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第5部 語
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「君が書く小説は、どうも面白くないな」友人が言った。
暖房が利いたコンビニの中。ホットココアを啜りながら、友人は本のページを捲る。店内にいるというのに、上着を脱ぐこともせず、マフラーも首に巻いたまま、彼はそこに鎮座している。いつもながらの重厚感だったが、今日はより一層仏像に近づいているように思えた。
「そうかい」そう言って、カレは買ってきたばかりのチーズのフィルムを剥がして、それを食べる。「いつものことだ。やっぱり、僕に小説を書くなんて、向いていないんだよ」
「ずっと前に書いたやつは良かったな」友人は話す。「どうして、無理してSFなんて書こうとするんだ? もっと、純文学的だったじゃないか」
「純文学なんて、意味がない」
「意味がない? それはまた、どういう意味だ?」
カレは大きく息を吐き出す。説明するのが面倒だ、という意思表示のつもりだったが、おそらく友人には伝わらないだろう、と彼は判断した。いや、本当は伝わっているのかもしれない。分かっているのに分からない振りをしている可能性も、大いにありえる。そんなふうに余計な詮索をするのは、彼からバッシングを受けたからではない。
「自分の内を曝け出すだけだからさ」カレは友人の問いに答えた。「それは、自分を慰めているだけにすぎない。本当の自分を曝け出すことで、人に認めてもらいたいだけだ」
「それだからこその純文学だろう」
「それが嫌だと言っているんだ」
友人はまた紙面に視線を落とす。途中で紙コップを手に取ったが、とっくに中身が空になっていたことに気づいて、さりげなく机上にコップを戻していた。カレはなんとなくそんな様を見つめる。
「SFを書こうとしているのに、結局のところ純文学になっていると思うね」やがて顔を上げて、友人は言った。「それが君が書きたいものだからじゃないのか? いくら偽装しても、本当のところは文章に滲み出てしまうものだ」
「ほっとけよ」カレは呟く。
「ほっといてもいいが、ほっといたらほっといたで何とか言ってくるんだろう?」
「言わないね」
「口では言わないが、文字では言ってくる」にやりと笑って、友人は話す。「紙媒体ではなくて、デジタルの方で叫ぶじゃないか」
カレは立ち上がり、コンビニの出入り口へ向かう。
「帰るのか?」
と、背後から声。
カレは答えないで、店の外に出る。
空は微妙に曇っていた。気温はかなり低い。友人ほどではないが、もう少し着込んでくれば良かったと、カレは後悔した。けれど、彼の後悔が後々役に立つことはあまりない。数日後にまた同じ過ちを繰り返す。
そう、繰り返す。
同じことを繰り返す。
同じような作品を書く。
それは、それだけ自分がずっと同じ状態にある、ということか?
それとも、自分には自分を超える作品を作ることなどできない、ということか?
背後から友人が走ってきて、カレの隣に並んだ。上がった息を落ち着けようと、肩を大きく上下させている。そのまま地面に埋まってしまいそうな勢いだった。
「お前は、最近何か書いているのか?」カレは尋ねた。
「いいや、何も」そう言って、友人はカレに本を返す。カレはそれを受け取った。「まだまだこれからだ。最近、何も思いつかなくてね。今はネタ探し中なんだ。そうだ。君、何かいいネタを持っていないか?」
「ネタがないと書けないのか?」
「そりゃあ、そうだろう。きちんとした寿司を作るためには、きちんとしたネタが必要だ。もちろん、シャリもだが」
友人の考え方が、カレには妙にいけ好かなく思えた。ネタがないと書けないとなると、一生何も書けない可能性もある。それに比べれば、ネタがなくてもとにかく書けば、死ぬ前に作品の一つや二つを書ける可能性はずっと高い。
友人が言っていたことの意味が、少しだけ分かったような気がした。
自分には、きっと、物凄い作品を作ってやろうという気がない。
自分でも満足できて、世間にもヒットすることが確信できるような、そんな大作を作りたいと思わない。
ただ、書きたいだけだ。
文字が好きなだけだ。
キーボードを叩きたいだけだ。
たとえ、誰にも読まれないとしても。
そうやって、叩くことを続けたいだけだ。
それは、すなわち、生活、ということ。
生きる、ということ。
生きるというのは、やはり、物体ではなくて、運動だろうか。
静止していないだろうか。
なんとなく、運動な気がする。
その方が、良い気がする。
二人が歩く数十メートル上の空を、翼を携えた天使が通り過ぎていった。影が頭上を過ぎった気がして、カレは顔を上に向けたが、もう、何も見えなかった。
またしても、失敗。
だから、始めに戻って、とりあえず、細工でもしておこう。
内容がないものを、内容があるように見せかけてしまおう。
そうすれば、この作品も無駄にはならないだろう。
実験の被験者にしてしまおう。
暖房が利いたコンビニの中。ホットココアを啜りながら、友人は本のページを捲る。店内にいるというのに、上着を脱ぐこともせず、マフラーも首に巻いたまま、彼はそこに鎮座している。いつもながらの重厚感だったが、今日はより一層仏像に近づいているように思えた。
「そうかい」そう言って、カレは買ってきたばかりのチーズのフィルムを剥がして、それを食べる。「いつものことだ。やっぱり、僕に小説を書くなんて、向いていないんだよ」
「ずっと前に書いたやつは良かったな」友人は話す。「どうして、無理してSFなんて書こうとするんだ? もっと、純文学的だったじゃないか」
「純文学なんて、意味がない」
「意味がない? それはまた、どういう意味だ?」
カレは大きく息を吐き出す。説明するのが面倒だ、という意思表示のつもりだったが、おそらく友人には伝わらないだろう、と彼は判断した。いや、本当は伝わっているのかもしれない。分かっているのに分からない振りをしている可能性も、大いにありえる。そんなふうに余計な詮索をするのは、彼からバッシングを受けたからではない。
「自分の内を曝け出すだけだからさ」カレは友人の問いに答えた。「それは、自分を慰めているだけにすぎない。本当の自分を曝け出すことで、人に認めてもらいたいだけだ」
「それだからこその純文学だろう」
「それが嫌だと言っているんだ」
友人はまた紙面に視線を落とす。途中で紙コップを手に取ったが、とっくに中身が空になっていたことに気づいて、さりげなく机上にコップを戻していた。カレはなんとなくそんな様を見つめる。
「SFを書こうとしているのに、結局のところ純文学になっていると思うね」やがて顔を上げて、友人は言った。「それが君が書きたいものだからじゃないのか? いくら偽装しても、本当のところは文章に滲み出てしまうものだ」
「ほっとけよ」カレは呟く。
「ほっといてもいいが、ほっといたらほっといたで何とか言ってくるんだろう?」
「言わないね」
「口では言わないが、文字では言ってくる」にやりと笑って、友人は話す。「紙媒体ではなくて、デジタルの方で叫ぶじゃないか」
カレは立ち上がり、コンビニの出入り口へ向かう。
「帰るのか?」
と、背後から声。
カレは答えないで、店の外に出る。
空は微妙に曇っていた。気温はかなり低い。友人ほどではないが、もう少し着込んでくれば良かったと、カレは後悔した。けれど、彼の後悔が後々役に立つことはあまりない。数日後にまた同じ過ちを繰り返す。
そう、繰り返す。
同じことを繰り返す。
同じような作品を書く。
それは、それだけ自分がずっと同じ状態にある、ということか?
それとも、自分には自分を超える作品を作ることなどできない、ということか?
背後から友人が走ってきて、カレの隣に並んだ。上がった息を落ち着けようと、肩を大きく上下させている。そのまま地面に埋まってしまいそうな勢いだった。
「お前は、最近何か書いているのか?」カレは尋ねた。
「いいや、何も」そう言って、友人はカレに本を返す。カレはそれを受け取った。「まだまだこれからだ。最近、何も思いつかなくてね。今はネタ探し中なんだ。そうだ。君、何かいいネタを持っていないか?」
「ネタがないと書けないのか?」
「そりゃあ、そうだろう。きちんとした寿司を作るためには、きちんとしたネタが必要だ。もちろん、シャリもだが」
友人の考え方が、カレには妙にいけ好かなく思えた。ネタがないと書けないとなると、一生何も書けない可能性もある。それに比べれば、ネタがなくてもとにかく書けば、死ぬ前に作品の一つや二つを書ける可能性はずっと高い。
友人が言っていたことの意味が、少しだけ分かったような気がした。
自分には、きっと、物凄い作品を作ってやろうという気がない。
自分でも満足できて、世間にもヒットすることが確信できるような、そんな大作を作りたいと思わない。
ただ、書きたいだけだ。
文字が好きなだけだ。
キーボードを叩きたいだけだ。
たとえ、誰にも読まれないとしても。
そうやって、叩くことを続けたいだけだ。
それは、すなわち、生活、ということ。
生きる、ということ。
生きるというのは、やはり、物体ではなくて、運動だろうか。
静止していないだろうか。
なんとなく、運動な気がする。
その方が、良い気がする。
二人が歩く数十メートル上の空を、翼を携えた天使が通り過ぎていった。影が頭上を過ぎった気がして、カレは顔を上に向けたが、もう、何も見えなかった。
またしても、失敗。
だから、始めに戻って、とりあえず、細工でもしておこう。
内容がないものを、内容があるように見せかけてしまおう。
そうすれば、この作品も無駄にはならないだろう。
実験の被験者にしてしまおう。
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