モーリ・メアの物語

とある老人

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第1章

本当の結末3

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「そういえば、」
ラングはせっせとハンカチで氷の槍を包みながら、口を開く。
「この前、古の話の続きをどこかで見たって言っただろ。実はさ、これ。」
一通り包み終わった槍を片手で優しく抱えると、もう片方の手でポケットから小さく折りたたんだ紙を取り出した。紙は黄ばんでおり、随分と古びているように見えた。
「モーリ、読んでみろよ。」
にやりと悪戯な笑みを浮かべるラングから手渡された紙を丁寧に広げると、達筆な、細く柔らかな美しい文字がそこに並んでいる。
(あれ?)
ふと、その紙を見た瞬間に何か違和感を感じた。どこに違和感を感じたのか。おそらくそれはそこに書いてあった内容だろう。そこには、モーリの知らない古の話のもう一つの結末がそこにあった。



神が教えた<最大の魔法>を求め、多くのものがその在処を必死に探した。ある者は世界の果てまで大陸を跨ぎ探し、またある者は海の底まで泳ぎ探し、ある者は地中の奥深くまで穴を掘り探した。しかし、どれだけ者が探そうとも、神が残し秘宝を見つけることは出来なかった。ある日のこと。3回目の春が来たとき、信仰深いある少年が、赤い小さな実を神殿の前に捧げていた。一人の少女が少年になにをしているのかと問いかけた。少年は悲しそうな顔で少女の方を振り向き、僕の大切な友がもう随分と目を覚まさない、苦しそうにしている、と言った。ぽとりと少年の手から赤い実が落ちた。少女はその実を拾い上げると、そんなに友に逢いたいのなら魔法を唱えれば良いと微笑んだ。少年は急いでうちに帰り、魔法を唱えた。次の瞬間外から差し込む柔らかな光が少年を包むと、友が穏やかな顔でそこに立っていた。少年は涙を流し喜びながら、友と手を取り合った。



見たことのない結末。アルフォンス先生は知っていたのだろうかとモーリは首をかしげた。
(いや、知っていたのならば、この前の授業の時に少なくとも話はしているはず・・・。先生も知らない結末?そんなものが、本当に?)
本当にこれが古の話と関係があるのだとすれば、何故、誰も知らないのだろうか。妄想の可能性もある。きっと誰かが面白半分に書いたのだろう。モーリは紙を優しく元通りに折りたたむとラングに手渡した。
「どう思う?本当に、<最大の魔法>なんてあると思うか?」
ラングは返された紙をポッケに入れながら、モーリに問うた。
「どう思うって・・・。先生ですらこんな話があるだなんて教えてくれなかったし、もしかしたら、先生がそもそも知らないのかもしれない。ということは・・・うん、僕が思うに、多分誰かが勝手に書いた作り話じゃないかな。」
「そりゃ、そうだろうな。でも、誰も知らないからこそ、どれが真実かなんて分かりゃしない。この話、嘘じゃなかったとしたら、すごく夢のある話だぞ。」
「どうして?この魔法がどうなったかなんて分からないのに?」
ラングは興奮していた。両手を大きく広げて、星のようにきらきらした瞳でフガフガと鼻で一生懸命息をしながら、「そんなの!」と言った。
「魔法が叶ったに決まってる!!見ただろ?この話に出てきた少年の友は重い不治の病にかかっていたに違いない。いや、もしかしたら、このときは既に死んでいたのかもしれない。・・・そうだ。きっとこの魔法は本当に何でも叶う魔法かもしれない。この少年の友は魔法によって死から生き返り、少年は友と会うことが出来た。この魔法こそが、<最大の魔法>、神が残した秘宝なんだ!!」
ふーふーっと鼻から息を吐き出しながら、顔を真っ赤にしていた。モーリはふっと微笑むと、「おとぎ話かも」と小さく呟いた。ラングはふうっと大きく息を吸うと穏やかな顔で遠くの空を見上げた。
「いいさ。おとぎ話でも。可能性がゼロなんじゃない。それなら、とことんいろんな場所へ行って、とことん探し尽くしてやるさ。・・・いつか、きっと、見つけてやる。」
誰に言っているわけでもなさそうだった。むしろ、自分に言い聞かせているようだ。
「ふふ。それなら、僕も君に着いていきたいなあ。いろいろな事を知るんだ。どんな文化があって、どんな理屈や法則・・・・言語もきっと僕の知らないものがあって。楽しいだろうなあ。」
「まあた、そんなことばっかりか。少しは魔法にも興味を持てよ。」
「もちろん、魔法にだって興味はあるさ。そうでなきゃ、この槍だって作れなかったでしょ?」
「ふん。こんなくらい、俺だって。」
つん、と槍をつつくと、コーンと鉄琴のような澄み切った音を立てた。氷の槍を通して、ラングのすねた顔がはっきりと見て取れる。くすくすと笑っていると、ゴーンゴーンと村にある教会の鐘が鳴った。
「あーあ、もうこんな時間かあ・・・。」
いつの間にか茜色に染まった町を見渡しながら、ラングはつまらなそうに呟いた。いそいそと氷の槍を肩に担ぎ上げ、「じゃ。」と短く呟いた。モーリもそれに答えるように小さく手を挙げ、ふるふると振った。
「また、明日。」
「おう。明日な。」



帰路に就いている中、モーリは、ラングから見せてもらった話の結末について考えていた。
(神が残した秘宝・・・。<最大の魔法>?友が生き返るなんて、蘇生魔法?・・・黒魔法じゃない。黒魔法だったら、神話には決して残らない。)
うーん、と首を傾げ、頭を掻きむしる。これが<最大の魔法>であるとすれば、確かに可能だろう。問題は、なぜ、この結末が知られていないのか。モーリは考え続けた。だんだんと視線は下に落とされ、石畳の小道が延々と続くのが見える。
(そもそも、アルフォンス先生はこの結末すら知らないのならば、やっぱり、誰かが思いつきで書いたということだ。うーん、でも、なんでラングはそんなもの持っていたのだろう・・・)
そこまで考えてモーリははっと思い出した。
(そういえば、あの紙にある字・・・。ラングの筆跡じゃない。それに、あの紙。随分と古びていた。きっとラングの生まれる前に書かれたものだ。・・・もしかして、ラングのお父さんとか?)
「お坊ちゃま!!心配しましたよ!!」
思わず、顔を思いっきり上げる。稲妻を切り裂くような甲高い声が、モーリが家の前にいることを気づかせてくれた。目の前にはがっしりとした体型の年配の女性が腕を腰に当てて立っていた。彼女はモーリの乳母であり、女中の長でもある。普段は糸のように細い目が、今はまん丸に見開かれている。眉は限界まで上げられていて、一目で彼女が大層怒っていることが分かった。
「考え事ですか!?全く、一体こんな時間まで何をしていたんですっ。」
「え?あれ?いつの間にこんなに暗く・・・?」
「何を呆けているのです!辺りを見れば分かることではないですかっ。」
きんきんと鼓膜を痛めつける。夕方に村をでたはず。それでも、周りはすっかり暗くなっていた。
「ごめんなさい、イスリ。ちょっと考え事をしていて・・・。」
「ええ、ええ。そうでしょうとも。・・・まったく。考え事をするのは結構ですが、没頭しすぎないように。良いですね?」
彼女は大きな扉を開き、モーリを先に家に入れさせた。
「旦那様は今、仕事のため、おりません。お戻りは明日です。どうです?久しぶりに、ホットミルクと、暖かいアップルパイでも食べますか?」
「え、いいの?」
「旦那様には内緒ですよ。」
にっこりと悪戯っぽく笑うと、人差し指を口の前でピンと立て、片目をぎゅっとつむる。イスリがコメルフォンに内緒で何かを企んでいるときによくする顔だ。
「お母様のリンゴ園で美味しいリンゴがなりましたんでね。腕によりをかけて、パイを準備してありますよ。さあ、お部屋に持って行きますから、着替えていらしてくださいな。」
「うん!ありがとう!!」
モーリは急いで、部屋に戻り、いそいそと寝間着を引き出しから取り出した。さっそくそれを着ようとシャツのボタンを外していると。
「あら、貴方、こんなところで何をしているの?」
突然、鈴の鳴るような声が耳元から聞こえた。モーリがびっくりして思わず声のする方へ振り向くと、そこに透明な羽根をつけた小さな女の子がきょとん、と顔を傾げ、空中に飛んでいた。
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