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最終章
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しおりを挟むお披露目の舞踏会が終わり、学園では、五月にある「花祭り」に向けて、準備が行われていた。
「私、花祭りの準備のお手伝いをしてるのだけれど、マイラ様の役をミアさんに、お相手の、冥界の神であるハーデ様役をルカ様にやって欲しいという話が出ていて……、ミアさん、どうかしら?」
この国では、マイラ様の聖属性の力で、魔物を退け、春が来ると言われており、「花祭り」は、春の訪れを祝うお祭りだ。
また、マイラ様の結婚相手である、冥界の神ハーデ様との結婚式が、五月に執り行われたことから、生と死を司る御二方が結ばれた事を祝い、繁栄を願うお祭りでもある。
マイラ様役と、ハーデ様役に扮した二人が、街中を練り歩き、花を配って、春の訪れを告げることになっている。
「……王太子殿下と、ディアナさんじゃ、ないんでしょうか?」
確か、小説でもそうされていた様な……。
「だって、平和と豊穣のシンボルでもあるマイラ様と、同じ聖属性のミアさんの方が、ふさわしいと思うって、私が推したの。ゲームの中でも、ヒロインが花を配る、花祭りのシーンが好きだったのよ」
「わ、私なんかがするとなったら、皆さん反対されるんじゃないでしょうか? どこの誰だって」
平民で、パン屋の娘ですし……。
「……ミアさん、ご自身で思ってるより、ずっと有名よ?」
「えっ、そ、そうなんですか……?」
「そうよ。ルカ様にはファンが沢山いらっしゃるから、皆、ルカ様の動向には目を光らせてるのよ」
「ファン……」
「そうなの。ご婦人方の中でね、『ルカ様の成長を見守る会』というのがあって、学園にも会員が沢山いるのだけれど、その方達が、ずっとルカ様と共に、ミアさんの事も見守ってらっしゃったの。まだ少年の様なルカ様が、男性へと成長していく様を、皆で固唾を呑んで見守っていたのよ」
「……」
「始めは、うちの娘の婚約者に、私の婚約者に! と皆様ギラギラとした目で見守ってらっしゃったのだけれど、段々と、初々しいお二人の姿を見るのが楽しみになってきて、胸キュンですわね! と、お二人を応援する会になったの」
「…………」
あまりに驚いて、何も言えなくなってしまう。
「…………それは、その、もしかして、ディアナさんも……?」
「ええ、もちろん! 私は、ミアさんとルカ様が、お付き合いされてから入会したから、会員番号36番なの」
と、少し残念そうに言われる。
「そ、そうなんですね……」
「ですから、マイラ様の役は、ミアさんで決まりね!」
「……あの、でも、王太子殿下と、ディアナさんを差し置いて……、とてもじゃないけれど、お受け出来ません」
「……でしたら、ミアさんも、私も、一緒にしちゃいましょうか」
「っ、それなら……?」
「……ええ、それが一番良いかもしれないわ。……ミアさんは、ご存知無いかもしれないのだけれど、貴族の中で、政治や外交に強い王族派と、武力と資源のあるクレア家に追従する派閥とに、分かれているの。……もちろん、争いにはしたくないと、お互いに協力しあって、今は穏やかな政情が続いているのだけれど、辺境領に資源が集中して、均衡が崩れやすくなっているのは事実なの」
「そう、なんですね……」
「だから、王太子殿下と、次期辺境伯のルカ様の、御二方の仲の良さを、次代の貴族達や、街の人達に見せる事は、大きな意味があるのかもしれないわ」
ディアナさん、すごいな。私なんて、ルカ君との事だけで、いっぱいいっぱいで、そんな事を、考えた事もなかった……。
「実はね、ミアさんと、実際にお会いするまでは、不安でいっぱいだったの。ゲームの中で、ハーレムエンドを選ぶ人もいるでしょう? 実際にそうなれば、領地間の争いだってあり得るのよ。今までも、聖属性の方の取り合いが原因で、大きくは無いけれど、争いになった事もあるらしいの」
「確か、神官様が、刃傷沙汰になった事もあったと……」
「高位貴族同士の刃傷沙汰なんて、個人の問題ではすまないもの。だから、ヒロインの選択によっては、王家と辺境伯とが争う事もあったかもしれないの」
「ディアナさん……」
「ミアさんが、ヒロインで本当に良かったと思うのよ。お会いした時に、ああ、この人だったら、誰も不幸にならないかもしれないと、希望が持てたの」
ディアナさんが、強い眼差しで、微笑んで言われる。
「ミアさんと一緒に、マイラ様の役をできるなんて! こんなに嬉しいことはないわ」
「私が、少しでもお役に立てるのなら、嬉しいです。ディアナさんと、ご一緒できるのも、嬉しいです」
「では、決まりね! 皆に伝えておくわね!」
と、嬉しそうに、ディアナさんが言われた。
◇◇◇
花祭りの日、近くの街へ、アドニス殿下とディアナさん、ルカ君と共に赴く。
ディアナさんと私は、木綿のシンプルな白いドレスに、お花がいっぱい入った籠を持って、アドニス殿下とルカ君が、燕尾服に山高帽を被って、エスコートをしてくれる。街の家々に花を配り、春の訪れを告げる。
王太子殿下と、ディアナさんの姿を見て、沢山の人達が集まってくる。
「ミアさん!」
通りに集まって来た人達に、花を配っていると、元気な男の子の声が聞こえた。
「アントン! 久しぶりね。怪我はどう? 痛みはもう無い?」
街の神殿で、怪我の治療をした男の子だ。
「うん! すっかり痛みも無いよ! あの時はありがとう! これ、母さんが、ミアさんに渡してって」
と、紙袋に沢山入った苺を渡してくれる。
「……これ、大事な売り物じゃないの? 貰ってもいいの?」
「うん、ちゃんとお礼してきなさいって、母さんに言われたから、もらって! 持って帰ったら、俺が怒られるよ」
と、そばかすの浮かんだ、やんちゃそうな顔で、にっと笑う。
「……ありがとう。アントン、お母さんにも、ありがとうって伝えてね。このお花も渡してくれる? これは、アントンの分ね」
「うん! ありがとう! またね!」
花を大事そうに手に持ち、元気に走り去って行く。
その後も、以前、神殿に治療に来ていた人達と会い、お礼に、野菜や果物、焼き菓子などをもらってしまう。
「ミアさん、配った花の量よりも、全然多いよ」
と、ルカ君が頂いた物を、全部持ってくれて、笑いながら言う。
「……こんなにもらってしまって、良かったのかな?」
「ミアさんが、怪我の治療をしてくれて、みんな何かお礼をしたかったんだよ。その気持ちは、受け取っておかないと」
「……そうかな?」
「うん。そう思うよ」
「……みんな元気そうで良かったな」
完全には治っていない状態で、帰って行った人達も沢山いたから、ちゃんと治っている姿を見られて、ほっとする。
花を全て配り終え、学園へと戻る。
十月にサウィン祭りをした、丘のふもとに、生徒達が集まっている。
カラフルなリボンを垂らした、木のポールが立っている。その周りを、軽やかなドレスを着た女の子達が、取り囲む。
音楽が鳴り、ポールの周りを、リボンの端を手に持った女の子達が、クルクルとドレスの裾を翻して、踊っていく。ポールに、リボンで織り上げた美しい模様が出来ていく。
芝生の鮮やかな緑に、色とりどりのリボンと、ドレスの色が映える。
「綺麗……」
踊りを、ルカ君と手を繋いで見ていた。
さーっと、風が通り抜け、リボンがはためく。
ふと、横にいるルカ君の顔を見ると、さっきまでは、見上げるくらいの高さだったのに、私より少し小さな、少年の様なルカ君がいた。
同じ様にこちらを向いた、ルカ君と目が合い、驚いた様に見開く。
「……君は、」
風がやみ、瞬きをすると、いつものルカ君の姿に戻っていた。
「……今、一瞬、ミアさんが、あの時、森で出会った女の子に、見えた気がした……」
「……私は、ルカ君と出会う前の、幼いルカ君が、見えたよ」
「…………もしかして、あの時の女の子は、」
ルカ君が、何か小さな声で呟く。
「ルカ君?」
「…………いや、出会えたのが、ミアさんで良かった。ミアさんだったから、今、こんなに穏やかで、幸せな気持ちでいられるんだと思う」
「…………小さい頃のルカ君に、教えてあげたかったな。大丈夫だよ。あなたは、元気に大きくなれるんだよ。素敵な男の子になるんだよって」
「……でも、あの時、必死に願ったからこそ、ミアさんといる、今があるのかもしれない」
私が、ここにいることにも、ちゃんと意味があったのかな。
人の力を借りる事でしか、大きくなれなかった男の子と、人の為に動く事でしか、生きる意味を見出せなかった前世の私を、誰かが出会わせてくれたんだろうか。
誰かの為になんて、自分勝手な思いは、一歩間違えれば、ただの押しつけになってしまう。きっと、身近な人が一度にいなくなり、ただ、誰かに必要とされたかっただけだったと、今なら分かる。
自分がした事で、誰かが喜んでくれたら、とても嬉しい。自分がいて良かったと思える。
けれど、自分の一番望みが、日常の中の小さな喜びを、分かち合える相手と過ごすことだと、知ることができたのは、ルカ君がいたからだ。
「……私も、ルカ君と、出会えて良かった」
ルカ君に、手を優しく包み込む様に握られる。見上げると、ルカ君が微笑んでいて、幸せな気持ちになる。
二人の間を、柔らかな風が吹き、暖かい春の匂いがした。
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