びる。
引っ込みがつかなくなった中年男は、最後にお決まりのような捨てセリフを吐いた。


「…どうぞ」

私に歯向かった事を、後悔させてあげる。
お姉さんは「二度と来るなゴミクズ」 とでも言いたげに、いや、恐らく言葉に乗せて、静かに言い放った。

「お前となんか、もう遊んでやらないからな!」
「別にいいよ」

二人の会話を、小学校低学年の会話とするならば、こんな感じだろうか。


「おい! 聞いたかお前ら! この店、『来なくて良い』って客に言ったぞ!」

中年男は、何かに縋るように、まるで言質を取った事を誇るかのように、イートインスペースに集う我々一般市民に向かって、高らかに声を広げた。

だが、その時。
恐らく私を含む、総てのヒトが同じ想いを共有していた事だろう――



お前だけや…
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