舞台装置は闇の中

羽上帆樽

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第20章

第195話 『 』

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 物の怪が赤い目で月夜を睨みつける。睨みつけられたが、月夜は特に怖じ気づくことはなかった。たぶん、普段から同じような目で他者を睨んでいるからだろう。だから彼女には誰も近寄らないし、自分からも誰かに近寄ろうと思わない。

 ただし、それは他者を拒絶しようとしているのではない。他者を遠ざけようとしているだけだ。遠ざけようとするのは、近づくと互いに傷つくことを知っているからだ。傷つくことを知っているから、近づくことがないように対応策が必要になる。そのために他者を睨みつける。

 その根本には、本当は他者に近づきたい、という心理がある。

「怯えている」月夜は言った。「何か、怖いの?」

 月夜の言葉を聞いても、目の前の物の怪は応えない。しかし、何も考えていないようには見えなかった。

「言っても無駄だ」月夜の腕の中でフィルが諭す。「相手は物の怪だ。お前の言葉が通じるか知れたものではない」

「理解しようという気があれば、いずれ通じるのでは?」

 月夜がそう言うと、フィルは何も言わなくなった。理想論だと思われたかもしれないが、あらゆる物事の達成は、まず理想を掲げるところから始まるわけだから、何も間違えていないはずだ。

「ルゥラは、私に頼ろうとしたんじゃないの?」

 物の怪は答えない。

「だから、私を殺そうとはしなかったんじゃないの?」

 物の怪は答えない。

「私と一緒にいたかったのでは?」

 物の怪は答えない。

 二人の間には多量の皿が浮遊している。視界は遮られているが、宙に浮かぶ赤い目だけはよく見えた。それだけで充分だからかもしれない。しかし、月夜はもう少し相手の姿を見たいと思った。

 宙に舞う皿を手で掴んでみる。先ほど触れて分かっていたように、掴んだ掌から煙が立ち上り、皮膚の表面が薄く黒く焦げついた。

「月夜」

 フィルが抑止しようとするが、月夜は応えない。

 最初の内は痛かったが、一度焦げてしまえばあとはどうということはなかった。それ以上は何も起こらない。死ぬより酷いことがないのと同じだ。これ以上の変化は、少なくとも人の世界では想定されていない。

 掴んだ皿をそっと地面に置き、もう一度同じことを繰り返す。何も感じなくなっているから、何度でも繰り返せる。だからもう一度繰り返し、繰り返すことを繰り返し、繰り返すことを繰り返す。
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