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26.友人の忠告
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夜会会場のホールを出てからも、楽団が奏でる音楽や人々の笑い声はしばらく聞こえてきていた。賑やかな音から急いで遠ざかろうとでもするかのように、私とシンディーは馬車が停まっている場所まで足早に歩いた。
時間はまだ21時にもなっておらず、帰る予定だった時刻よりは大分早かった。それでもシンディーの馬車はすでに迎えに来ていた。私たちの姿に気づいて、馬車の中からがっしりとした体格の男性が急いで降りてきた。カールした濃い茶色の長髪に立派なひげを蓄えている。シンディーの夫、ランドルだ。
「どうしたんだ、シンディーにエマ!ずいぶん早いじゃないか、何かあったのか?」
「ランドル、もう来てくれていたのね。助かったわ。別に困ったことは何もないわよ、早く切り上げただけ」
「本当か、付きまとわれたり触られたりしてないか?俺の可愛い可愛い女房と大事な友人に色目を使う命知らずは俺がひねってやるぞ!」
ランドルは隠れているストーカーを見つけようとでもするかのようにあたりを見渡しながらよく通る声でそう言った。
「だから何もないったら!ねえ早く乗りましょう。もう、エマもニヤニヤしてないで乗って!」
「仲良いな~と思ってニコニコしてただけなのに」
「俺だって、奥さんと友達を心配しただけなのに」
私とランドルはわざとふくれっ面でぶーぶー言いながら馬車に乗り込んだ。ランドルは少年のような無邪気さがあって、一緒にいて楽しい相手だ。
前もって申請を出しておいた帰城時間まで2時間以上あるので、私はランドルとシンディーの家にお邪魔してお茶をいただくことになった。ガラガラと音を立てて馬車が動き出すと、シンディーがくつくつと笑い出した。
「何がおかしいんだい、スウィートベイビー?」
前世は古代エジプトで様々な秘薬を調合していたというランドルだが、前世アメリカ人のエルネストおじさまよりも彼の方がよっぽどステレオタイプなアメリカンのノリである。何故かは分からない。
「あのね、びっくりすることがあったのよ!」
シンディーはランドルに、夜会での出来事を話した。
「驚いたわ、カフカ公爵のお茶会に招待されるなんて。夜会に呼ばれるよりも貴重だわ、だってお茶会に呼ばれるのは、せいぜい10人か、多くても20人ぐらいでしょう?カフカ公爵ったら、よっぽどエマに興味があるのね。もしかすると、エマがカフカ公爵夫人になるなんてことも…?」
「絶対無いわ、多分私が物珍しいだけよ。私は行きたくないわ。仮病でも使おうかしら」
「行かなきゃだめよ!あの公爵様のお誘いだもの、無碍にはできないわ。それに、きっと公爵様のご友人も来るわよ。夜会に行くよりずっと良い出会いが期待できるとは思わない?」
「…ランドル、シンディーに悪い虫が付くと心配よね。身分を笠に着て、無体を働くかもしれない。ああ、想像するだけでおぞましいわ…私たち行かない方が良いわよね?」
「こら、味方をつくろうとしないの。ランドルだって、エマの幸せな未来を考えたら行って損はないって言うはずよ。そうよね、ランドル?」
しかし、ランドルは眉間にしわを寄せ、考え込んでいる様子であった。
「…どうしたの、もじゃもじゃクマさん?」
愛妻に優しくそう呼びかけられ、ランドルはゆっくり口を開いた。
「うーん、そうだな…ちょっと慎重になった方が良いかもしれないな。…詳しいことは部屋で話そう」
外が暗いのと話に夢中になっていたのとで気づかなかったが、もう家のすぐ側まで来ていた。
ランドルとシンディ夫妻の家は、城下町にある3階建ての建物だ。赤レンガ造りで1階はランドルが経営する薬局、2階に居間や客間があり、3階が夫婦の寝室や浴室だ。鈴の着いたドアを開け、ちりんちりんというどこか懐かしい音と共に中に入ると薬草や乾燥させた生姜の香りがした。
階段を通って2階へ上がり、居間のソファに腰掛けて熱いハーブティーをいただきながら、三人で話の続きを始める。
「それで…一体どういうことなの?」
シンディーに促され、ランドルが珍しく真剣な顔で話し始めた。
「エマが結婚相手を探すために人脈を広げたり、色々なところに顔を出すこと自体は俺だって良いと思う。だが…シンディーの話を聞く限り、公爵閣下はエマに気があるんじゃないかと思う。あの方が特定の女性を自分から誘うなんて、とても珍しいんだ。だから…遊ばれないように気をつけた方が良い」
私は思わずぽかんとした間抜け面を晒した。気がある?遊ばれる?自分とはあまりに無縁の単語だと思っていたし、いまいちピンとこない。シンディーもランドルの本意をつかみかねているようで、よく分からないという顔をして尋ねる。
「えーと…エマに気がある可能性はあると思うわ、でも公爵様ってそんなに遊び人かしら?むしろスキャンダルとは無縁の、真面目な方だと聞いているけど」
「そうだ、だからこそ何かおかしい。あの公爵閣下は『王女でなければ妻にしない』とずっと言い続けてきた。だが未婚の王女となると、我が国の王室にはまだ幼い姫君たちしかいない。だから未だに独身なんだ。これは薬剤師ネットワークで知り得た極秘情報だから、他言無用だぜ」
私とシンディーは驚いた。
「でも、確か結婚相手を探しているって…そうよね。シンディー?」
「ええ、そういう噂だわ。そろそろ身を固めるつもりだって本人からはっきり聞いたという人もいるわ」
「気が変わったのかもしれないが…もしかしたら他国の王女様との縁談が内密に進んでるんじゃないか?やんごとない方と結婚する前に、思い切り遊んどこうって腹なのかもな。だからエマ、もし公爵と関わるならキズものにされないように気をつけるんだぜ。ハニー、君もだ」
ランドルはそう言い、シンディーも
「そういうことなら…なるべく距離を置いたほうが良いかもしれないわね」
と神妙に言った。しかし私はというと、公爵の火遊び相手に自分が選ばれるとはどうしても考えられなかった。公爵が言ったことだって、後になって考えるとただの社交辞令にも思えた。ただ、私を心配してくれる友人の忠告が素直に有り難かったので十分気をつけると約束した。
時間はまだ21時にもなっておらず、帰る予定だった時刻よりは大分早かった。それでもシンディーの馬車はすでに迎えに来ていた。私たちの姿に気づいて、馬車の中からがっしりとした体格の男性が急いで降りてきた。カールした濃い茶色の長髪に立派なひげを蓄えている。シンディーの夫、ランドルだ。
「どうしたんだ、シンディーにエマ!ずいぶん早いじゃないか、何かあったのか?」
「ランドル、もう来てくれていたのね。助かったわ。別に困ったことは何もないわよ、早く切り上げただけ」
「本当か、付きまとわれたり触られたりしてないか?俺の可愛い可愛い女房と大事な友人に色目を使う命知らずは俺がひねってやるぞ!」
ランドルは隠れているストーカーを見つけようとでもするかのようにあたりを見渡しながらよく通る声でそう言った。
「だから何もないったら!ねえ早く乗りましょう。もう、エマもニヤニヤしてないで乗って!」
「仲良いな~と思ってニコニコしてただけなのに」
「俺だって、奥さんと友達を心配しただけなのに」
私とランドルはわざとふくれっ面でぶーぶー言いながら馬車に乗り込んだ。ランドルは少年のような無邪気さがあって、一緒にいて楽しい相手だ。
前もって申請を出しておいた帰城時間まで2時間以上あるので、私はランドルとシンディーの家にお邪魔してお茶をいただくことになった。ガラガラと音を立てて馬車が動き出すと、シンディーがくつくつと笑い出した。
「何がおかしいんだい、スウィートベイビー?」
前世は古代エジプトで様々な秘薬を調合していたというランドルだが、前世アメリカ人のエルネストおじさまよりも彼の方がよっぽどステレオタイプなアメリカンのノリである。何故かは分からない。
「あのね、びっくりすることがあったのよ!」
シンディーはランドルに、夜会での出来事を話した。
「驚いたわ、カフカ公爵のお茶会に招待されるなんて。夜会に呼ばれるよりも貴重だわ、だってお茶会に呼ばれるのは、せいぜい10人か、多くても20人ぐらいでしょう?カフカ公爵ったら、よっぽどエマに興味があるのね。もしかすると、エマがカフカ公爵夫人になるなんてことも…?」
「絶対無いわ、多分私が物珍しいだけよ。私は行きたくないわ。仮病でも使おうかしら」
「行かなきゃだめよ!あの公爵様のお誘いだもの、無碍にはできないわ。それに、きっと公爵様のご友人も来るわよ。夜会に行くよりずっと良い出会いが期待できるとは思わない?」
「…ランドル、シンディーに悪い虫が付くと心配よね。身分を笠に着て、無体を働くかもしれない。ああ、想像するだけでおぞましいわ…私たち行かない方が良いわよね?」
「こら、味方をつくろうとしないの。ランドルだって、エマの幸せな未来を考えたら行って損はないって言うはずよ。そうよね、ランドル?」
しかし、ランドルは眉間にしわを寄せ、考え込んでいる様子であった。
「…どうしたの、もじゃもじゃクマさん?」
愛妻に優しくそう呼びかけられ、ランドルはゆっくり口を開いた。
「うーん、そうだな…ちょっと慎重になった方が良いかもしれないな。…詳しいことは部屋で話そう」
外が暗いのと話に夢中になっていたのとで気づかなかったが、もう家のすぐ側まで来ていた。
ランドルとシンディ夫妻の家は、城下町にある3階建ての建物だ。赤レンガ造りで1階はランドルが経営する薬局、2階に居間や客間があり、3階が夫婦の寝室や浴室だ。鈴の着いたドアを開け、ちりんちりんというどこか懐かしい音と共に中に入ると薬草や乾燥させた生姜の香りがした。
階段を通って2階へ上がり、居間のソファに腰掛けて熱いハーブティーをいただきながら、三人で話の続きを始める。
「それで…一体どういうことなの?」
シンディーに促され、ランドルが珍しく真剣な顔で話し始めた。
「エマが結婚相手を探すために人脈を広げたり、色々なところに顔を出すこと自体は俺だって良いと思う。だが…シンディーの話を聞く限り、公爵閣下はエマに気があるんじゃないかと思う。あの方が特定の女性を自分から誘うなんて、とても珍しいんだ。だから…遊ばれないように気をつけた方が良い」
私は思わずぽかんとした間抜け面を晒した。気がある?遊ばれる?自分とはあまりに無縁の単語だと思っていたし、いまいちピンとこない。シンディーもランドルの本意をつかみかねているようで、よく分からないという顔をして尋ねる。
「えーと…エマに気がある可能性はあると思うわ、でも公爵様ってそんなに遊び人かしら?むしろスキャンダルとは無縁の、真面目な方だと聞いているけど」
「そうだ、だからこそ何かおかしい。あの公爵閣下は『王女でなければ妻にしない』とずっと言い続けてきた。だが未婚の王女となると、我が国の王室にはまだ幼い姫君たちしかいない。だから未だに独身なんだ。これは薬剤師ネットワークで知り得た極秘情報だから、他言無用だぜ」
私とシンディーは驚いた。
「でも、確か結婚相手を探しているって…そうよね。シンディー?」
「ええ、そういう噂だわ。そろそろ身を固めるつもりだって本人からはっきり聞いたという人もいるわ」
「気が変わったのかもしれないが…もしかしたら他国の王女様との縁談が内密に進んでるんじゃないか?やんごとない方と結婚する前に、思い切り遊んどこうって腹なのかもな。だからエマ、もし公爵と関わるならキズものにされないように気をつけるんだぜ。ハニー、君もだ」
ランドルはそう言い、シンディーも
「そういうことなら…なるべく距離を置いたほうが良いかもしれないわね」
と神妙に言った。しかし私はというと、公爵の火遊び相手に自分が選ばれるとはどうしても考えられなかった。公爵が言ったことだって、後になって考えるとただの社交辞令にも思えた。ただ、私を心配してくれる友人の忠告が素直に有り難かったので十分気をつけると約束した。
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