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1.別れ
「サリアン。暫く彼女と一緒に暮らすよ。この館に住まわせる。子供が出来たんだ。君には…悪いけど、嫌じゃなければベリーザルの館に移ってくれても良い。ちゃんと会いに行くから」
「リグ…ええ…いえ、離婚しましょう。私を囲って置くなんて無駄だわ。貴方はこれからこの領地を守っていかなければ。憂いは残さない方が良い。私も好きな所へ行けるもの。その女の人を妻に出来るしね」
「…え?サリアン…それで君はどうするんだ?」
「なんとでもするわ」
「っ。サリアン、でも…そんな」
「貴方がそんな顔するなんて可笑しいわ。ふふ…おめでとう。後継が出来て良かった。貴方を私が幸せにしたかったわ。でも出来なかった。おあいこよ。だから気にしないで。本当は泣いて縋りたいけど子供が居るならもうダメね」
「─っ」
「届はサインして部屋に置いておくわ。ちゃんと明日には出て行くから。じゃあ、荷物まとめるから行くわね」
「でも…でも…サリアン」
「さようならリグ。愛していたわ。今まで…ありがとう」
「…」
こうして私達は長い間繋いでいた筈の手を放ち、互いに違う道を歩む事になった。
*
私とリグは五歳年の離れた友人だった。彼は領主の息子で、私は商会の娘だった。私が十六歳の時に婚約を申し込まれ、交際を経て十八歳の時に結婚。それから三年。私達の間には子供が出来なかった。まだ三年。そう、思うけれど…
思うけれど…
彼は愛人を作ってしまった。子供が出来てしまったのだ。全て私の所為。早く子供を宿せなかった。
私の……所為。
だから貴方を解放してあげる。
高価な宝石も土地もお金も。結婚してから貰った物は何も要らない。
全部置いて行くわ。
今の貴方から奪うものは何も要らない。
リグ大好きだったわ。
家族に囲まれて微笑む貴方が見れなかった。それだけが…悔しいわ。
私は荷物を最小限にまとめる。彼と過ごした日々は短く無い。想い出もプレゼントされた物も沢山ある。でももう要らない。そう思っていたがその中で一つだけ…婚約した日に約束と一緒に髪に付けてくれたアメジストの花が付いた髪飾り。今でもあの時の記憶が鮮明に甦える…
「あなたも一緒に行く?」
過去の想い出にそう問うて静かにポケットに忍ばせた。離婚の書類は実はもう用意してあった。愛人が出来たと知った時に取り寄せた。いつか彼からこんな日を告げられるのではないかと思っていたから。ペンにインクを付けて重くて悲しいその紙に署名をしてからそれをインクが乾くまでボンヤリと眺めていた。
だって
しょうがないじゃない。
愛しているんだもの。
他の女の人に微笑む貴方なんて私には耐えられないの。抱き寄せてキスなんてしている所を見たらきっと壊れてしまうわ。貴方は私を愛してくれていたかしら?いつまで愛してくれていたのかな…簡単に裏切れる程度よね?
聞きたいけど聞いては…ダメね…
*
次の日の早朝。予め馬車を用意させて荷物を乗せてもらう。
まだ空は明けきってはいなかった。私は最後に薄暗い部屋の中で指に嵌めていた結婚指輪を外して離婚の届けと一緒に机の上に置いた、
たった三年しか付けられなかったブルーの宝石が付いた美しいそれを暫し眺める。彼の瞳の色。少しの光を反射して鈍い青が涙のように書類に落ちた。
「リグ、頑張ってね。これから大変よ?」
私は踵を返し領主の館から外に出る。馬車に乗り込み走らせた。貴方から貰うのはこの髪飾りだけ。私はそれを手に持ち口付ける。
あの日一生の愛を誓った約束の証。
馬車はやがて港町に辿り着いた。この領地は宙船の停泊出来る大型の停泊地を持っていた。いや、作らせた。
そこから昨日早馬で到着を知らせた商業宙船に乗る。
「お待ちしておりました。旦那様」
巨大商業船の艦長をしている妙齢の恰幅の良い男が礼をしながら近づいて来る。
「艦長。すまなかったわね、突然。…離縁する事になってね。長居したくなかったから急ぐ事になってしまった。今回の荷は全て積み込み済んでいるかしら?」
「それは…そうですか。ええ。すでに三時間前には」
「ありがとう。それでは出発しましょう。今回から私が商談に赴く事になる。現商会交渉人を全員後ほど私の部屋へ案内してもらえるかな?」
「承知致しました」
「それでは長旅に出ましょうか」
「はい旦那様」
私は艦内へと続く長いタラップに足を掛ける。この船は私が作らせた船だ。どうやら私には商談と先物を見るの能力が高いらしい。結婚する前から父と共に稼業を大きくしてきた。今父は大国にて爵位を賜り移り住んでいる。リグはあまりそう言った事に明るくは無い人だった。自分が管理している領地の事さえ管財人や、交渉人に任せてしまうような。
当然それは全て私が掌握した。彼には任せて置けなかった。だがそれは言わなかった。聞いて来る事も無かった。本当に…困った人だ。
私が管理し出して家計が潤うと早々に遊びが始まった。女遊びも。それでも私だけを愛してくれているのだと我慢もした。その間、着々と私の名で商談を重ね利益を出し続けた。
だが、やはりダメだった。結婚の相手ぐらい自分で決めると父に言い放ったあの日。後悔する事になる、と言われた。父はリグを認めて無かった。父の言う通りになった。
だが、それでも良い。
愛した事に後悔などしない。私に愛を教えてくれたのは彼なのだ。
こんなにも胸を突き刺す痛みを与えられるのは彼だけなのだ。
今はこの痛みを受け入れよう。熱く渦巻く悲しみを呑み込もう。冷えた憎しみを糧に進んで行こう。
リグ愛しているわ。
どうか
どうか…
私を失くした事を悲しんで。
自分の無能さに嘆いて。
悔やんで。そして
咽び泣くと良い。
貴方からは何も貰わない。私からも何もあげない。放り出した領地経営、どうなるかしらね?
貴方の歪むその顔を見る、そんな時が来る事を…
楽しみにしているわ。
私の愛しい愛しい本当に困った…馬鹿な人。
私、貴方より幸せになってみせる。
「リグ…ええ…いえ、離婚しましょう。私を囲って置くなんて無駄だわ。貴方はこれからこの領地を守っていかなければ。憂いは残さない方が良い。私も好きな所へ行けるもの。その女の人を妻に出来るしね」
「…え?サリアン…それで君はどうするんだ?」
「なんとでもするわ」
「っ。サリアン、でも…そんな」
「貴方がそんな顔するなんて可笑しいわ。ふふ…おめでとう。後継が出来て良かった。貴方を私が幸せにしたかったわ。でも出来なかった。おあいこよ。だから気にしないで。本当は泣いて縋りたいけど子供が居るならもうダメね」
「─っ」
「届はサインして部屋に置いておくわ。ちゃんと明日には出て行くから。じゃあ、荷物まとめるから行くわね」
「でも…でも…サリアン」
「さようならリグ。愛していたわ。今まで…ありがとう」
「…」
こうして私達は長い間繋いでいた筈の手を放ち、互いに違う道を歩む事になった。
*
私とリグは五歳年の離れた友人だった。彼は領主の息子で、私は商会の娘だった。私が十六歳の時に婚約を申し込まれ、交際を経て十八歳の時に結婚。それから三年。私達の間には子供が出来なかった。まだ三年。そう、思うけれど…
思うけれど…
彼は愛人を作ってしまった。子供が出来てしまったのだ。全て私の所為。早く子供を宿せなかった。
私の……所為。
だから貴方を解放してあげる。
高価な宝石も土地もお金も。結婚してから貰った物は何も要らない。
全部置いて行くわ。
今の貴方から奪うものは何も要らない。
リグ大好きだったわ。
家族に囲まれて微笑む貴方が見れなかった。それだけが…悔しいわ。
私は荷物を最小限にまとめる。彼と過ごした日々は短く無い。想い出もプレゼントされた物も沢山ある。でももう要らない。そう思っていたがその中で一つだけ…婚約した日に約束と一緒に髪に付けてくれたアメジストの花が付いた髪飾り。今でもあの時の記憶が鮮明に甦える…
「あなたも一緒に行く?」
過去の想い出にそう問うて静かにポケットに忍ばせた。離婚の書類は実はもう用意してあった。愛人が出来たと知った時に取り寄せた。いつか彼からこんな日を告げられるのではないかと思っていたから。ペンにインクを付けて重くて悲しいその紙に署名をしてからそれをインクが乾くまでボンヤリと眺めていた。
だって
しょうがないじゃない。
愛しているんだもの。
他の女の人に微笑む貴方なんて私には耐えられないの。抱き寄せてキスなんてしている所を見たらきっと壊れてしまうわ。貴方は私を愛してくれていたかしら?いつまで愛してくれていたのかな…簡単に裏切れる程度よね?
聞きたいけど聞いては…ダメね…
*
次の日の早朝。予め馬車を用意させて荷物を乗せてもらう。
まだ空は明けきってはいなかった。私は最後に薄暗い部屋の中で指に嵌めていた結婚指輪を外して離婚の届けと一緒に机の上に置いた、
たった三年しか付けられなかったブルーの宝石が付いた美しいそれを暫し眺める。彼の瞳の色。少しの光を反射して鈍い青が涙のように書類に落ちた。
「リグ、頑張ってね。これから大変よ?」
私は踵を返し領主の館から外に出る。馬車に乗り込み走らせた。貴方から貰うのはこの髪飾りだけ。私はそれを手に持ち口付ける。
あの日一生の愛を誓った約束の証。
馬車はやがて港町に辿り着いた。この領地は宙船の停泊出来る大型の停泊地を持っていた。いや、作らせた。
そこから昨日早馬で到着を知らせた商業宙船に乗る。
「お待ちしておりました。旦那様」
巨大商業船の艦長をしている妙齢の恰幅の良い男が礼をしながら近づいて来る。
「艦長。すまなかったわね、突然。…離縁する事になってね。長居したくなかったから急ぐ事になってしまった。今回の荷は全て積み込み済んでいるかしら?」
「それは…そうですか。ええ。すでに三時間前には」
「ありがとう。それでは出発しましょう。今回から私が商談に赴く事になる。現商会交渉人を全員後ほど私の部屋へ案内してもらえるかな?」
「承知致しました」
「それでは長旅に出ましょうか」
「はい旦那様」
私は艦内へと続く長いタラップに足を掛ける。この船は私が作らせた船だ。どうやら私には商談と先物を見るの能力が高いらしい。結婚する前から父と共に稼業を大きくしてきた。今父は大国にて爵位を賜り移り住んでいる。リグはあまりそう言った事に明るくは無い人だった。自分が管理している領地の事さえ管財人や、交渉人に任せてしまうような。
当然それは全て私が掌握した。彼には任せて置けなかった。だがそれは言わなかった。聞いて来る事も無かった。本当に…困った人だ。
私が管理し出して家計が潤うと早々に遊びが始まった。女遊びも。それでも私だけを愛してくれているのだと我慢もした。その間、着々と私の名で商談を重ね利益を出し続けた。
だが、やはりダメだった。結婚の相手ぐらい自分で決めると父に言い放ったあの日。後悔する事になる、と言われた。父はリグを認めて無かった。父の言う通りになった。
だが、それでも良い。
愛した事に後悔などしない。私に愛を教えてくれたのは彼なのだ。
こんなにも胸を突き刺す痛みを与えられるのは彼だけなのだ。
今はこの痛みを受け入れよう。熱く渦巻く悲しみを呑み込もう。冷えた憎しみを糧に進んで行こう。
リグ愛しているわ。
どうか
どうか…
私を失くした事を悲しんで。
自分の無能さに嘆いて。
悔やんで。そして
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