【完結】365日後の花言葉

Ringo

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悪夢の夜会 sideフリードリヒ

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「ジュリエンヌ!!…っ、離してくれ!!なにをっ、なにをしているっ!!マリーベル嬢っ!!」


 華奢な体のどこにこんな力があるのかと疑うほどに強く抱きつかれ、引き剥がしたいと思うも令嬢に対して強く抗うことも出来ず、けれどギリギリの力加減で抵抗を試みる。


 (いい加減にしてくれっ!!)


 家同士の付き合いも古く、幼馴染みがいるモナクール公爵家で開かれていた夜会の終盤、酔いを覚ます為に庭へ出てこの四阿まで歩いてきたはず。

 この庭園にはジュリエンヌの好きな薔薇が咲き誇っており、彼女が好んで使っている香油と同じの香りに包まれて…急激な眠気に襲われてしまった。

 3ヶ月後に控えている結婚式の準備に加え、少しずつ引き継いでいる領地経営の忙しさから抱えていた睡眠不足が故に。

 少しだけ…愛してやまない婚約者の香りに包まれて眠ろう、そう思ったところまでは覚えている。


『ジュリエンヌ様っ!!』


 聞き覚えある女性の悲鳴じみた声に意識が浮上し、変わらず漂う薔薇の香りと、唇に感じる柔らかな感触に愛しさが込み上げた。


 (ジュリエンヌだと思ったから…っ!!)


 自分の情けなさに後悔が襲う。

 たとえ寝惚けていようが愛する人と他者の温もりを勘違いするなんて、ましてその相手が、幼い頃から恋情を押し付けるように寄せてきている令嬢ならば尚更あってはならないこと。


「ちょ、マリーベル嬢っ、なにを!!離してくれ!!これは違う!!ジュリエンヌ!!違うんだ!!…っ、いい加減にしろ!!マリーベル嬢!!離れてくれっ!!」


 迂闊だった。

 どれだけ抗議をしても、常に緑色のドレスを纏うマリーベル嬢…その彼女が今夜も付かず離れずの距離に常にいたことは気が付いていたのに…っ!!

 蹲り、悲愴に顔を歪め大粒の涙を流しているジュリエンヌの傍に行きたい…っ、けれど思いの外マリーベル嬢の力が強くてそれは叶わず。

 傍から見れば、抱きとめているような状態で。

 誤解を解きたいと激しく心が慟哭し、マリーベル嬢に対する怒りで頭が沸騰する反面、ジュリエンヌの涙に体はどんどん冷えていく。


 (最悪だ……っ…)


「…ミーシャ…かえりたい……」


 弱々しくも、はっきりと聞こえたジュリエンヌの声に湧き上がったのは絶望。

 嫌だ、離れたくないと心が叫ぶ。

 それでも声をあげて引き留められないのは、しつこく迫るマリーベル嬢が「大声をあげるわよ。人が来てもいいの?」と囁いてきたから。

 噂ひとつで全てを失う貴族社会において、この状況は醜聞以外のなにものでもない。

 それも望まない相手との不貞を疑われるなど…ましてこれが原因で破談になる恐怖に襲われた。


「…ジュリエンヌっ!!」


 僅か声を出して呼び掛けるも、愛しい婚約者はふらつく体を侍女に支えられながら去っていく。

 いやだ……いやだ……

 半ば混乱しながらもジュリエンヌの姿を視線で追い続け、その間も抱きついて離れないマリーベル嬢を引き剥がそうと抗う。


「っ、いい加減にしてくれ…!!」


 ジュリエンヌの姿が消えてしまい、もう限界だと意図的に低く冷たい声で鋭く言い放てば、しがみつく体がビクリと震え、潤んだ目で見つめてくる。


「…どう…っして……わたくしでは…だめなの…?」


 もう何百回と問われてきた言葉。

 同い年のマリーベル嬢と初めて会った4歳の頃から思いを告げられ続け、彼女が身に纏うのは決まって緑色のドレスに金糸の刺繍が施されたもの。

 応えることは出来ないと何度告げても、ドレスの色を変えてくれと何度頼んでも、『好きな色を着ているだけですわ』と聞き入れられず…娘を溺愛するナチュリシア公爵も諫めることはしない。

 ジュリエンヌとの婚約を結んでからもそれは変わらず、庇護欲を唆る華奢さと美貌で多くの人に慕われる彼女は、表向き《憧憬の淑女》と呼ばれながらも、裏では《哀恋の淑女》と囁かれている。

 叶わぬ想いを抱き続け、追い続け。

 その状況は一部で“悲恋”と謳われ、挙げ句ジュリエンヌを悪役に仕立てる風潮さえもある始末。


「何度も申し上げているはずです、マリーベル嬢。私が心から慕い妻に望むのはジュリエンヌ唯ひとり。あなたの想いに応えることはありません。はっきり言わせてもらうが迷惑だ」


 語気を強め言って引き剥がそうとするも、しがみついて抱きつく腕の力を弱めてはくれない。


「……たまにお会いするだけで構いません…僅かな時間でもいいのです…たまにお会いして…たまにあなた様から便りのひとつだけでも頂けたら…それで…それだけでいいのです…どうか…どうか……」


 俺が愛して大切にしたいのはジュリエンヌだけ。

 如何に彼女が多くの人に慕われる女性であろうと、寄り添わせてこようと、涙を溜めた目で見つめられようと、ジュリエンヌではない限り不快でしかない。


「無理ですね。ジュリエンヌ以外の女性と、そのようなやり取りをしたいと思いません」

「……そんなに…そんなに彼女がいいのですか…?」

「ジュリエンヌ以外は考えられない」


 もういっそ、思い切り突き飛ばしてしまおうか…そんな考えが過った時、


「いい加減になさいませ」


 冷えてきた夜風をさらに冷えさせるような、怒りをも含んだ声音が耳に届いた。










 ⋆┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈⋆










 ジュリエンヌとの出逢いは俺が8歳の時。

 婚約者候補を見繕う目的の茶会だった。


「深く考えなくていいのよ、フレディ。色んなご令嬢がいることを知って欲しいだけだから」


 この時点で既にマリーベルからの付き纏いに辟易していた俺に、苦笑しながらそう言った母上。

 そうは言っても、今日も今日とてマリーベル嬢は緑色のドレスを着て参加している。

 どれだけ距離を取ろうとしても付いて回り、三大公爵家の令嬢を相手にはとても…と他の参加者たる親子達は、早々に諦念の様相を呈し遠ざかった。

 有り難いことに、両親はナチュリシア家との婚約を無理強いしてくることもなく、まずは自分の目で、心でほかのご令嬢と向き合う時間をと言ってくれる。

 けれど常にマリーベル嬢が隣を陣取るため、他のご令嬢への挨拶すら儘ならない…そんな状況に辟易してきた時、少し離れた席で楽しそうに団欒する家族が目に入った。


 (……綺麗な髪だな…)


 俺より幼そうな女の子。

 両親と兄であろう少年と楽しそうに過ごしている、その令嬢に強く惹き付けられた。

 父親譲りなのだろう、豊かで濃い金色の髪が日に照らされてキラキラと輝くその煌めきに釘付けとなる。

 とても楽しそうに、けれど令嬢としての作法は保ちつつ、華やいだ雰囲気に目が離せない。

 母親と思われる女性の髪は淡いピンクゴールド。

 母上のお茶会で見掛けたことがある女性。


 (たしか…プルミア侯爵家だ)


 このお茶会に向けて頭に叩き込んだ貴族名鑑のページをフル回転で捲り、その中で“ジュリエンヌ”という娘がいることを思い出した。


 (ジュリエンヌ嬢…話してみたいな…)


「フリードリヒ様、どうされたの?」


 マリーベル嬢からの問いかけは無言で流し、ただひたすらジュリエンヌに視線を向けていると…やがて気付いた彼女がこちらを振り向き、ニコッと見せてくれた笑顔に…俺は一瞬で恋をした。


 (……かわいいっ!!)


 あまりの衝撃に顔が熱くなる。

 何を言っても離れてくれないマリーベル嬢に付き纏われ、漸くジュリエンヌに声を掛けて挨拶することが出来たのはお茶会も終盤の頃。


「初めまして、ジュリエンヌ嬢」


 白い肌に大きなアメジスト色の瞳。

 ふたつ年下で6歳のジュリエンヌはまだ幼く、柔らかそうな頬をピンク色に染めながら微笑み、彼女からふわりと漂った優しい薔薇の香りに胸が熱くなった。










 その日の夕餐時。


「誰か気に留めたご令嬢はいたか?」

「父上、プルミア侯爵家のジュリエンヌ嬢に婚約を申し込みたいです!!」


 待ってましたと前のめりになって言い募る姿に両親は優しく微笑み、まだ4歳の妹は口一杯に頬張った料理をもぐもぐしながらキョトンとしている。


「プルミア家のご令嬢か…分かった、伝えよう」


 應揚に頷いた父に満足して俺も食事を続けた。

 数日後、のんびり朝食をとっていたところへ両親がにこやかに現れると、その手には一枚の封書。

 見覚えのある封蝋が見えて気が急いてしまう。


「父上、それはっ…」


 焦る俺を一瞥して制し、揶揄うように口角をあげてニヤリとしながら手渡してくる。


「ジュリエンヌ嬢からの返事だ」


 縁談を望む釣書を送る際、無理を言ってジュリエンヌ宛に俺からの手紙を同封してもらっていた。

 渡すかどうかは侯爵に任せていたのだが、父の言葉が確かなら読んでくれたと言うこと。


「ジュリエンヌ嬢から…」


 便箋からふわりと香る薔薇の香りに頬は緩み、綴られている文字に期待を抱いて目を通す。


「……可愛い」


 まだまだ幼くて拙い文字。

 それすら可愛くて愛しいと思える。

 一生の宝物にしよう。


「なんと書いてあるんだ?」


 分かっているはずの父上はやはり口角をあげたままで、隣に座る母上の表情も柔らかいもの。

 喜びから叫びたい衝動を抑え…


「…よろしくおねがいいたします、と。可愛い文字で書かれています」

「そうか。良かったな、フリードリヒ。善は急げだ。横槍が入る前に当家で正式な婚約を結ぶぞ」

「ありがとうございます!!」


 貴族として、公爵家の嫡男としてあるまじき大声を出してしまったが咎める者は誰もおらず、両親も使用人もニコニコと見守るだけ。


「ジュリエンヌ嬢……早く会いたい」


 便箋の文字を指先で撫ぞり、再会を心待ちにして胸に抱き締めた。









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