【完結】惨めな最期は二度と御免です!不遇な転生令嬢は、今度こそ幸せな結末を迎えます。

糸掛 理真

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24.ハンターの心得

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  カフカ公爵家の敷地内にはいくつかの建物が建ち並び、綺麗に舗装された道やその両側に行儀良く立ち並ぶ剪定された木々、人魚の像が中央にある噴水広場も含めて一つの街のように広大だった。

 花々が咲き誇る庭園に異国風の洒落た四阿あずまや、奥には立派な厩舎も見える。土地だけでも相当な価値があるはずだし、その上素人が見ても分かるほどに建築物も見事なものだった。成金貴族や富裕層の商人には決して真似できない、まさに押しも押されもせぬ本物の大貴族の邸宅だ。

 「こちらはあくまでタウンハウスで、カフカ公爵領にある本邸宅の規模ときたらこちらのお屋敷の比ではないそうよ」

 「はぇー…すごいわね…」

 思わず間抜けな声が出てしまう。ここだって私の実家の屋敷10個分は余裕でありそうな敷地面積なのに、本邸宅がどれほど広大なのか想像もつかない。広すぎて大変そうですねと言う小学生並の感想しか出てこない。語彙を失くした私は、普段と変わらず落ち着いているシンディーに連れられて夜会の会場である大きなホールに入った。どうやら比較的最近造られたらしく、丸屋根のモダンな建物だった。

 受付を済ませると、シンディーは早速知り合いの親子に出会った。いかにもリッチマダムといった感じの派手でふくよかなご婦人が、17、8歳と見られる愛らしいお嬢さんを連れていた。挨拶をして別れた後でさりげなく会場を見渡すと、他にも若い令嬢が多くいることに気がついた。シンディーと軽くおしゃべりしつつ様子を窺っていると、未婚と思われる男性も続々と会場に入ってくる。まさにシンディーの言っていた通りだ。さすがである。

 開始予定時刻を4、5分過ぎた頃、カフカ公爵が現れた。私とシンディーはその時入り口の反対側にいたのでお顔ははっきり見えなかったが、背格好ですぐに分かった。公爵の後に飲み物がたくさん乗った銀盆を手にした男性の使用人や、軽食を運ぶワゴンを押してくるメイドが何人も入ってきた。おしゃべりに夢中になっていた人たちも公爵が来たことに気がつき、空気が変わる。目の色を変えて近寄って行く妙齢の女性もいた。明らかに公爵狙いである。他にもカフカ公爵とのご縁づくりに期待しているのであろう令嬢たちが面白いように吸い寄せられていく。公爵は招待客ひとりひとりに挨拶しながら、ゆっくりと歩みをすすめていた。

 「私たちは後でご挨拶しましょう」
 
 シンディーがそう言い、私は賛成した。私がここに来たのは婚活のためだ。もちろん主催者であり高貴な方である公爵には礼を失せぬようにしなければいけないが、どうせしばらくは大勢の人間に囲まれて挨拶もままならないだろう。

 私たちはとりあえず飲み物のグラスを受け取り、壁際でシャンパンを楽しむふりをしながら貴公子たちを観察して作戦会議した。

「手持ち無沙汰にしている貴公子がちらほらいるわね。…まずは二人組を狙いましょう、こっちも二人だし話しかけやすいわ」

 「了解」

 私は緊張していたが、迷ったり躊躇ったりしている暇はない。私は伴侶候補を探しに来たのだ。そのためにシンディーもわざわざ付き合ってくれている。私は今夜、令嬢たちという美しい花々に群がる蝶々のような貴公子を狙うハンターだ。例えに品がなくて申し訳ないが、私は虫ハンターになりきることで緊張を和らげることに成功した。

 私には恋愛経験はまるでないが、虫取りの経験は豊富にある。大切なのは、あくまでさりげなく近づくことだ。決して殺気を放ってはいけない、ずけずけとテリトリーに踏み込んでもいけない。そんなことをしたら蝶もカブトムシもバッタもあっという間にみんな飛び去ってしまい、もう戻ってはこない。大切なのは焦らずじっくり行くこと、そして網を振るタイミングだ。

 どの蝶から狙いに行こうかと物色していると、なんと二人組の若い貴公子がまっすぐこちらへやって来た。初めは何という無防備な虫さんだろうと思ったが、爽やかで好感の持てる貴公子たちだった。例えるならアオスジアゲハだ。コミュ力の鬼であるシンディーのおかげもあって、それなりに会話は弾んだ。しかし、そのふたりは二十歳そこそこでまだ若いため結婚願望は薄そうだったので捕獲は早々に諦めた。

 次に会ったのは蝶というよりアブラゼミという感じの男性だった。虫に例えるのは失礼なのかもしれないが、この時の私はそうすることでなんとか自分を保っていたし、馬鹿にする意図は全くないのでお許しいただきたい。このアブラゼミ氏はさっきの2人よりはだいぶ年上で、かなり古風な考えを持った方だった。私が宮廷侍女をしていることを良く思わなかったようで、会話は全然盛り上がらず今回も網を振るには至らなかった。

 「若い娘さんは家で大切に守られてこそ、夫からも大切にされるのですぞ~」

 そう言って去って行く後ろ姿を見ながは、私は世の中には本当に色々な人がいるなあと思った。

 他にオオカマキリのような男性やコクワガタっぽい青年、ダンゴムシそっくりのおじさまとも話した。だがこの人ともっと話したい、今後もまた会いたいと思えるような相手は残念ながらいなかった。それは向こうも同じだったらしい。連絡先を聞かれることも、デートを申し込まれることもなかった。そもそもダンゴムシさんはシンディーの美貌に釣られてやってきたらしく私のことは見ていなかった。シンディーが人妻だと知ったら、しょぼくれてもぞもぞと去って行った。

 予想はしていたけれど簡単にはいかない。一旦休憩して仕切り直しましょう、そうシンディーに言おうと思った時だった。私はカフカ公爵がすぐ近くに来ていることに気がついた。
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