【完結】無能な元領主は有能な妻のペットになる事にした

平川

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2.提案

─三年後

 サリアンが会頭を務める商会兼支部も担う屋敷の執務室は、商業都市のど真ん中、規模も並ではないが街の中心部に位置し、東西と南の大通りがぶつかる所謂繁華街の中心にある。

「旦那様」

 そう黒髪の執事が明るい大きな窓から外を眺めていた彼女に呼びかけた。

「うん?どうかしたの」
「…とうとう領地取り上げになるようです」
「あら?そんなにまでなっちゃったの?お金でも持ち逃げされたのかしら?」
「ふふ、そのようですよ。管財人が逃亡中だそうで」
「ふーん…新しく雇った男ね。見つけられるかな?」
「ギラン国の高級酒場で豪遊している姿を確認されております」
「そう、じゃあ丁寧にこちらにご案内しておいて」
「畏まりました。後、今あの方が商会の受付の方に援助の申し込みをされているそうです」
「え!此処に?…へぇ?いったい何を担保に?」
「ご自身を、と」
「ふっ!」

 その返答を聞いたとたん艶やかな髪を揺らし前のめりに腹を抱えた彼女の美しい形の良い唇から笑い声が紡がれる。

「ふふふ。それは、ふふふ、ふふふふっ最高!」

 **

 私は震えた。

 ああ…やっぱり馬鹿な人。

「ふふっねぇ、今来てるのよね?」
「はい」
「そう。じゃあ、私が交渉しましょうか。連れて来て」
「よろしいのですか?その、あまり会頭に対面するような格好では無いようですが」
「ええ?どこまで落ちぶれちゃったの?もう!」

 本当しょうがない人ね。

「構わないから、連れて来て。それから侍女に言ってお風呂の用意と大きめのシャツにスラックス、下着も揃えて。それと食事の用意もね?」
「畏まりました」

 ねえ?たった三年よ?酷いわね。

 私は壁に掛かった姿見に自分の姿を入れてみる。
 [[rb:紅鳶色 > べにとびいろ]]の真っ直ぐな髪。色白の肌。濃いブルーの大きな瞳。紫に金の刺繍の入った身体の線を強調するマーメイドラインのワンピースドレス。
 美しい宝石を身に着け着飾った私。いつも何処でも優雅に華美に上品に見える様に。

 何故ならこの時を待っていたから…

 隙の無い洗練された私を見せ付ける様に毎日着飾って来たわ。

 それが貴方が手放した女…

 私は徐に引き出しからアメジストの花が付いた髪飾りを取り出して左に流した髪にそっと着ける。貴方から唯一貰って来た私達の約束の証。さあ、来てリグ。ボロボロでも良い。私が整えてあげる。

 『コンコンッ』

 やっぱりちゃんと飼わないとダメよね。

 『ガチャッ』

 愛でるだけじゃまた馬鹿な事しそうだし。

「お連れいたしました」

 そうね、檻でも作ろうかしら。

「あの…失礼します。私は…」

 深々と頭を下げつつ扉の前でそう挨拶しながら顔を少し上げた男に私は間髪入れずに質問をしてみる。

「ねえ?子供はなんと言う名前にしたの?男の子?女の子?さぞ可愛いのでしょうね?」

「…え?」
「ねぇ、リグマイアスさん?」
「え?…あ…っえ?」
「担保は貴方自身?何が得意?何が出来るの?」
「あ…あ…きみ…君は…サ、サ、リア…ン?」

 三年ぶりに見た彼の姿はそれは酷かった。金の髪は薄汚れ光を失くし空の瞳は濁っていた。頬がこけ痩せた無駄に長身の身体。しかも靴には穴が空いている。

「まぁ!なんて格好してるの?ふふっこれじゃあどこもお金なんて貸してくれないでしょう?返せ無さそうだものね。一体どうしたのリグマイアスさん。私と別れてから何があったのかしら?ああ…でもやっぱり…今更だし聞かない事にした方が良いわよね」

 私は笑顔を貼り付け執務デスクに寄り掛かりながら腕を組む。改めて彼の全身を目に入れた。一言で言えば見窄らしいその姿。三年と言う月日はそこまで長くはない筈なのに…彼は…

「まあ、いいでしょう。で、いくら借りたいの?お金を借りに来たのでしょう?」
「…サリアン…どお、して…」

 未だに私との再会に驚きを隠せないでいる彼に更に笑顔で答えてあげた。

「ああ、知らなかったわよね?私この商会の会頭をしているの。十二歳に一から立ち上げてね。もうあれから十年は経ってるわね。ああ、貴方と夫婦だった時もちゃんと領地管理も商会も回してたわよ?」
「…そうか。君が居た時は確かに裕福だったな。君は昔から才能の塊だったから…」
「私が家宰をしていたんだもの当然よ。まあでも、新しい奥さんだって勉強すればあれくらい出来たわ。特別な事じゃない。誰だってしている事よ」
「…そう、だな」

 被っていた草臥れた帽子をグニグニと揉みながら彼は目線を床に落として自傷気味に呟いた。

 ああ…嬉しいわ。その姿が見たかったの。

「ねぇ、子供はどうしたの?二歳にはなってるのよね?可愛いでしょう?貴方に似ているのかしら?」
「…いや、居ないよ。あれは…嘘だったんだ」
「え?」
「私は騙されていたんだ。…生まれた子は私の子じゃ無かった。浅黒い肌に黒い髪をして瞳も黒かった。彼女は白人だったしね…流石に私と関わりのある血筋では無いと一目で分かったから問い詰めたら…」

 そう言うと彼はクッと笑いながら瞳を閉じフゥッと息を吐いて顔を上げる。

 彼の…子じゃなかった?確かにあの後の事は直ぐに調べようとしなかったし…子供の情報は気持ち的に成る可く避けていた。没落も三年じゃなくてもっと掛かると思っていたけれど…じゃあ彼は今まで一人で?そんな…

「…帰るよ。すまなかった」
「帰る場所、あるの?」
「ふふ…首の皮一枚ってとこなんだ」
「リグ…マイアスさん」
「寂しいね。愛称で呼ばれなくなるのは」
「…呼んで欲しいの?」
「私にはその資格は無いから。担保は自分だと言ったけど、大して何も出来やしないからね。生きているだけ無駄なんだよ」
「そんな…そう、そこまで。あ、そうよ。リグマイアスさん、私丁度ね…」

 私は貴方より幸せになる。三年前に誓ったの。でも彼は…幸せな家族にはなってなかった。家族を得てはいなかったのだ…それを聞いた途端、私は混乱した。だから


「ペットを飼おうかと思ってたの」


 そう彼に言ってしまったのだ。
 妄想の中で彼をこけ落とし蔑みペットの様に檻に入れ愛でるだけの存在なんだと。彼は無能だ。領地経営など出来はしない。機転も危機回避も出来ず、優しいだけで信頼もされない。所謂騙され易い男。

「え?」
「なる?私のペットに?」
「サ…サリアン?」
「私だけの愛玩動物よ?そうね、衣食住は保証するわ。勿論お小遣いもあげる。だから私の横に張り付いていつでもどこでも私を守るの。素敵ね」
「……そんな…」

 明るく光の差し込む執務室。背に窓からの眩しい程の夏の陽射しを受けながら、私は口から出た言葉に後悔を感じる。空気は暑いのに心は冷えていく。

「ふっ…なんてね。嘘よ。何だかもう良いわ。胸が一杯。目標が無くなっちゃった。…私ね、貴方より幸せになってやろうと思ってたの。家族を作れた貴方よりね…まあ、お金は稼げるんだけど」
「……」
「人間って不思議よね?一度愛を知るとまた欲しくなる。寂しいって思うようになるのね悔しいわ。ふふ…ねえ、リグマイアスさん。お金貸してあげるわ。昔のよしみでね。利息も無しにしてあげる。何も要らないわ。貴方からは何も貰わない」
「…何故?」

 私は髪に着けていた今までで一番重たく感じる髪飾りをパチンと外してリグに差し出した。

「これ、返すわね。売ったら少しはお金になるでしょう。貴方から貰ったものはこれだけよ。貴方と私の約束の証。でも、とっくに無くなってしまった約束だから。もう必要ないわね」
「君は…屋敷を去ってから一人で生きてきたのか?」
「…そうね。忙しかったし。前だけ見て走って来たわ。私頑固なの。そうだ、聞きたかったの…ねえ?」

 私に愛を教えたのは貴方よ?

「私の事…少しは愛してた?」

 あの日

 聞きたかった質問を最後にしたかった。彼は優しいから…きっとこう言うだろう。

「サリアン…ああ。愛していた。出会った日の事もちゃんと覚えてるよ。君は誰よりも可愛くて…綺麗で。私はその深い紺碧の瞳に一目惚れしたんだ」
「貴方と初めて出会ったのは八歳くらいの時よ?…でも嬉しいわありがとう。これでもう思い残す事も無いわ。愛されていたんだって…わかった、から」

 私はデスクの上に乗っていた薄っぺらい一枚の紙を彼に渡す。

「私が商会へのお金の引き出しに使う書類よ。サインしてあるわ。好きな額を書き込めば良い。領地経営に詳しいうちの人間も貸してあげる。ちゃんと勉強してね」
「サリアン」
「さよならリグマイアス。また会えて良かった。貴方に幸せが訪れますように」

 そう言って私はスッと目を閉じた。もう彼の顔は見れなかった。グゥと喉が鳴るのを必死で抑える。

 早く行ってしまって
 涙が溢れてしまう
 見ないで
 貴方に見られたく無いの

 どんなに着飾ったって何にも変わらない。私の心を持って行ってしまったまま、貴方は私じゃない人を抱き愛を囁いたのだろう。嫉妬で狂い泣き叫ぶ感情を抑え付けて私は一人で生きてきたのだ。

 どうすれば良かったなんて解らない。愛人が出来たと知った時、もう私は壊れていたのだ。きっと、憎んでいた。
 でも彼の不幸を喜び陥れる事なんてやっぱり私には無理。

 もう疲れ果てていた
 私の心が愛した人に裏切られた事に
 繋ぎ止めて置けなかった自分に

 ああ、楽になりたい…
 楽にさせて
 醜い自分ももうウンザリ
 憎しみも悲しみももう十分味わった
 もう息を…するのも疲れた。
 海にでも沈もうか

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