舞台装置は闇の中

羽上帆樽

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第22章

第219話 在るか否か

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 少しだけ、右手の皮膚が痛んだ。意識を失いそうになったとき、フィルに引っ掻かれたからだ。ガーゼを貼っておいたが、まだ血液が滲んでいた。猫に引っ掻かれると病気にかかる可能性があるらしいが、そうでなくてもその可能性は常にあるし、第一、フィルは猫ではなく物の怪なので、その考え方が適用できるか分からない。

 今日も休日だから、学校に行く必要はない。一週間という捉え方に人間は縛られている。縛られているというと、何だか悪いような感じがするが、その縛りがあるからこそ、ある程度自由に動くことができるともいえる。真に自由な状態というのは、如何なる束縛もないことを意味しない。それでは、自由という概念そのものがなくなる。あくまで制限があってこその自由なのだ。一週間という捉え方がなければ、この一週間の内に本を読み切ろう、ということができない。

 フィルと一緒にウッドデッキに立っていた。雨上がりの地面はぬかるんでいて、だから外に洗濯物を干すのはやめておいた。蝉の声がちらほらと聞こえる。まだ湿度は高くなかった。水が蒸発していないからだ。太陽が完全に昇って気温が高くなれば、きっと蒸し暑く感じられるだろう。

 この国で景観を眺めているとき、普通は、電線の存在は意識されない。けれど、一度電線に注目すると、どこを見ても空に線が入っているように見える。電線の影響を受けない場所を探すのは難しい。もちろん、山に上ればそんなことはないが、山には鉄塔が建っている。

 自然と人工の対立が生じたのはいつ頃のことだろう、と月夜は考える。この種の二項対立は、近代化とともに生じることが多いが、そうすると、自分が生まれる二百年ほど前ということになるだろうか。しかし、明確に提示されなくとも、人間はかなり昔から自分たちが作ったものとそうでないものを区別していたはずだ。そう考えた場合、両者の対立は人間の歴史の深くに根付いていることになる。

 自然と人工の中間はあるだろうか。

 暫く考えて、人間がその位置に存在するだろうな、と月夜は気がついた。

「物の怪はどうする?」

 隣に立つフィルに問われ、月夜は彼を見る。

「自分たちに操作できないものは、自然と捉えられるのでは?」彼女は答えた。「つまり、物の怪や、怪物の類は、自然」

「しかし、それらは、おそらく人間の世界にしか存在しない」

「少々、話のレベルが混ざっているような気がする」
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