舞台装置は闇の中

羽上帆樽

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第1章

第2話 持続

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 リビングに入ってシャッターを持ち上げ、陽光を室内に取り入れる。今日は晴れていた。月夜はどちらかというと雨の方が好きだが、天気に文句を言っても仕方がないので、言わないことにしている。それで変わってくれるなら、口にすることもあるかもしれない。

 冷蔵庫を開けてお茶の入ったボトルを取り出し、コップに入れて少量を飲む。冷たくて、お茶の味がした。コップを持ったままリビングに戻り、ソファに腰を下ろす。

 彼女の家には彼女一人しかいない。両親はずっと前からいなかった。ずっと前というのがいつからなのか、彼女は認識していない。もしかすると、生まれたときからいなかったかもしれない。

 フィルが月夜の膝の上に乗る。

 彼女は前を向いたまま手だけ動かして、彼の柔らかい背中をそっと撫でた。

「今日の予定は?」フィルが尋ねてくる。

「学校に行く」月夜は答えた。「さっきも言わなかった?」

「そうだったかな」

 この部屋にテレビはない。新聞もとっていないので、社会情勢はほとんど分からない。月夜は携帯電話は持っていたが、かなり昔の折り畳み式のもので、電話をする以外にはメールを送るくらいしか機能がなかった。

「そうやって、社会と隔絶された状態で生きるのも、いいかもな」

「学校に通っているんだから、隔絶された、というのは違うと思うけど」

「では、関係が薄いと言い直しておこう」

「関係……」

「一つ一つの言葉の意味を探ろうとすると、全体が見えなくなるというのは、よくあることだ」

「フィルは、よく、そうやって、一つ一つの言葉の意味を探ろうとするの?」

「よく、ではないな」

「では、よくあることだ、の、よく、とは?」

「それが、一つ一つの言葉の意味を探ろうとする、ということでは?」フィルは顔を上げて、少し不敵に笑った。

「なるほど」月夜は頷く。「そうかもしれない」

 今は午前五時四十分で、もう少ししたら月夜は家を出るつもりだった。そんなに早く学校に行く必要はまったくないが、それが彼女の習慣だった。遅く行くのは問題だが、早く行って損をすることはない。場所に拘りがある者は、そう簡単に割り切れないかもしれないが。

 月夜はフィルを抱えて立ち上がり、リビングの中をうろちょろする。本当は、そうする役目はフィルの方が似合っているように思えたが、月夜にもどこか気分屋なところがあった。そう自分でも思ってみたが、果たして、気分とは何だろう、と彼女は思った。
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