【完結】惨めな最期は二度と御免です!不遇な転生令嬢は、今度こそ幸せな結末を迎えます。

糸掛 理真

文字の大きさ
72 / 74

72.分岐

しおりを挟む
 テオドールは怒髪天を突いていた。

 「何考えてるんだよ、正気の沙汰じゃねえだろ!だいたいあんた…」

 そこまで言ったところで部屋に看護師が一人入って来た。

 「なんの騒ぎですか、お静かに!大声を出すなら出て行ってもらいますよ!」

 そう言ってテオドールを軽く睨んでから、看護師は私の点滴を確認した。
 
 「そろそろ次のを用意しないと…この点滴の中には細菌感染を防ぐお薬など色々なものが入っていますが、少しずつ飲み薬に切り替えていく予定ですので…順調なら数日で点滴は外れますからね」

 看護師はそう言うと、私の体温を測ってから去って行った。ちなみに熱はなかった。

 「テオドールが反対するとは思わなかった。どうしてなの?」
 
 私は静かに聞いた。本当に予想外だった。

 「どうしてってお前…」

 キョトンとしている私に絶句し、テオドールは矛先をガンザー伯爵に向けた。

 「おかしいだろ、そもそもおっさんは妻帯者じゃねえか!」

 ガンザー伯爵もキョトンとして小首を傾げた。堂々たる偉丈夫に似合わぬ可愛らしい仕草であった。

 「何か問題でもあるのか?セシリアも儂の両親も、家族全員喜んでおるが」

 「はぁ!?」

 信じられないという顔をするテオドールに私は言った。

 「ごめんね、テオドール。でも、この件では誰に何を言われても私の考えは変わらない。こうするのが一番良いと思うから。私にとっても、領民にとっても」
 
 テオドールは言葉を失っている。伯爵はそんなテオドールの肩をパン!と叩いた。

 「痛えんだよこの変態脳筋野郎!」

 「何をカリカリしておる?エマの気持ちは変わっておらぬようだし、これからは儂のことを父さんと呼んでも良いのだぞ。父上かパパンでも良いが」

 「は?何抜かしてやがる」

 「儂とエマが正式に養子縁組を結べば、儂はエマの養父ということになる。おぬしがエマと異性交遊したいのであれば、当然儂の許可がいる」

 「養子、縁組…」

 テオドールは呆けたように伯爵を見ながら呟いた。こんな顔をしているところは初めて見る。

 「そうとも。エマは儂の養女となり、旧ユリシーズ領はガンザー領に統合される。そして儂が老いぼれるか死んだ後は、エマが領主としてのあらゆる権利を含め領地を丸ごと相続するというわけよ。とはいえ儂もまだまだ現役だ。エマが女伯爵になるのはしばらく先だから、ゆっくり領地の経営に慣れていくこともできよう」

 「なんだ、縁組って、そういうことか…」

 力なくそう言い、テオドールは脱力してベッドの脇に力なく腰掛けた。

 「なんだ、儂がエマを娶りたがっているとでも思ったのか?馬鹿者め、妻一筋に決まっておろう。…儂とセシリアの間には、子が出来ぬ。そのことは六、七年前には分かっておったが、これまで養子をとらなんだ。それは儂ら、特にセシリアが密かにエマを狙っておったからよ」

 「そうなのですか?」

 初耳だ。セシリア様は伯爵より少し歳上で、おそらく四十三、四歳ぐらいになる素敵な奥様だ。小柄で可愛らしく、ふんわり柔らかい雰囲気だが、実はとても頭が切れる。何気ない会話の端々にも知性や機知がちらりと垣間見える、そんな方なのだ。

 わたしが王都に来てから年に二回ほどはお会いする機会があり、それとなく家族のことを聞かれたことはある。将来の展望について問われたこともある。でも、養女にならないかなどとは一度も言われなかったのに。

 「セシリアなりに遠慮しておったのよ。エマはいつか必ず首席侍女になるだろうと予言しておったし、ロチェスターの御仁にもお考えがあるようだと察しておった。諦めるしかないと思っていたところでユリシーズ伯爵たちが領地をめちゃくちゃにしたから、これはエマにとっても民にとっても悪くない話だと思ったようだ。…統合には反対する民もいるだろうが、しっかり立て直していくことで納得してもらうしかないだろうよ。セシリアはすでに復旧の対策をあれこれ考えておるようだ。さすがガンザー家のブレインであり、陰の支配者よ」

 本当にさすがである。ガンザー伯爵領の繁栄の鍵を握る人物に、私も是非教えを請わねば。

 「ねえテオドール、良い考えだと思わない?私、領主の仕事は全然わからないけれど、少しずつ学ばせてもらえるなら大丈夫かなと思って。ううん、大丈夫じゃなくても絶対に頑張りたいの。旧ユリシーズ領の民のために」

 「決めたのか?女が伯爵になるのは大変なことだぞ。それに…俺が親父の跡を継いで辺境の領主になるなら、俺たちは…完全に別々の人生を歩むことになっちまう」

 「………」

 私は唇をキュッと結んだ。

 そう、テオドールの言う通りなのだ。

 将来、テオドールはロチェスター辺境伯となる。

 そして私はいつか、そこから遠く離れた地を治めるガンザー女伯爵となるのだ。

 私はロチェスター家には嫁げなくなるし、テオドールだってガンザー家に婿入りすることはできない。

 テオドールだけでなく、これからは私も爵位後継者となるからだ。

 やっとお互いの気持ちを確かめ合うことができたのに、その直後にテオドールとは結ばれない道を選ぶのは、言いようもなく悲しいことだった。

 胸が千切れそうなほどに痛く、苦しい。

 それでも。

 「そうね。私たち、別々の場所で生きていかなきゃいけない。あなたのことが大好きだけれど、一緒にいたいけれど…わたしはガンザー家に入って、苦しんでいる民のために、精一杯働くわ」

 今までで一番辛いこの決断を伝えるのは、身を切られるように苦しかった。

 それでも私は涙を見せずに、むしろ微笑んで、きっぱりと告げてみせた。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

目覚めたら公爵夫人でしたが夫に冷遇されているようです

MIRICO
恋愛
フィオナは没落寸前のブルイエ家の長女。体調が悪く早めに眠ったら、目が覚めた時、夫のいる公爵夫人セレスティーヌになっていた。 しかし、夫のクラウディオは、妻に冷たく視線を合わせようともしない。 フィオナはセレスティーヌの体を乗っ取ったことをクラウディオに気付かれまいと会う回数を減らし、セレスティーヌの体に入ってしまった原因を探そうとするが、原因が分からぬままセレスティーヌの姉の子がやってきて世話をすることに。 クラウディオはいつもと違う様子のセレスティーヌが気になり始めて……。 ざまあ系ではありません。恋愛中心でもないです。事件中心軽く恋愛くらいです。 番外編は暗い話がありますので、苦手な方はお気を付けください。 ご感想ありがとうございます!! 誤字脱字等もお知らせくださりありがとうございます。順次修正させていただきます。 小説家になろう様に掲載済みです。

悪役令嬢は推し活中〜殿下。貴方には興味がございませんのでご自由に〜

みおな
恋愛
 公爵家令嬢のルーナ・フィオレンサは、輝く銀色の髪に、夜空に浮かぶ月のような金色を帯びた銀の瞳をした美しい少女だ。  当然のことながら王族との婚約が打診されるが、ルーナは首を縦に振らない。  どうやら彼女には、別に想い人がいるようで・・・

幼馴染に振られたので薬学魔法士目指す

MIRICO
恋愛
オレリアは幼馴染に失恋したのを機に、薬学魔法士になるため、都の学院に通うことにした。 卒院の単位取得のために王宮の薬学研究所で働くことになったが、幼馴染が騎士として働いていた。しかも、幼馴染の恋人も侍女として王宮にいる。 二人が一緒にいるのを見るのはつらい。しかし、幼馴染はオレリアをやたら構ってくる。そのせいか、恋人同士を邪魔する嫌な女と噂された。その上、オレリアが案内した植物園で、相手の子が怪我をしてしまい、殺そうとしたまで言われてしまう。 私は何もしていないのに。 そんなオレリアを助けてくれたのは、ボサボサ頭と髭面の、薬学研究所の局長。実は王の甥で、第二継承権を持った、美丈夫で、女性たちから大人気と言われる人だった。 ブックマーク・いいね・ご感想等、ありがとうございます。 お返事ネタバレになりそうなので、申し訳ありませんが控えさせていただきます。 ちゃんと読んでおります。ありがとうございます。

強い祝福が原因だった

恋愛
大魔法使いと呼ばれる父と前公爵夫人である母の不貞により生まれた令嬢エイレーネー。 父を憎む義父や義父に同調する使用人達から冷遇されながらも、エイレーネーにしか姿が見えないうさぎのイヴのお陰で孤独にはならずに済んでいた。 大魔法使いを王国に留めておきたい王家の思惑により、王弟を父に持つソレイユ公爵家の公子ラウルと婚約関係にある。しかし、彼が愛情に満ち、優しく笑い合うのは義父の娘ガブリエルで。 愛される未来がないのなら、全てを捨てて実父の許へ行くと決意した。 ※「殿下が好きなのは私だった」と同じ世界観となりますが此方の話を読まなくても大丈夫です。 ※なろうさんにも公開しています。

転生ガチャで悪役令嬢になりました

みおな
恋愛
 前世で死んだと思ったら、乙女ゲームの中に転生してました。 なんていうのが、一般的だと思うのだけど。  気がついたら、神様の前に立っていました。 神様が言うには、転生先はガチャで決めるらしいです。  初めて聞きました、そんなこと。 で、なんで何度回しても、悪役令嬢としかでないんですか?

プリン食べたい!婚約者が王女殿下に夢中でまったく相手にされない伯爵令嬢ベアトリス!前世を思いだした。え?乙女ゲームの世界、わたしは悪役令嬢!

山田 バルス
恋愛
 王都の中央にそびえる黄金の魔塔――その頂には、選ばれし者のみが入ることを許された「王都学院」が存在する。魔法と剣の才を持つ貴族の子弟たちが集い、王国の未来を担う人材が育つこの学院に、一人の少女が通っていた。  名はベアトリス=ローデリア。金糸を編んだような髪と、透き通るような青い瞳を持つ、美しき伯爵令嬢。気品と誇りを備えた彼女は、その立ち居振る舞いひとつで周囲の目を奪う、まさに「王都の金の薔薇」と謳われる存在であった。 だが、彼女には胸に秘めた切ない想いがあった。 ――婚約者、シャルル=フォンティーヌ。  同じ伯爵家の息子であり、王都学院でも才気あふれる青年として知られる彼は、ベアトリスの幼馴染であり、未来を誓い合った相手でもある。だが、学院に入ってからというもの、シャルルは王女殿下と共に生徒会での活動に没頭するようになり、ベアトリスの前に姿を見せることすら稀になっていった。  そんなある日、ベアトリスは前世を思い出した。この世界はかつて病院に入院していた時の乙女ゲームの世界だと。  そして、自分は悪役令嬢だと。ゲームのシナリオをぶち壊すために、ベアトリスは立ち上がった。  レベルを上げに励み、頂点を極めた。これでゲームシナリオはぶち壊せる。  そう思ったベアトリスに真の目的が見つかった。前世では病院食ばかりだった。好きなものを食べられずに死んでしまった。だから、この世界では美味しいものを食べたい。ベアトリスの食への欲求を満たす旅が始まろうとしていた。

異世界に召喚されたけど、従姉妹に嵌められて即森に捨てられました。

バナナマヨネーズ
恋愛
香澄静弥は、幼馴染で従姉妹の千歌子に嵌められて、異世界召喚されてすぐに魔の森に捨てられてしまった。しかし、静弥は森に捨てられたことを逆に人生をやり直すチャンスだと考え直した。誰も自分を知らない場所で気ままに生きると決めた静弥は、異世界召喚の際に与えられた力をフル活用して異世界生活を楽しみだした。そんなある日のことだ、魔の森に来訪者がやってきた。それから、静弥の異世界ライフはちょっとだけ騒がしくて、楽しいものへと変わっていくのだった。 全123話 ※小説家になろう様にも掲載しています。

[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜

桐生桜月姫
恋愛
 シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。  だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎  本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎ 〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜 夕方6時に毎日予約更新です。 1話あたり超短いです。 毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。

処理中です...