43 / 60
第43話
しおりを挟む
抱きしめられている。
予想外の展開に私の体は反射的に逃げようとした。だけど、頭と背中をがっちり掴まれているせいで、身動きがとれない。なす術が無く、私は谷崎さんの肩口に顔を埋めている。
私を力強く抱きしめる腕に、そこから伝わる谷崎さんの体温に私の胸は激しい鼓動を打ち続けている。
それは胸だけに留まらず、頭からつま先へと体中に広がっていく。まるで体の全てが心臓になったみたいに。
まずい。
頭がぼんやりしてきた。谷崎さんのことを拒む気はないけれど、このままでいたら溺れてしまう。
「ちょっ……谷崎さんっ、苦しい」
息も絶え絶えに伝えた。
すると、私を捕らえる腕の力が緩んだ。これで楽になれるとほっとしたのもつかの間、谷崎さんの顔が私の顔の方に近づいてきた。
「ごめん。だが、つぐみが悪い」
「え?」
「つくみが俺を煽るから」
私に反応する隙を与えないように、谷崎さんは私の耳元で次々と囁いてくる。
その声は妙に甘くて、艶っぽくて……容赦なく私を蕩けさせていく。
「こっちは必死で抑えようとしていたのに、つぐみがあんまり可愛くて嬉しいことを言うから……制御できなくなった。一体、どうしてくれるんだ?」
「……っ」
さっきの反撃か。
不意打ちの可愛いと耳元に感じる谷崎さんの吐息に、自分の体が急激に熱を持っていくのがわかる。
きっと今の私は、顔だけじゃなくて全身を真っ赤にさせているに違いない。
抱きしめられているだけなのに、頭はのぼせ上がり、冷静さや理性を失っていく。その反面、谷崎さんはどこかこの状況を楽しんでいるように思える。
「さっきの言葉だけど……」
「……聞こえなかったから、もう一度……は、ナシ……です」
途切れ途切れになりながらも、何とか先手を打った。
自分でも情けないと思うし、面と向かって愛していると告げてくれた谷崎さんにしてみれば、物足りないだろうと思う。だけど、さっきのあれですら沸騰しそうだったのだ。この状態でもう一度なんて言われたら……確実に蒸発する。
言葉は足りないかもしれないけど、谷崎さんと同じ分だけ気持ちは詰まっている。そこは雰囲気で察して欲しい。
「ふっ」
谷崎さんの肩がくっと動いた。顔が谷崎さんの肩口に埋まっているせいで、表情はわからないけど、私の言葉に笑っているのだとわかる。
「それは残念だ」
そうは言うけれど、その声音は明らかに弾んでいた。きっと楽しんでいる。
今の谷崎さんはちょっと意地悪で……私の知っている谷崎さんとは違う。私はそんな谷崎さんに翻弄させられている。
「わかった。じゃあ、一つだけ教えて」
そう言って谷崎さんは、抱きしめていた私の体を離し、私と向き合う姿勢をとった。
一体何を言い出す気だ──と警戒する私に谷崎さんは苦笑しながら、大丈夫だよと目で合図してきた。
少しの沈黙の後、私の目を見て谷崎さんはゆっくりと口を開いた。
「俺と同じところにつぐみの気持ちがあるって、思っていい?」
「……」
当たり前なことを聞かれ、拍子抜けしたけれど、谷崎さんの表情を目にした途端、胸が締めつけられた。
優しく微笑んでいる顔だけど、そこには喜びや期待という明るい感情だけじゃなくて、悲しさや寂しさや不安という悲しい感情も滲んでいるように見えた。
この三ヶ月間、複雑な思いを味わったのは私だけじゃない。
改めてそう思った。
この人は弱音を見せることなく、耐えてきた人なんだ。
いつもと違うちょっと意地悪な雰囲気は、谷崎さんなりの強がりなのかもしれない。
一言で言い表せない谷崎さんの深い表情に、色々なものがこみ上げてきた。はいと言えばいいことなのに、喉が震えて声になりそうにない。
だけど、きちんと伝えたい。
言葉にできない代わりに、私は谷崎さんの目をじっと見つめて、精一杯の笑顔を作り、しっかりと頷いた。
谷崎さんは一瞬泣きそうな顔をした後、天井を仰いだ。伝わったかと不安になったけれど、谷崎さんの口元には笑みが浮かんでいた。
少しの間、上を見ていた谷崎さんは、顔を下ろすなり、心から喜んでいる顔をして私を見つめた。
「ありがとう」
そう言われた後、また体を引き寄せられた。
「もう少しだけ……このままでいさせて」
さっきとは違って、私の背中に触れる手が微かに震えていた。
いや……私が気づかなかっただけで、それまでも震えていたのかもしれない。私を捕らえる腕の強さは、無意識のうちの不安の表れのような気がする。
事故の日から今日まで、谷崎さんはどんな思いをして過ごしてきたのだろう。そして……どれだけ傷ついてきたのだろう。大半の傷は私がつけてしまったものだ。
どれだけ考えても、谷崎さんが味わってきた思いを全て知ることはてきないし、傷を消すこともできない。
今の私にできることは、ただ一つ。
もう大丈夫だよ──そう伝えるように、谷崎さんの背中に腕を回しそっと触れた。
「……」
谷崎さんは何も言わなかった。代わりに谷崎さんの肩がぴくっと動いた。その後、私の手に反応するみたいにぎゅっと谷崎さんの腕に力が籠もっていく。
胸の鼓動は治まる気配がないし、体は熱を持ったままだ。
だけど、谷崎さんの腕の中はとても心地良くて、私の中の欠けていたピースをじわじわと埋めていく。それは少しくすぐったかったけど、私を満ち足りた気分にさせていく。
幸せな気持ちのまま瞳を閉じて、谷崎さんの肩に顔を預けた。
予想外の展開に私の体は反射的に逃げようとした。だけど、頭と背中をがっちり掴まれているせいで、身動きがとれない。なす術が無く、私は谷崎さんの肩口に顔を埋めている。
私を力強く抱きしめる腕に、そこから伝わる谷崎さんの体温に私の胸は激しい鼓動を打ち続けている。
それは胸だけに留まらず、頭からつま先へと体中に広がっていく。まるで体の全てが心臓になったみたいに。
まずい。
頭がぼんやりしてきた。谷崎さんのことを拒む気はないけれど、このままでいたら溺れてしまう。
「ちょっ……谷崎さんっ、苦しい」
息も絶え絶えに伝えた。
すると、私を捕らえる腕の力が緩んだ。これで楽になれるとほっとしたのもつかの間、谷崎さんの顔が私の顔の方に近づいてきた。
「ごめん。だが、つぐみが悪い」
「え?」
「つくみが俺を煽るから」
私に反応する隙を与えないように、谷崎さんは私の耳元で次々と囁いてくる。
その声は妙に甘くて、艶っぽくて……容赦なく私を蕩けさせていく。
「こっちは必死で抑えようとしていたのに、つぐみがあんまり可愛くて嬉しいことを言うから……制御できなくなった。一体、どうしてくれるんだ?」
「……っ」
さっきの反撃か。
不意打ちの可愛いと耳元に感じる谷崎さんの吐息に、自分の体が急激に熱を持っていくのがわかる。
きっと今の私は、顔だけじゃなくて全身を真っ赤にさせているに違いない。
抱きしめられているだけなのに、頭はのぼせ上がり、冷静さや理性を失っていく。その反面、谷崎さんはどこかこの状況を楽しんでいるように思える。
「さっきの言葉だけど……」
「……聞こえなかったから、もう一度……は、ナシ……です」
途切れ途切れになりながらも、何とか先手を打った。
自分でも情けないと思うし、面と向かって愛していると告げてくれた谷崎さんにしてみれば、物足りないだろうと思う。だけど、さっきのあれですら沸騰しそうだったのだ。この状態でもう一度なんて言われたら……確実に蒸発する。
言葉は足りないかもしれないけど、谷崎さんと同じ分だけ気持ちは詰まっている。そこは雰囲気で察して欲しい。
「ふっ」
谷崎さんの肩がくっと動いた。顔が谷崎さんの肩口に埋まっているせいで、表情はわからないけど、私の言葉に笑っているのだとわかる。
「それは残念だ」
そうは言うけれど、その声音は明らかに弾んでいた。きっと楽しんでいる。
今の谷崎さんはちょっと意地悪で……私の知っている谷崎さんとは違う。私はそんな谷崎さんに翻弄させられている。
「わかった。じゃあ、一つだけ教えて」
そう言って谷崎さんは、抱きしめていた私の体を離し、私と向き合う姿勢をとった。
一体何を言い出す気だ──と警戒する私に谷崎さんは苦笑しながら、大丈夫だよと目で合図してきた。
少しの沈黙の後、私の目を見て谷崎さんはゆっくりと口を開いた。
「俺と同じところにつぐみの気持ちがあるって、思っていい?」
「……」
当たり前なことを聞かれ、拍子抜けしたけれど、谷崎さんの表情を目にした途端、胸が締めつけられた。
優しく微笑んでいる顔だけど、そこには喜びや期待という明るい感情だけじゃなくて、悲しさや寂しさや不安という悲しい感情も滲んでいるように見えた。
この三ヶ月間、複雑な思いを味わったのは私だけじゃない。
改めてそう思った。
この人は弱音を見せることなく、耐えてきた人なんだ。
いつもと違うちょっと意地悪な雰囲気は、谷崎さんなりの強がりなのかもしれない。
一言で言い表せない谷崎さんの深い表情に、色々なものがこみ上げてきた。はいと言えばいいことなのに、喉が震えて声になりそうにない。
だけど、きちんと伝えたい。
言葉にできない代わりに、私は谷崎さんの目をじっと見つめて、精一杯の笑顔を作り、しっかりと頷いた。
谷崎さんは一瞬泣きそうな顔をした後、天井を仰いだ。伝わったかと不安になったけれど、谷崎さんの口元には笑みが浮かんでいた。
少しの間、上を見ていた谷崎さんは、顔を下ろすなり、心から喜んでいる顔をして私を見つめた。
「ありがとう」
そう言われた後、また体を引き寄せられた。
「もう少しだけ……このままでいさせて」
さっきとは違って、私の背中に触れる手が微かに震えていた。
いや……私が気づかなかっただけで、それまでも震えていたのかもしれない。私を捕らえる腕の強さは、無意識のうちの不安の表れのような気がする。
事故の日から今日まで、谷崎さんはどんな思いをして過ごしてきたのだろう。そして……どれだけ傷ついてきたのだろう。大半の傷は私がつけてしまったものだ。
どれだけ考えても、谷崎さんが味わってきた思いを全て知ることはてきないし、傷を消すこともできない。
今の私にできることは、ただ一つ。
もう大丈夫だよ──そう伝えるように、谷崎さんの背中に腕を回しそっと触れた。
「……」
谷崎さんは何も言わなかった。代わりに谷崎さんの肩がぴくっと動いた。その後、私の手に反応するみたいにぎゅっと谷崎さんの腕に力が籠もっていく。
胸の鼓動は治まる気配がないし、体は熱を持ったままだ。
だけど、谷崎さんの腕の中はとても心地良くて、私の中の欠けていたピースをじわじわと埋めていく。それは少しくすぐったかったけど、私を満ち足りた気分にさせていく。
幸せな気持ちのまま瞳を閉じて、谷崎さんの肩に顔を預けた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ガネット・フォルンは愛されたい
アズやっこ
恋愛
私はガネット・フォルンと申します。
子供も産めない役立たずの私は愛しておりました元旦那様の嫁を他の方へお譲りし、友との約束の為、辺境へ侍女としてやって参りました。
元旦那様と離縁し、傷物になった私が一人で生きていく為には侍女になるしかありませんでした。
それでも時々思うのです。私も愛されたかったと。私だけを愛してくれる男性が現れる事を夢に見るのです。
私も誰かに一途に愛されたかった。
❈ 旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。の作品のガネットの話です。
❈ ガネットにも幸せを…と、作者の自己満足作品です。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
可愛らしい人
はるきりょう
恋愛
「でも、ライアン様には、エレナ様がいらっしゃるのでは?」
「ああ、エレナね。よく勘違いされるんだけど、エレナとは婚約者でも何でもないんだ。ただの幼馴染み」
「それにあいつはひとりで生きていけるから」
女性ながらに剣術を学ぶエレナは可愛げがないという理由で、ほとんど婚約者同然の幼馴染から捨てられる。
けれど、
「エレナ嬢」
「なんでしょうか?」
「今日の夜会のパートナーはお決まりですか?」
その言葉でパートナー同伴の夜会に招待されていたことを思い出した。いつものとおりライアンと一緒に行くと思っていたので参加の返事を出していたのだ。
「……いいえ」
当日の欠席は著しく評価を下げる。今後、家庭教師として仕事をしていきたいと考えるのであれば、父親か兄に頼んででも行った方がいいだろう。
「よければ僕と一緒に行きませんか?」
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
没落貴族とバカにしますが、実は私、王族の者でして。
亜綺羅もも
恋愛
ティファ・レーベルリンは没落貴族と学園の友人たちから毎日イジメられていた。
しかし皆は知らないのだ
ティファが、ロードサファルの王女だとは。
そんなティファはキラ・ファンタムに惹かれていき、そして自分の正体をキラに明かすのであったが……
【書籍化決定】アシュリーの願いごと
ましろ
恋愛
「まあ、本当に?」
もしかして。そう思うことはありました。
でも、まさか本当だっただなんて。
「…それならもう我慢する必要は無いわね?」
嫁いでから6年。まるで修道女が神に使えるが如くこの家に尽くしてきました。
すべては家の為であり、夫の為であり、義母の為でありました。
愛する息子すら後継者として育てるからと産まれてすぐにとりあげられてしまいました。
「でも、もう変わらなくてはね」
この事を知ったからにはもう何も我慢するつもりはありません。
だって。私には願いがあるのだから。
✻基本ゆるふわ設定です。
気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。
✻1/19、タグを2つ追加しました
✻1/27、短編から長編に変更しました
✻2/2、タグを変更しました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる