少年Cの終末目撃証言

陸一 潤

文字の大きさ
6 / 29
序 少年Cの目撃証言

同居人たちの秘密①

しおりを挟む
 ◎◎◎◎◎

 昨夜の雨雲はどこに行ったんだろう。
 遮るもののない陽光は、ぎらついた凶器そのものだ。

 自転車の前かごでは、蒸し焼きにならないよう全開にしたリュックサックから、エムが前半身を覗かせて風を顔に受けている。
 夏の暑さには勝てないものの、波打つようになびくヒゲが気持ち悪いのか、しきりに顔を撫でていた。駐輪場に到着したときの彼女のテンションは、地面を舐めるほどの低空飛行である。


 なにぶん、田舎でいうところの『一番大きい病院』である。
 敷地は広いが、古くて煤けている。むしろ無駄に広大なだけに、管理の手が届いていないんだろう。ぱっと見は分からないけれど、近くで見ると白い外壁は灰色で、生い茂る緑の木々が茂りすぎて森のようになっている一角があり、あそこには無縁仏の火葬場や墓があるんだなんていう噂もあったりして。
 駐輪場にももちろん、最近増えてきた番号入力式のロックなんて設備は無い。

 ……と、こき下ろしても、実は僕の通う学園グループの経営する大学病院である。うちの学校経営者は、もともと製薬や医療機器の会社なので、医学研究に力をいれたいらしいのだ。
 それが実になっているかどうかは、都心部の本社務めのうちの母さんが、家に帰る暇もなく忙しいところからして察してほしい。


「えーと……外科病棟は……」
 西館だとか東館だとか旧館だとか、エレベーターが上から下まで直通じゃないだとか、病院ってやつは、どうしてこんなに複雑なんだろう。
 玄関ロビーに配置された施設案内パネルを見上げながら、無意識にリュックサックを揺すって背負いなおした。

「――――ヴッ! 」
 みぞおちの裏に衝撃。背骨からあばらにかけてびりびりする。リュックサックの中身からの抗議である。

 何もないところで、おもむろに前のめりによろめいた僕は、どうやら急病人に見えたらしい。ちょうど近くのソファに座っていた人物が、傍らで僕の肩を支えるように立った。

「大丈夫ですか? 」
「い、いえ、平気です……ん? 」
 なんだか聞いたことのある声がする。
「……って、ミシマじゃん。どっか悪いの? 」
「えーと……的野? 」

 覚えているだろうか。冒頭で登場したクラスメイトBこと、的野秀介である。

「その的野っすわ。なになに、今日はどうしたの? 」
「僕は家族のお見舞いだよ。的野は? 」
「俺は……暇つぶし的な? 」
「病院で? 」
「……うん、まあ」

 的野は、ばつが悪そうに口元を掻き、視線を外した。動いた黒目の底で、ひらりと薄暗いものがが翻る。家族か誰かが入院しているのかもしれない。
「嘘がへたなひと」背中でエムがつぶやいた。
 的野自身も、誤魔化し損ねたと思ったらしい。


「……なあ、面会時間は十一時からだろ? それまでちょっと時間あるか? 」
 ロビーの時計を見た。あと二十分はある。
 僕らは連れだってロビーを出て、エレベーターの前にあるベンチに座った。昼間だというのに奥まっていて薄暗く、非常通路のライトがチカチカ眩しくて閉塞感がある。的野はなんだかモジモジして、僕を上目づかいにチラチラ見た。

「えっと……その……。どう話せばいいか」
「的野、くねくねしてちょっと気持ち悪いぞ。どうしたんだよ」
「……ウン。そうだな……俺、どうかしちゃったのかも……」
「なにこれ。愛の告白でも始まるの? 」
 こら、やめなさい。そこの猫。


 的野は確かに興奮しているようで、息遣いが僅かに荒かった。しかし顔色は紅潮しているというよりも、血の気が引いていてどことなく青い。膝もひっきりなしに揺すっていて、掌を何度もズボンで拭っている。

 ……緊張している? 僕はこいつに、何かしたのだろうか。

「あのさ、俺……」的野が何かを言いかけた時だった。

「あ……」水をかけられた猫のように、的野は通路の向こうを見て固まった。
 ぽかんと開いた口が、何度か震えて閉じられる。
 そこには、三十代くらい汗染みたスーツの男が、ハンカチで顔の汗をぬぐいながら歩み寄ってきていた。自動販売機に用があるらしく、僕らのことは視界に入っていても特別気にしている様子はない。
 的野は跳ねるように立ち上がった。男が的野に気付く。明らかに自分に反応して立ち上がった男子中学生に、あれは誰だろうかという困惑の表情で、的野を凝視していた。

「的野? あの人知り合い? 」
「美嶋、あとで電話するわ。ごめんな、時間取っちゃって」
「え、的野! 」
 的野はあっという間に走り去った。何が何だか分からない。どっと疲れた気がする。


「……美嶋? 」
 背後で、男の声で呼ばれた。自動販売機の前で、立ち尽くしている例の男と目が合った。
「あの……いま、僕の名前呼びましたよね? どこかでお会いしましたか? 」
「あ……いや、すまない。一方的に知っているだけなんだ。君は、美嶋純くんだね」
「……そうですけど」
「わたしは、辻という。こういう仕事をしていて……」

 男はワイシャツのポケットに一瞬手をやり、はっとして手に下げたジャケットの懐を探る。ばたばたしながら探り当てた手帳のようなものには、金ぴかのメダルが輝いていた。テレビの中でしか見たことがない桜の代紋を目の前に出されて、僕は数秒、それが何だか分からなかった。警察手帳というやつを、まさか平凡な中学生の身で目にするとは。

「……聖兄さんのお兄さん? 」
 男は何かをためらって、やがて深く、項垂れるように首を垂れ、横に振った。
「わたしは叔父なんだ」
「そうだったんですか。じゃあ、叔父さんもお見舞いに? 」
「ああ……まあ」
 辻刑事は、笑い損ねたような顔をした。

「……で、でも、面会時間より少し早すぎる時間に到着してしまってね。……その、よければ、わたしと少し話をしないかい」

 そういえば聖兄さんは、自分のことを天涯孤独だと言っていた。口が悪いけれど、あまり自分のことは話さない人なので、コジロウさんが梅酒を三杯飲ませて聞き出したのである。

 僕が聖兄さんについて知っているのは、昔ちょっとだけワルかったこと、天涯孤独の身の上で、なんだかんだ色々あって我が家にいるということ、彼女はいたことがあるけれど童貞だという話である。
 最後の件で、色男の大陽兄さんと自称百戦錬磨のコジロウさんは散々にからかい尽くし、ついに聖兄さんは、大陽兄さんとだけタイマンで喧嘩をして玄関のガラス戸をぶち破ったことがあるのだけれど……ああ、これは蛇足か。



「……僕、聖兄さんから叔父さんの話は聞いたことがないんですが」
「……そうか」
 何かを察したように、辻刑事は重苦しく頷いた。

「美嶋くん、ここに搬送されたのは、本当に辻聖という人なんだよね? 」
「そうですよ。うちの家族も、何度もお見舞いに来ているし……そういえば聖兄さんの叔父さんは、どうして兄さんがここにいるって知ってるんです」
「ああ……すまないね。疑うのも当然か。いやまあ、仕事がこれだからね。その、甥は階段から落ちたんだろう? 警察の事情聴取、受けたはずだよ。その
 聴取を取ったやつの上司が、あいつの顔と名前を知っていたもんだから。あいつの身内は、わたししかいないんだよ。それで……ね」

 もっともな理由である。そういう偶然の話もあるかもしれないけれど、無いかもしれない。中学生の僕でも怪しむくらい、違和感を覚えてしまう話だ。
 そもそも行方知れずの甥が見つかったとして、それに会いに来るだけで、どうしてこの人は│こんなに怯えているんだろう(・・・・・・・・・・・・・)?
「でもこの人、本当のことも言っていないけれど、嘘も言っちゃあいないわよ」
 背中で魔女が言う。うむ……なるほど、わかった。ではこうしよう。
「叔父さんは、僕に訊きたいことがあるんじゃないですか。それで話に誘ったんでしょう? 」
 辻刑事は疲れたように、不格好な愛想笑いで返してきた。

 ◎◎◎◎◎

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

処理中です...