舞台装置は闇の中

羽上帆樽

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第19章

第185話 停滞する空気と衰退する呼吸

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「では、そういうことで」

 突然月夜に背を向けて、真昼はその場から立ち去ろうとする。手をひらひらと振ってさよならの合図を送ってきた。

「どういうこと?」月夜は尋ねる。

「もう、お話はお仕舞い、ということ」後ろを向いたまま真昼は答える。「検討を祈る」

「もう少し、話したい」

 月夜がそう言うと、真昼は顔だけ後ろに向けて彼女を見た。

「正直なことを言う月夜を見られるのはなかなかレアだけど、今は駄目だ。ほかにやるべきことがあるだろう?」

 視線を逸らし、月夜は考える。考えるまでもなく、彼が言う通りだと分かった。どうしてそんなことを言ってしまったのだろう、と考える。

「うん」横を向いたまま月夜は頷いた。

「じゃあね」

 空中に飛び上がり、抱えていたフィルを月夜に手渡して、真昼は消えていった。本当に、消える、としか表現できない現象だった。音楽と同じだ。それが終わったときには、その少し前に本当に音が鳴り響いていたのか否か、分からなくなる。

 月夜の腕の中に収まったフィルが、頭を捻って彼女を見上げる。

「大丈夫か?」

 フィルを見て、月夜は応える。

「何が?」

「精神が」

「精神は大丈夫だと思われる」月夜は頷いた。「身体は、どうか分からない」

「なんだ? 腹でも痛いのか?」

「腹ではなくて、胸」

 街灯の明かりが消え、二人を立ち止まらせていた因子がなくなる。皿によって行く先が示された道を、また進むことになる。

 下り坂を歩いていると、ときどき不思議な感覚に襲われることがある。特に、その道がカーブしていて、辿り着く先が見えないときにそうした感覚になる。自分が本当にこの星の住人であるのか、体感的に分からなくなるのだ。もしかすると、坂道を下った先は坂の頂上に繋がっていて、いつまでも、同じ場所をぐるぐると回ることになるのではないか。そんな訳の分からない、突拍子もない発想が、頭を占拠することがある。

「さあ、行こう」月夜に抱えられたまま、フィルが言った。

「もう、行っているのでは?」

「そうだな」

「では、どういう意味?」

「別に意味はない」

 澄んだ冷たい空気が頬を撫でる。人間の服は、少なくとも、手先と顔だけは外部に晒される構造になっている。動物は身体全体が体毛で覆われているから、その点では異なる。

 なんとなく思いついて、フィルの頬に自分の頬を触れさせた。

 そして発生する静電気。

「痛い」フィルが呟いた。
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