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2聖都からの怪しい来訪者

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「死ぬ時はお前に看取られないと、私は成仏できないかもしれないな」

 師匠は本気か冗談か優しい青い目で俺の目を見て笑って言った。巷のレディ達がきゃあきゃあ言う甘いマスクで。まだふざけた台詞を続けたから俺は呆れてふいっと顔を逸らした。それでも彼は気にせず喋っていたが。

「聞いてるかいロキ?」
「……はー。師匠はさっきから何を戯言を言ってるんですか。多くを滅し扶けたあなたが成仏というか天に召されないなんて有り得ないでしょうに」
「ふふ、だけどねロキ、本当に私は死に際には可愛い弟子達に見守られて逝きたい。でないと悲しくて化けて出てしまうよ?」
「ゾンビになって?」
「ゾンビになって」
「はー。祓魔師の風上にも置けませんよそれ」
「ふふ、年寄りの最後の我が儘くらい聞いてくれてもいいだろう?」
「はいはいその時が来たらちゃーんと送って差し上げます。ですがあと五十年は大丈夫だと思いますよ」
「五十年って……ふふっ、人類最高齢記録を大幅に更新してしまうね」
「どうぞどうぞ塗り変えて下さい末永ーく塗り変えて下さい」

 小さな書庫の明るい窓辺で、人間の急所が記されている本を眺め下ろす俺からのぞんざいな返事にも、彼は気を悪くせず朗らかに笑む。
 彼の白い長い髪は滑らかで、肌だってシワの一つもない。その聖なる不老の力故に見た目だけは二十歳の青年のように若々しい。

 そう、見た目だけは。

 寿命は他の人間と同じく長く生きても百年を少し超えるくらいだろう。

 彼は既に九十年余という人生時間を費やしていて、まだ十代前半の俺からするとその長さは目も眩むように果てしない。

 しかしそれだけ生きて経験を積んでも彼は自分をまだまだ未熟者だといつも言う。
 その手で数多の人を救ってきても尚、まだまだ全然彼の亡き友人には及ばないなんて苦笑する。
 その友人は彼が見送ったという。
 俺はその友人に会った事はない。俺が彼の弟子になる前に死んでしまったというのだから当然だ。
 その友人は俺や師匠と同じく祓魔師で、主に聖都以外の国内各地の案件を負っていた。悪魔憑きを祓ったり墓守のように死んで蘇ったゾンビを再び葬るのが主な仕事だったそうだ。

 師匠も元は聖都外組の祓魔師だったが、とうの昔に引退して今では聖都郊外でこうしてのんびり、でもないが俺のような後継祓魔師を育てている。

 弟子は俺の他にも何人かいて俺の上もいれば下もいて、俺達は日々師匠のような一人前祓魔師になるために互いに切磋琢磨して寝食を共にしていた。
 師匠は俺達弟子をとても愛してくれていて、だからこそ本来有り得ないくらいに過酷な鍛練にも耐えて能力向上に励んでこられた。
 俺は立派に独り立ちして、俺を拾ってくれた育ての親でもある師匠に左団扇で楽をさせてやるんだって、そう決めていた。

 あの、いつにない凄惨な、後に赤き夜とも呼ばれるダークナイトがくるまでは。

 ルーベン師匠も含めた兄弟弟子達が皆死んでしまうあの日までは……。




「どうして、皆は死なないとならなかったんだろう……」

 やはり疲れていたから眠ってしまったらしく、木漏れ日のような優しい夢から覚めた俺はポツリと呟いていた。

 ほんの小さな疑問だった。それでいて、今まで何故だか湧きもしなかった問いでもあった。
 師匠の自宅兼俺達の養成宿舎に強力なゾンビが現れ襲われたのだから仕方がなかったのだと、何の疑問も抱かずそう割り切ってしまっていた。
 立地場所も墓地に程近かったのだから、と。

 そもそもどうして誰一人逃げられなかったのか。

 俺がたまたま師匠のお使いで出向いていた聖都の中央教会から帰った時には、もう全てが終わっていた。

 元凶のゾンビだけが兄弟弟子達の流した血の海の中佇んでいて、喰いもしないであたかも放心したようにしていた。

 すぐに俺は頭を振って自我のないゾンビに放心するもくそもないと思い直した。
 実を言えば後はもうあんまり覚えていない。怒りと悲しみと憎しみとで無我夢中でそのゾンビを狩ったせいかもしれない。どうやって滅したのか自分でもよくわからなかった。相討ちでもいいとすら思って力を出し惜しみはしなかったし、俺が初めて戦う強さのゾンビだったから何でも効けばと思って炎を使いまくったのもあって、気力体力もほとんど消耗してしまって意識が朦朧としていたからもある。

 途中からふつりと記憶がないが、意識を取り戻して俺は生きていたんだと自覚した。

 俺が生きているならゾンビは則ち滅んだ事になるからだ。

 基本ゾンビが目の前の生者を喰らわずに立ち去るはずはないからだ。

 そんなゾンビは聞いたためしもないので俺はゾンビを倒したんだろう。後の調査でもそう結論付けられた。
 当時他にした事と言えば確か、兄弟弟子達の動かない体に取り縋って泣いて生き返れって愚かにも願った。死者は生き返らない。たとえゾンビになっても死者なのは変わらないのに。

 ――オーディンもその中の一人だった。

 俺はこの目で両目から光の失われた弟弟子の死体を見たんだから。

 オーディンは、俺が一番仲の良かった弟子仲間だった。
 無駄だと知りつつ、俺は冷たい彼を抱き締めて生き返れって泣いて願った。唯一の救いはもう彼が自分は落ちこぼれだって死にそうに落ち込まなくて良くなった点かもな。
 どのくらいそうしていたかはよくわからない。

 物言わないオーディンを横たえて、そう言えばルーベン師匠はってその時ようやく気になって、師匠の書斎へ続く道をよろよろした足取りで辿ったのは覚えている。

 頼むどうか生きていてくれって。
 だがあの時、俺はどこか半分ではもう悟っていたんだと思う。祓魔師として培われた鋭敏な感覚が生きている者の存在を捉えていなかった。
 部屋の扉は無造作に開いていて、師匠は椅子に背を預けて目を閉じていた。肌はいつになく白くて血の気がなかった。
 心臓をゾンビの鋭い爪先にだろう一突きされていて、そこから生者の源が流れ出てしまっていたから。即死だったろうと思う。苦しまずに済んだのは良かったのかもしれない。
 本当に恐ろしく綺麗な死に様で、死んでいるのが嘘みたいだった。眠っているようなのに、その瞼を上げて俺にもう微笑みかけてはくれないのだ。

 あの日、俺の人生で積み上げきた最後の一粒までもが瓦解した。

 そして、大き過ぎる精神的衝撃のあまり、俺は俺の力の大半を失った。

 最下位炎の滅炎しか使えなくなった。

 だからこそ、精鋭揃いの聖都じゃ役立たずと言っても過言ではなくなった俺の名前は、聖都の名簿から抹消されたんだ。

 名簿に乗るようなのは将来の司教候補や教会組織を担っていくだろう優秀な祓魔師達だからな。
 当然、養成宿舎は封鎖された。あの夜、俺が帰る前に師匠か弟子の誰かが緊急事態を知らせていたのか、俺が書斎で茫然自失とへたり込んでいたら程なくして応援要員達が駆け付けた。更にはその後教会派遣の調査員達が来て、戦闘での怪我と疲労困憊の著しかった俺は事情聴取されてから病院で療養させられた。
 その間、兄弟弟子達はこの先ゾンビ化しないようにと聖なる炎で荼毘に付された。土葬が一般的な感覚からすれば少々酷だが、初めから燃やしてしまえばゾンビにはなり得ないからだ。

 しかし、師匠はどこか聖都近郊の墓地に埋葬されたと聞かされた。

 加えて、教会職員が言うにはゾンビ化しないような特殊な棺に込められたそうだ。

「ふ、ははは、はは、聖都の連中は誰も彼も俺を単なる無知なガキだと侮りやがってな」

 ――そんな棺など存在しない。

 ――聖都近郊に葬るはずもない。

 と、俺は知っている。

 特殊な棺は、富と権力を振りかざし威張るだけで祓魔師事情を何も知らない貴族達を安心させるための方便だ。彼らの知らない所でゾンビ化した彼らの家族の死体を祓魔師が密かに葬っているのが実情だった。

「……師匠、あなたは今どうしているんです?」

 祓魔師養成施設の一つがゾンビに壊滅させられたなんて世間に公表できるわけもない。あの前代未聞の殺戮は教会の汚点のようなものだ。実際報道には事件の話は一切出なかった。
 教会や祓魔師の権威の失墜を招いたかもしれなかった全責任は師匠にあるとされ、手厚く葬るなんてされるわけもない。それくらいには俺は聖都の厳しさと無慈悲さを知っていた。

 彼は秘密裏にどこか離れた墓地に埋葬され、無名の墓碑の下に眠っているはずだ。

 俺の知る限り、罪人や政敵などの疎まれる人物の棺が無縁仏として運ばれる可能性の最も高い墓地が、ここ。この辺境の巨大墓地だった。

 俺が密かに探った情報からも、十中八九彼の棺はこの墓地に運ばれたと示されている。

 俺が退院して除名されて聖都を去り、各地を流れるようにしてこの町に来たのには明確な目的がある。

 ルーベン師匠の墓を探すためだ。

 ――死ぬ時はお前に看取られないと、私は成仏できないかもしれないな。

 彼はそう言った。
 そしてあの台詞には意味深な続きがある。当時は呆れ果て真剣に取り合わなかった。

 ――だからさロキ、その時がきたらどうか宜しく頼むよ。

 今なら、まるで赤き夜が来るのを予感していたみたいにも思える。あの言葉が彼の心の真実ならば、俺はせめてその言葉に報いたい。

 いつか、師匠はゾンビになって蘇るだろう。

 俺はそんな彼を俺の全力で滅してやりたい。

 看取れなかった分、真摯に送ってやりたいんだ。
 この五年、未だに使命にも似た望みは叶ってはいないが、たとえ俺が死ぬまで何事もなかったとしても構わない。ゾンビにならず安らかに眠れているならその方がいいからな。
 心の半分では望まず、もう半分では望んでいる再会を胸に、これからも俺はこの町の墓守を続けていく。

「……そのためにも、さっさとあいつを追い払わないとな。ったく、まだいたのか」

 一寝して、空は既に黄色味を帯びて夜へと傾き始めている。ベッドから出た俺は何気なく窓の外を見やって、朝方の来訪者がまだ庭先にいるのに気付いた。
 自称オーディンとか言っていた銀髪男は蹴り出してやった朝からずっといたのかもしれない。俯いて佇んだまま爪先で地面をいじくっている。

「あんなちょっとした仕草まで似せなくてもいいだろうにな」

 死んだ一つ年下の弟弟子もよくあんな風にしていた。成績も悪く自信のなかった彼はいじける姿が板についているような奴だった。放っておけなかったからよく話しかけて励まして笑い合った。……もうこの手には返らない遠い記憶だが。

 夕方なのに巣が近いのかまだ庭にいて帰らないセイレイが、付かず離れずな距離で男の周りをウロチョロしている。
 俺が庭いじりで見つけたネキリムシとかをそこらに投げると喜々としてやってきて啄む鳥だ。あいつからも餌がもらえると思っているのかもしれない。鳥の考えはわからないが。

「そうだ、わからない。あいつの目的が」

 このまま放置して町の皆にまで迷惑をかけられたら最悪だ。
 俺は意を決して玄関を出た。




「あ、ロキ君!」

 玄関の開閉音に顔を上げた自称オーディンは、安堵とあと少しだけ嬉しそうにした。本当は別人のくせに懐いたように微笑むとか解せない奴だな。俺はもう嘘を看破しているってのにまだ演技して何の得がある。まあいい、向こうの事情を掘り下げるだけ時間の無駄だ。

「おいお前、いつまでうちの前にいるつもりだ? 迷惑なんだよ。さっさと失せろ」

 腰に片手を当て尊大に胸をそびやかす俺が、立てた親指で親切にも敷地の門を示すと、相手は眉を下げてどこか悲しそうにした。

「わかりました。残念だけど今日のところは帰ります。でも、ラグナ様がロキ君を捜しているのは本当です。会えたら話がしたいと仰っていました。勿論僕もまたロキ君と昔みたいに――」

 握った拳でバンッと玄関の柱を叩いてやった。俺には何ら価値のない言葉が途切れる。

「ごちゃごちゃほざいてんなよ。失せろっつったろ」
「ロキ君……」

 小さく「気を悪くさせてごめんなさい」と口にして項垂れ、やっと奴は俺の視界から消えてくれた。たまたま歩き去る進路にいたセイレイが羽ばたいて近くの屋根に避難した。あいつは虫は欲しいくせに人馴れはしないんだよな。は、鳥の方が互いの適切な距離を弁えている。滑稽だ。
 ラグナ様、と言っていた。

「ならそのラグナの回し者か?」

 ラグナは中央教会の若き司教だ。現役の祓魔師でもある。
 確か現在も歳はまだぎりぎり三十に満たなかったはずだ。

 五年前、俺の祓魔師能力低下を理由に除名を進言し、そして俺を聖都から追い出そうとした男――オルク・ラグナ。

 彼から疎まれているのを感じ取ったからこそ強制される前に俺自ら去ってやった。小さい頃から顔を合わせる度に何かと因縁を付けてきた相手だった。俺が師匠の養い子だったから気に食わなかったんだろう。彼は師匠をとても敬愛していたからな。
 レーベン師匠は偉大だと、そこだけはラグナと俺が唯一反目なくピタリと意見の一致する点だ。

「はー、今晩は何を食おう。もうそろそろ労いの差し入れご飯が来そうだよな」

 俺の寝ていた間は誰も来なかったんだろうから。もしさっきの奴が追い返していたりなんかしたらぶん殴ってやる。
 ダークナイトの次の日はいつもそうだった。墓守がいるとは言え町の皆も気を張って一晩寝ずにいるのが大半らしく、夜が明けると安堵してようやく眠れるんだそうだ。そうやって昼過ぎか夕方まで布団の中にいて、起きてから俺の分まで食事を作って持ってきてくれる。ありがたやありがたや。
 そんなわけで差し入れが来るのは決まって夕食でだった。
 案の定俺は今年もお疲れ飯をもらえて、満腹満足でぐっすり眠ったよ。

 翌朝、俺は朝から巨大墓地へと出掛けた。

 狩り忘れていたゾンビが居ないかを一応確認するためだ。怠け墓守だから本音じゃ面倒だったが、地元民の大半が眠る場所でもあるからホワイトナイトには先祖参りに人で賑わう。そんな団欒にも似た日に干からびた死体が転がっていて、更にそれが身内だったなら泣くだろ。グロさとか恐怖とか嘘んあなた未練あったのってショックとかでな。

 真っ先に文句を言われるのは管理人たる墓守の俺だろう。そんな事で差し入れがもらえなくなるのは悲しいからしっかり綺麗にしておくようにしていた。まあダークナイトで狩り漏れがあったのはここの墓守を始めた最初の年だけだったが。自分でも墓地の草地に死体を見つけてギョッとした覚えがある。
 因みに墓場の雑草管理も滅炎で燃やしてあっという間だ。これが草刈りの裏技。

 いつものようにのんびり歩いて墓場の前までやってきた俺だったが、一瞬で凍り付いた。

「な、んで……門が開いてるんだ?」

 細く人一人が通った後のように門扉がずれている。
 俺は門の鍵は閉めて出た。普段から柄にもなく指差し確認だってしている。俺は施錠、そこだけは絶対蔑ろにはしない。
 師匠達を襲ったのは施錠の甘かったせいで墓場から出てきたゾンビだったらしいからだ。
 昨日の段階じゃゾンビ目撃や被害の報告は上がっていない。もしも逃げたとしても今は単なる屍だろう。

 その時、門の内側から何かを掃く音がしてハッとした。明らかに誰かが箒を使っている音だ。

「誰が……?」

 そもそもどうやってここの鍵を開けたのか。鍵を持つのは俺と町長まちおさだけだ。ホワイトナイトでもない限り町長はわざわざ朝から墓地には来ない。
 本当に一体何者がいるのかと緊張にごくりと生唾を呑み込む俺は、門扉をゆっくり押し開けて墓地の敷地へと慎重に踏み込んだ。

 キラキラと、朝日に銀髪が光を振り撒いていた。

 昨日着ていた薄汚れた白い法衣を脱いだのか、茶色く簡素な、つまりは全くの庶民服に袖を通した自称オーディンが物置小屋前を掃き掃除している。

「なっ……お前何でここにいるんだ? どうやって入った?」
「あ、ロキ君! おはようございます!」

 昨日の俺の暴言と態度を忘れたのか、そいつは人畜無害そうにこりと微笑んで俺の傍まで足を運んだ。

「おい、質問に答えろ」
「ああ実は、僕もここの墓守になったので、それで鍵を受け取って入ったんです」
「は? はあああっお前がここの墓守に!? 中央の司教様がわざわざここって、意味わかんねえんだけど!? ……何で。何か目的があんの? いや絶対にあるよな!」

 嫌な予感がした。

「……はい。ロキ君か聖都でラグナ様と会ってくれるように説得したいので、しばらく滞在しようかと思いまして」
「は、ラグナと会えだあ? 俺に用があるならラグナにお前が直接ここに来いって伝えろよ。何で俺が出向かなきゃなんねえの? んな義理はない。大体、ここの墓守に忙しいんだよ俺は。説得とかされても無駄だから中央に帰った帰った」
「ならロキ君不在の間は僕がここに残って墓守をしますから。だから聖都に行ってほしいんです。ラグナ様に会いに行ってほしいんです!」
「断る」

 自称オーディンは箒の柄をぎゅっと握った。唇を噛んで何か負の感情を我慢するようにした。……よくオーディンもしていたなそれ。徹底して似せているのがまた俺の神経を逆撫でする。

「ロキ君が僕を嫌いでも、信用できなくても、どうか、どうかっラグナ様にだけは会ってあげて下さいっ。お願いですロキ君!」
「ふざけるな。急に現れて人の過去をほじくり返して楽しいか?」
「そんなつもりじゃ……!」
「あーもういいっ! もう喋んな!」

 馬鹿馬鹿しくなってくるりと踵を返した。奴はロキ君と焦って呼んでくる。声変わりしていなくて高かった俺の知るオーディンじゃあなく、知らない低い声で。

「へ、そうか、お前もここの墓守なら、今日は屍が転がってないか入念にチェックしとけよ。任せたからな、んじゃー。俺は今日は非番になりましたー」
「えっ!? ロキ君っ!」

 弱り声を尻目にさっさと墓地を出た。追い縋って来なかったのは面倒がなくて良かった。

「家に居たらまた押し掛けて来そうだし、町に居ても同じだよな。よし、数日休暇にして、久しぶりに少し遠出するか」

 うんざりしていたのもあり、気分転換も兼ねて即決した俺は急ぎ帰宅し準備すると、酒場のおやっさん達にだけは外出を告げてから、あいつに見つからないうちにと町を出て近隣の都市へと向かった。
 ……逃げたかったのも少しだけあった。




 墓守として墓地の事や個人的に自称オーディンの行動が全く気にならなかったわけじゃないが、久しぶりの都会は田舎とは別世界だった。
 やっぱ建物からして違うからな。ここみたいな石や煉瓦の頑丈な造りならダークナイトにうちの町みたい気を張って怯えて過ごす夜も減るだろう。狼を退けるなら藁や木の小屋よりも煉瓦の小屋なのと一緒だ。

「うーん、いつか少しずつでも町の建物をこういうのに変えていけたら……ってまあ、先立つものがないと無理か」

 うちの町は飢える程に貧乏ではないが裕福でもない。俺だってその絶妙な不便さを気に入ってもいるんだし現状維持でいいか。
 当面は墓守として完璧に仕事のできる男だと認めてもらえるよう頑張って働こう。そうすればこいつがいるからダークナイトでも大丈夫だって皆も信頼してくれて安眠できるようになるだろうから。
 ただまあ今は若いってのもあって心配の方が大きいみたいだが。時間はかかりそうだ。だが頑張る!

「さーてとー、なにを見て回ろうかー」

 いよっし、テキトーにぷらぷらすっか。屋台で食指の動いた物を食べ歩きもしてやろう。
 人も品物も多く賑わい豊かな都市の通りは、兄弟弟子達と出掛けてはしゃいで駆け回った聖都の祭りを思い出させた。無論保護者はルーベン師匠……と何故か外出時には必ず現れるラグナだった。
 俺は大体オーディンと一緒に歩いて回って気に入った品々を値切りまくったっけ。オーディンは俺の押し強~な値切り交渉に少しヒヤヒヤしていたな。図々しさに店主が怒り出さないか心配したんだろう。まあそこは子供な俺より経験豊富な海千山千な商人達だったから、そういう客の扱いも心得たものだったに違いない。俺は俺で値切れはしたからとまんまと機嫌良く買い物させられた間抜けだが、思い返してもそれはそれでいい思い出だ。

「懐かしいなこういうの」

 感慨深く通りを眺め歩く。

 ふと、誰かの会話の中に聖都という単語が聞こえてきて、自然と俺の意識はそちらに吸い寄せられた。






~ここからはパラレル本編ギャグ~

その1
 オーディンは、俺が一番仲の良かった弟子仲間だった。
 無駄だと知りつつ、俺は冷たい彼を抱き締めて生き返れって泣いて願った。
 ふと、めくれた上着の下のTシャツが見えた。
 俺の顔がプリントしてあった。

「え……オーディン?」

 心がざわっとした。
 どのくらいそうしていたかはよくわからない。
 物言わないオーディンを横たえて、そう言えばルーベン師匠はってその時ようやく気になって、師匠の書斎へ続く道をよろよろした足取りで辿ったのは覚えている。
 部屋の扉は無造作に開いていて……。

「あ……めっちゃ部屋間違えた。師匠の部屋は確かあっち……」

 その後、師匠の部屋に辿り着くまで小一時間要した……。



その2
 自称オーディンとか言っていた銀髪男は蹴り出してやった朝からずっといたのかもしれない。俯いて佇んだまま爪先で地面をいじくっている。
 夕方なのに巣が近いのかまだ庭にいて帰らないセイレイが、付かず離れずな距離で男の周りをウロチョロしている。
 俺が庭いじりで見つけたネキリムシとかをそこらに投げると喜々としてやってきて啄む鳥だ。あいつからも餌がもらえると思っているのかもしれない。鳥の考えはわからないが。

「いや、わかる……!」

 良く見てみると、男の足元にはネキリムシの山ができていた。

「餌付けしとる……っ!」
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