舞台装置は闇の中

羽上帆樽

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第17章

第163話 左に始まり右に終わる

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 山道をずっと進んだ。ルゥラの足取りは軽く、運動できることを喜んでいるように見えた。月夜も別に足取りは重くない。いつもと違う空間に身体を晒すのは面白い。フィルが散歩を日課とする理由が少しだけ分かるような気がした。

 分かれ道に差しかかる。

「どっち?」

 先を行くルゥラが立ち止まって振り返る。

 月夜は無言で正面に続く道を指さした。月夜の指示を受けて、ルゥラはまた一人で先を行く。

 生き物の気配が感じられるが、どこにいるのか分からなかった。姿を目にした瞬間に気配は消えてしまう。そうすると、気配とは視覚を除いた他の感覚器官で受容される情報の総体ということになる。この推察はまったく論理的ではない。途中の段階を省いたからだ。

 自分はあまり論理的に思考しないようだ、と月夜は自己分析する。前々からそんな予感はしていた。すべきときにはするが、すべきときでないときにはしない。では、すべきときとはどんなときだろう。彼女の推測では、他者から判断を求められたときにその傾向が強くなる。自問自答する場合は自問する側が他者と同値となるので、他者から判断を求められた場合と出来事自体は変わらない。

 左から順に考えていけば誰にでも理解できるとき、その理屈は論理的だといえる。難しい装いで書かれた書物の文面や、如何にもそれらしい衣装を纏った人物が口にする言葉をそう呼ぶのではない。しかし、世間一般的にはそうしたイメージが定着している。だから、もう少し論理的に考えてはどうかと提案すると、科学者じゃないんだからと笑われる。

 人が一般的に行う思考の在り方を科学的という。科学とはそういうものとして定義されたはずだ。

 基本的に、人間のコミュニケーションでは、プロセスの途中段階を省くと他者に理解されない。理論の飛躍があるからだ。論理的とは同時に科学的ということでもある。証明をする際に途中式を書くのはそのためだ。答えが分かれば良いのではない。むしろ逆だ。途中式さえあれば、たとえ答えが書かれていなくても自ずと導かれる。答えだけあっても途中式は導かれない。

「随分と科学的なことを考えているようだ」

 隣から声がかかってきて、月夜の思考は中断された。

「フィルは科学的?」月夜は足もとを歩く黒猫に尋ねる。

「さあ、どうだろう」フィルは首を捻る。「科学的な気分というのは想定できるのかな」
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