ファンタジアローズ

佐倉世奈

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第一章

花咲風音

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僕は俗にいう「御曹司」である。メリットもデメリットもそこそこあるが、生活していく上でお金に関する心配は一度もしたことが無い。花咲グループは四代目社長、つまり僕の父が経営している会社でその事業は多岐にわたる。僕は長男なので、恐らく会社を継ぐ運命にあった。そのためそれ相応の金を注ぎ込んだ高度な教育を受けてきた。その教育の甲斐あってなのか、昔は何でも出来た僕は一時的にだが「天才」と言われていた。ヴァイオリンが得意だった、が、数学も得意だった。いや、書道も、華道も、バレエも、水泳も、英語も、全部得意であった。出場した全てのコンクールや大会で賞をとり、「天才」の称号を得た。あまり長くは続かなかったが。
 十歳になった頃、ちょうど異能力者であると認められたような時から僕はどのコンクールでも大会でも全く賞が取れなくなった。そこでつけられたあだ名は「旧天才」。旧という字が「1日」に見えることからつけられた。つまり、僅か十歳で潰れた天才は、落ちるのが早すぎてその栄光は1日だったと誇張して付けられた悲劇のあだ名である。そこから僕の通っていた私立小学校やこの学園内ではどちらかというと下位の人間となった。当然の如く両親には見捨てられている。元々良好とは言えない関係だが、今となっては連絡すらよこさない。花咲グループの後継は弟になるかもしれないと僕は漠然とそう思っている。社長なんて荷が重いし、それはそれで良いと思っているけれど。正月に帰省しても家族の誰もいないのにだだっ広い屋敷があるだけで虚しくなるので去年は帰らなかった。もう長らく声すら聞いていない。寂しいというか呆れる。家族というのは無垢な子供だった僕が絵に描いたような温かいものではなく、実際はもっと殺伐とした冷たい空気に覆われていた。愛のない結婚で生まれた子供に愛着なんて湧かない。けれどその環境で育った愛を知らないその子が家族を恨んで一家全員を殺す可能性だってあるのに、どうして嘘でも温かさを取り繕えないのだろうか。他人を殺す殺人より家族内の殺人はよっぽど多いというのに。愛されることを望んでいるのではない。せめて、会話がなくとも、同じテーブルで食事をするくらいしてもいいのではないか。仮にも家族なのだから。僕が自分の名を嫌うのも、名前は親が子にする最初のプレゼントだと言うのに、家は何処の馬の骨とも知れない命名師にただ花咲グループの利益になるように付けられた名前だからだ。
 という僕のつまらぬプロフィールはここまでにしよう。

 異能力者が出現してからは異能力者支持派と撲滅派で社会は分断された。無論、一条志記以外にも能力者はいるわけで、人を救う「守護」という能力が全てでは無いのだ。そう考えると異能力者との共存は一般人からすれば大変リスクが大きい。しかも「守護」つまり「人から死を奪える能力」はある意味で世の崩壊を意味することは馬鹿な僕にだって分かる。人口は爆発しその数を減らすために戦争が始まって皆で一条志記を恨むのだろう。けれど、異能力者も人であり、異能力者を無為に虐げることは法に反する。一方で一条志記支持派には病気で苦しむ人やその家族、高齢者、何と言っても同じ異能力者などが含まれておりその勢力は今尚拡大している。
 無論、僕も一条志記支持派である。一般人だけでも異能力者だけでもなく、人類みなで繁栄するべきだ。これは神のもたらした恩恵で、決して争いを生むためでは無い。異能力者が危険な存在であるとする人の気持ちも理解出来る。確かに異能力者が一般人相手に傲慢な態度をとる可能性は否めない。だが、それは逆にも言える。今は数という武器がある一般人にも同じことが言えるだろう。実際、現在進行形でそうなっているように。僕だって人類みな仲良くしろだなんて言わない。だが、異能を持つ人と持たない人のどちらかを抑圧するのは間違っている。共存を望んでいるだけだ。
 和等学園の校訓は「愛を尊び自由であれ」である。一条志記の性格が出ていると言われているこの校訓が僕は大好きだ。和等学園は異能力者とその兄弟姉妹に限り一般人でも入学ができる。そのためには僕でも手に負えないような入試を突破する必要があるが。僕が小学生だった頃にはまだ和等学園はなく、普通の私立学校に通っていた。小学校からの友人といえば百瀬律と宝屋織人たからやおりとくらいで、直接話したことはないが一つ上の先輩に明嵐祈めあらしいのりという人がいる。三人とも異能力者で、恐らく僕よりは優秀だ。特に明嵐先輩は昔から有名人だ。僕は「天才」と呼ばれていたが、全ての分野で一位であった訳ではなく、ただその能力が秀でそれが多岐に渡ったことが評価されていただけだ。一方で、この先輩はあらゆる分野で一位を独占し、同じ世代に生まれた時点でこの世代の誰も彼一人に勝てはしないと現在進行形で伝説を創っている存在だった。和等に来てからも色々と大会やコンクールを荒らしているらしく、和等学園学生寮四つの内序列一位の、エリートが集まるROSE寮の寮長を和等創立以来初めて高二で務めている。ただ、幼少の頃の強い躾の反動で現在は自由かつ頭が切れるため誰も手に負えない異端児と言われている。僕が直接彼を見たのは十歳までだが、その時は無口で愛想がない少年だと思っていた。どの大会やコンクールでも永遠と壁に向かってイメージトレーニングをしていた。目を瞑って、あまりに集中しているものだから僕たちのような他の出場者が話しかけても基本無視だった。だが自分の番の前になると突然動き出し今度は一点を見つめ深呼吸を繰り返していた。当時の僕からすれば奇異な人としか思えなかったが、今となればその重圧も少しは理解出来るような気がする。明嵐祈に関する知識はそれともう一つ。物凄くモテているらしい。確かにその能力なら無理もないのだが、モテすぎて学校運営に関する投票系は全て独占される。つまり、生徒会長も、寮長も、モテるが故ということだ。同情する。
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