付く枝と見つ

彼方灯火

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第32部 “

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「どうして、その社は壊れてしまったの?」シロップは質問した。

「分かりません」社の中に腕を入れ、その天井を下から覗き込みながら少女は応える。「でも、物が壊れることは、そんなに珍しいことではありません。使っていれば必ず壊れます。壊れたら、修理すれば直ります」

 そうかもしれない、とシロップは思う。壊れたら修理できないのは、人間だろうか。

 暫くの間、少女はそうやって社の修理を行っていた。金属と石壁が接触する音が聞こえた。少女は、しかし、その手の作業に慣れているようだ。よく壊れる社なのかもしれない。それはそれでデザインに問題がある気もするが。

 物の怪とは何だろう、とシロップは疑問に思っていた。物が化けたものを物の怪というのだと少女は言った。ここで問題となるのは、その、「物」、とは何かということだ。物理的に質量を伴った物体のことを指すのか、それとも、「もの」、とでも表記できそうな、存在として捉えられるすべての対象を広く指すのか、どちらだろう。

 化け物の正体が人間の情であることが、往々にしてある。その場合、その情が生じる原因となった事態に対して何らかの対処を行えば、化け物は消える。この場合、「事態→情→化け物」という流れがあり、情というものが不定形であり、人に認識されにくいから、化け物という定形となって姿を現すと考えられる。

 情の正体とは何だろう?

 情が化け「物」になるということは、情はもとは物ではないのか?

「そうそう。私は、サヤといいます」唐突に少女が言った。「貴女は?」

「シロップ」瞬時に意識を現実に戻して、彼女は応える。「名前が、どうかした?」

「いえ、特には」少女は言った。「一応、知っておいた方がいいかと思って」

「誰にとって、何がいいの?」

「分かりませんが、なんとなく」

 情は、もしかすると、明確に化け物として存在するのではないのかもしれない。むしろ捉える側に原因があるのではないか? 情というものが捉えにくいから、それらを化け「物」として捉えようとするのだ。

「物の怪って、何?」シロップは質問した。

「物の怪は、物の怪です」サヤは答える。「簡単に言えば、この世界の物質を構成するルールを逸脱して形成されるもののことです」
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