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第2章・新たな拠点
25.昔話
しおりを挟むその昔、魔族と呼ばれる者たちがその強大な力をもってして世界を支配していた時代があった。
人間やエルフ、その他全ての種族は魔族の支配下に置かれ、とても厳しい決まり事の元で日々怯えながら生きていたらしい。
「くそ、こんな税率じゃ生きていけねぇよ……」
「病人が出ても薬を買う金すら作れない……」
支配されていた者たちは限界を迎えていた。男手は労働力として徴兵の名の元に各都市から魔族の住む領地へと引き抜かれ、女はたびたび魔族が街を訪れる度に連行されていく。街には年寄りと子供ばかりが残っていた。
そんな状況で必死に作る作物や狩りの獲物も、そのほとんどを魔族たちに徴収されていく。
このままでは人類は、魔族以外の種族は絶滅してしまう。
事態にいよいよ危機感を抱いた各国の代表たちは、内密に神の力を借りた勇者召喚の儀式を行う計画を立てた。
魔族に対抗できる力はもはやこの世界には残されていない。他の世界、平行線の可能性に賭けるしか自分たちが生き延びる手段は残されていなかった。
魔族すらも立ち入らないような、深い深い森の奥に儀式の場を用意していく。ほんの僅かに残された各種族の秘宝を惜しげも無く使って、勇者召喚の儀式は行われた。
深い森の全てを照らすかのような光に包まれた後、待望の勇者が姿を現した。
「ここは……」
男の名は月下勇次郎。もうひとつの世界から召喚された、勇者の素質と神の力を持つ者だった。
各種族の代表たちが現状を涙ながらに説明すると、勇次郎はすぐに首を縦に振った。ブドーと言う独自の戦い方をする勇次郎は、破竹の勢いで各所の魔族たちを打ち倒し、対魔族の希望と呼ばれるようになった。
勇次郎の活躍で魔族に支配された土地の半分ほどが取り戻せた頃。各種族たちの代表が勇次郎に頼りっぱなしでは申し訳ないと、各種族のエリートを選出し勇者のパーティとして勇次郎に同行させた。その中の1人に、エルフの姫と呼ばれた「フィリア・ノーツ」がいた。
勇者一行は勇次郎ほどではないにしても、勇次郎が召喚される前の対魔族の切り札と呼ばれるほどの実力者揃いだった。5人の連携は洗練されており、圧倒的な強さと早さで奪われた土地や資源を奪還していった。
度重なる死線を潜り抜けていくうちに、やがて勇次郎とフィリアは恋仲に至ったそうだ。
とはいえ戦いはまだ終わっていない。2人は魔族を全て倒したら、共に生きることを誓い合った。
そこからは早かった。魔族は一旦支配していた地から全ての戦力を本拠地である魔王城に集め、勇者一行に対する反攻作戦を打ち立てた。
その動きを察知した勇者一行もまた、一度森に戻り各種族たちに可能な限りの戦力を集めるように頼んだ。
そこから約一月。互いの戦力が集結したころ、最後の戦いが始まった。
その規模は凄まじく、文字通り戦場には血と絶望が蔓延した。それは魔王軍にとっても同じで、両軍ともに戦力と士気は次第に低下していった。
最後の戦いが始まってから半年後。魔王と勇者の間で、和平協定が結ばれた。
不可侵条約などという他人行儀のものではない。魔王と勇者、そして勇者一行が筆頭となって互いを理解し合い、共に生きていく道を示したのだ。
流した血は消えるわけではない。しかしそれを乗り越えて進むことで見える景色もある。そんな言葉を、勇者は魔王とエルフの姫に残したそうだ。
各種族の代表たちは、勇者とエルフの姫が恋仲にあることを知らなかった。また、密かに魔王が勇者を慕っていたことも誰も知らなかった。
知らなかっただけではない。戦中の限られた魔力と道具では、勇者をこちらに永住させるほどの魔力は得られなかったのだ。
そのことを告げるとエルフの姫と魔王はとても悲しんだ。勇者は黙ってその話を聞いた後、愛すべき世界を眺めながら1人涙した。
そして勇者一行と魔王を集め、自らの意志を託した。自分がいなくなっても世界を平和に生きること、また誰かが困った時は協力し合うこと。
一行は頷いた。そして友との別れに涙しながらも笑顔を浮かべた。
それから数年が経った。
とある強欲な貴族が現れ、彼はエルフの美しさに目を付けた。各地から少しずつエルフの娘を攫っては悪趣味な金持ちたちに売り付け、人間の王にも媚を売った後に全ての罪を魔族へと擦り付けた。
魔王は必死に否定し、他種族の代表たちも魔族を庇った。しかし怒るエルフと狡猾な人間は聞く耳を持たず、魔族に対する攻撃を始めた。
魔王は真実を聞くと憤慨し、そして酷く傷付いた。友であるエルフの姫に真実を話すとエルフからよ攻撃は止んだ。
そして人間とエルフの関係は絶たれ、魔族は再び悪しきものとして扱われる時代になった。
この物語の真実を知るものは少ない。人の闇から目を背け続けてきた人間の、隠された歴史である。
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