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第7章

264話 ガバイの焦り

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「不味い、不味い」

 そこでは先程デグとやり合っていたガバイがブツブツと呟きながら自身のテント内を歩き回っていた。

「どうしてこうなった──」

 ガバイは大きな身体を揺らしながら歩き続ける。

「お、親父どうしたんだよ?」 
「さっきから様子がおかしいぜ?」

 この状況を理解していない息子達にイラつくが、怒鳴り散らしても何も状況が変わらない事を知っているガバイは何か良い手が無いか考えている様だ。

「このままでは計画が台無しだ」

 どうやらシクが二個目のスキルを手に入れた事により自身のこの村による影響力が弱まる事にガバイは一瞬で理解した様だ。

「サット、マット──緊急集会を開く。今夜、村人達をいつもの所に集めといてくれ」

 父親の余裕無い声に息子達は何かしらの異変を察知したのか茶化さずに頷き直ぐにテントを出て村を駆け回った。

「クソ、流石にダブル持ちになるなんて考え付かない」

 息子達も居ない為か、ガバイはこれまで見た事の無い醜い表情を浮かべていた。

「取り敢えず、今日の夜に村人達を説得しなければ……そして軌道修正しないと大変な事になる」

 こうしてガバイは夜の集会まで何を話すか考え始めた──。


「親父、お茶菓子はどうする?」
「もう、結構集まったぜ?」

 辺りが暗い闇に包まれた頃ガバイ達はいつもの集会所に集まっていた。昼間のシクの件もあったがガバイ側の村人達をなんとか全員集める事が出来た様である。

「茶菓子は緊急だったから用意出来なかった──お茶を用意して配ってくれ」

 息子達は直ぐにお茶の準備をして村人達に配り始める。
 村人達は急に声を掛けられた為、少し不安そうな面持ちだ。

「皆様方、本日は急に集まって頂き誠にありがとうございます」

 いつもの様に作り笑顔を貼り付けて挨拶をするガバイ。

「ガバイさん、今日はどうしたんだよ?」
「いきなりでビックリしたわ」

 本当にいきなりだった為村人達も何故呼ばれたか分からない様だ。

「今回皆さんを集めた理由はシクさんの件です」

 ガバイからシクの名前が出た瞬間に村人達は盛り上がりを見せた。

「いやー、やっぱりシク様はすげぇーな」
「えぇ、あんなにお美しいのに気取った態度は取らないし寡黙な所が素敵だわ」
「シク様だけは獣人族でもいいから結婚したいぜ……」

 ──ッ不味いこのままでは計画が支障をきたしてしまう──

 村人達の反応はガバイに取って予想出来たが──やはり芳しくは無い様だ。

「皆様、確かにシクさんはお美しいです。しかし、所詮は野蛮人なのです!」

 ガバイは村人達の考えをどうにか誘導する様に話し続ける。

「見た目や態度で騙されてはいけません。それすらも野蛮人共の策略かもしれませんよ?」

 どの口が言っているのかガバイは語り掛ける様に話す。

「恐らく私の見立てではシクさんに注目を浴びせて信仰心を高めて信じ切った所で我々人間族を選別するつもりなんですよ」

 どこからそんなデタラメが思い付くのかガバイはベラベラと話し続ける。

「そのままこの暮らしが維持出来れば良いと思う方もいるかもしれませんが甘いです。我々は一度シクさんやデグさん達と対立しましたので我々は恐らくこの村を追い出されるでしょう」

 声色、口調、表情、動作を巧みに操り村人達にデタラメを吹き込んでいく。

「そ、そんな嫌だぜ?!」
「わ、私もよ! ここ生活が気に入っているの。そんなの許せないわ」

 ガバイは村人達が自身の思う軌道上に再び戻ってきた事を確信し見えない様にニヤリと微笑む。しかし直ぐに表情を戻して話し始める。

「その通りです! そんなのは許せるはずが無い!」

 参加者である村人全員が大きく頷く。

「そこで、何か対策を取る必要がございます」

 村人達の顔を一人一人見回しながら呟く。

「ガバイさん、対策なんてあるのかよ?」

 一人の青年が質問する。

「えぇ、ありますとも。ですがその対策を行うには全員の力が必要になります」
「俺は何でもするぜ!」
「私もするわ!」

 村人達は先程のガバイの名演説を聞いた事により自分達に危機感を持った様だ。しかしその感情すらもガバイの誘導によって生まれたとは誰も思わない……

「皆さん、本当にありがとうございます。それでは皆さんを信じてお話します」

 そこでガバイはこの状況を覆す作戦だと村人達には説明した。
 
 村人達はそんなガバイを盲目に信じ、これから実行する為の手順などを話し始めた。

 だがその作戦はあまりにも酷く悲惨な結果しか生まれない事は誰が聞いても明らかだがガバイの洗脳の影響なのかこの場でそれに気がつく者は居ない……

「いやいや、皆様方が居て本当に心強い」

 ガバイの表情は昼間の頃とは随分変わり、今ではホクホク顔で笑っている。恐らく計画通りに事が運べそうな為であろう。

「はは、俺達はガバイさんを信じているからよ!」
「えぇ、そうね。そうじゃ無かったらデグさん達を裏切るなんて流石に気が引けちゃうわ」

 この場で誰か一人でもデグ側の村人達が居れば全力で止めていたであろう作戦を彼等は黙々と準備を行っていく。

 そして、この事件がきっかけでデグ達は更に苦しむ事になる……

 
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