囲われ姫は日々ほのぼの、時々撃沈~結婚式前騒動~

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9 甘い口封じ

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 嘘つきって彼は言った。

 でも私は何の嘘をついたのかさっぱり思い当たらなかった。

 綺麗なのにどこか翳った碧眼に睨まれたまま痛い程の沈黙が室内に流れて、呆然とする私は石になったみたいに動けなくて、疑問も非難もあるはずなのに何も声を上げられなかった。
 花を無下に扱った些か暴力的な彼を怖いとは思わなかったけど、突き刺すような視線を向けられている自分が酷く心許なくて居た堪れなくて我知らず花束をぎゅうっと抱き込んでいた。
 あたかもそれが頼れる御守りとばかりに。
 まさか優しいユージーンがこんな癇癪を起こすなんて思いもしなくて、目の前の人間が本当に私の良く知る少年なのかどうかわからなくなる。

「ユージーン……?」

 ようやく小さな声を咽の奥から絞り出し確かめるように彼の名を呼んだのは、その自らの内の猜疑を早く払拭したかったからかもしれない。
 彼はいつもの穏やかで大好きなユージーンだって。

「ねえ、どうしたの? 私が嘘つきって、どういうこと?」

 本当にわからなくて一歩彼に近付いた。きちんと彼に向き合って目を見て話をしないと駄目だと思った。
 そんなこっちの態度も気に食わないのか、ユージーンは怒った顔のまま両目を細めた。

「ロジーナは本当にわからないの?」
「ええ、思い当たる節がないもの」

 もしも私が気付かないうちにそう仕向けていたならよくよく省みて謝らないとね。

「だからあなたが腹を立ててる理由を教えてほしい」
「……ロジーナ、それ本気で言ってるの?」
「え、そうだけど……」

 ハッ、と彼は笑声を短く切って嘲るような声を出した。

「ハハッハハハッ、君は僕が何も知らないと思っているんだね。だからとぼけていられる」

 ユージーンのその目にも声にもより激しい憤りが見えた。
 何が可笑しいのか彼は全然らしくない歪な笑いを止めない。

「ユージ…」
「君は僕が好き?」
「え?」

 答えなんて当然至極で彼から問われる必要なんてなさそうな問いが急に投げられて、私はかえって言葉に詰まってしまった。

「す……好きよ。そんなのわかり切ってるでしょ」

 正直照れもあって僅かに視線を逸らしちゃったけど、押し黙ったような間があってからユージーンは私に接近してきた。
 そのまま彼から強く腕を掴まれて引っ張られて驚きに目を白黒させる。

「ちょっと何なの、ユージーン?」

 掴まれた所が痛んで微かな抗議を込めたけど、彼は答えず事もあろうに私をベッドに放り込んだ。その際に貰ったばかりの薔薇の花束が手から離れて、同様にベッドにぶつかった。元々花束自体の結び目が緩かったのか衝撃に解けて広がって、寝具に倒れ込む私の周りに降るように散らかる。

「な…………」

 絶句する私は、一体全体何が起きているのか、ううんされているのか理解が追い付かなかった。
 折角の薔薇が可哀想な事になっちゃったのは頭の片隅ではわかっていたけど、拾い集めないといけないって考える前に視界にユージーンの姿が入った。寝具に両手を突いて私を見下ろしベッドの天蓋を背景にする彼の気配があっという間に近付く。

 何かを問う暇もなく、強引に唇を塞がれた。

「――ッ!?」

 だけどこんなわけのわからない状況なのに、私の心臓はきゅうっと喜びに高鳴って拒めなかった。
 一日触れてなかったせいでユージーンが不足しちゃってたみたい。彼もそうなの?
 甘い薔薇の香りが何かの媚薬みたいに脳内を痺れさせる。
 目を閉じそうになって、でもそう言えば侍女がそろそろ戻ってくるかもしれないと思い出せば、急に焦って相手の胸を押しやった。

「じ、侍女が戻って来ちゃうから!」
「……やっとの抵抗?」

 顔を背ける私を吐息の掛かる近い位置で見つめたままユージーンがどこか呆れたように言った。

「やっとのって……私に抵抗してほしかったの?」

 頬の赤いままに恥じらうような横目で見やれば、彼は依然不機嫌そうにしつつ少し困っているようにも見えた。

「だってロジーナは本当はもう僕になんて見切りを付けたんでしょう?」
「……何を言ってるの? そんな面白くない冗談、冗談でも言わないで!」

 花だって駄目にしちゃうし今日のユージーンはどうにも悪ふざけが過ぎるわって頬を膨らませて半分起き上がれば、気付いた彼がまた顔を近付けて来たもんだから押し倒されたわけでもないのにベッドに背中を戻しちゃった。
 だってそうでもしないとキスしちゃう所だったもの。

「冗談? 僕だって冗談でもこんな事は言いたくなかったよ。でもロジーナが正直に話してくれないんだから僕が自分で言うしかないじゃないか」
「私が正直に、何?」
「君は僕じゃなくてリカルド兄上の提案を受けて兄上と結婚するって」
「は? 何それ!?」

 全く以て予想だにしない内容に私は唖然として呆れるのさえ失念した。

「ちょっと待ってどこからそんな話が出てくるの? 有り得ないでしょ。私はあなたと結婚するんだもの。大体ね、今更結婚相手を変更するとか根本的に無理だと思うわよ。対外的にも私とあなたの結婚だって知らせてあるんだし」

 ユージーンは私の顔の両脇に手を突いて私の話を聞きつつジッとこっちを見下ろしながら、彼自身でも何かを真剣に考え込んでいる。

 幼稚って言ってもいいくらいに機嫌が頗る悪い理由は、リックと私が結婚するかもって変な懸念を抱いているからなのね。

 誰かに何か吹き込まれでもしたのかしら。何でそんなおかしな結論に至ったのか皆目見当も付かないわ。
 早い所彼を納得させて機嫌を直してもらわないと。
 そう思って口を開こうとした矢先。

「結婚相手の変更は不可能じゃないよ。世の中には土壇場の婚約破棄の話だってあるくらいだし。でも、仮にロジーナがこのまま僕と結婚するとして、それってさ、体面のために結婚は予定通り僕とするけど、本命はリカルド兄上だから僕にはバレないように兄上と秘密の関係になろうってことだよね」
「は? だから何わけのわからないこと言ってるの。リックとはそんなんじゃないってば」
「君はこの期に及んでまだ嘘をつくの?」

 愕然と憤然を半分ずつ孕んだようにユージーンは語気を荒くする。それでもまだ彼が何とか激情を堪えているのが辛そうな表情から察せられた。
 私は辛そうな彼を見てもいつもみたいに一緒に心を痛めてはやれない。むしろ苛立ちが募った。
 だってどうして私の否定の言葉を信じてくれないの?

「嘘なんてついてない」
「ついてる」
「嘘なんてついてないってば! いい加減にして!」
「だって僕は聞いていたんだから! 今日の君と兄上との会話をこの耳でしかと!」

 え……? いつどこで? 今日は三人で顔を合わせる機会はなかったはずよ。
 あ、まさか。

「あなた、応接室に来たの?」
「ああ、行った。そこで君はリカルド兄上に求婚の返事をしていたよね。嬉しいって言ってたじゃないか。兄上も君と幸せになろうって言ってた。それなのに君は僕を好きだって偽りを言うの?」

 ええと、どういうこと?
 ちょっと物凄く猛烈に時間が欲しい。だってまだ記憶の整理が付かない。
 リックとのやり取りでそんな誤解を与える表現なんてあったっけ?
 早く思い出せって自分に言い聞かせて脳みそをフル回転させる。

『リック、本当にありがとう。あなたの気持ち嬉しかった。で…』
『ああ、わかってる』

 なんて所もあって、その後は……。

『ロジーナの花嫁姿楽しみにしてる。お互いとびきり幸せになろうな!』
『そうね、ふふっ、あなたって味方がいれば百人力よ』

 なんて会話もしたわね。

 しかもその直後に入口に誰かが居たような物音がして、でもそれは給仕係で……って、まさかあの時扉を揺らしたのは給仕係じゃなくて、ユージーン?

 給仕係が来る前に彼が居たの?

 どこから聞いてたのか知らないけど、終わり付近の会話だけを聞けば想いが通じ合って結婚式を楽しみにしている恋人たちのやり取りに聞こえなくもない。

「因みにどこから聞いてた?」
「最悪にもロジーナが兄上の気持ちを嬉しいとか何とか言っていた所から」

 その時の感情を思い出したのか、ユージーンは表情を消した。
 あー……結婚間近な相手からそんな紛らわしい台詞が聞こえてきたら絶望したくもなるわよね。彼の抱いた悲愴感は想像に難くない。
 そっか、だからなのね。
 だからユージーンは頑なで、更には思い余ってこんな手に出たのね。
 決して今の彼は褒められる事をしてないけど、私の中には愛しさが込み上げていた。
 ホント、お馬鹿さんなんだから。

「ユージーン、ちゃんと説明させて」

 心を決めて頬に手を伸ばせば、彼は僅かに慄いたようにビクッと一度震えて触れられたくないとでも言うように頭を振った。だから私も間違って爪で顔を引っ掻いちゃったりしないようにって指先を反射的に引っ込めちゃったわよ。

「ユージーン!」
「嫌だ! 別れ話なんて聞きたくないっ!」

 説明しようとするのに、彼は何も聞きたくない言わせないってばかりに私の口をまたもや彼の口で塞いできた。
 駄々をこねる子供が感情に任せて振る舞うみたいに、息さえも必要ないって感じる激したようなキスだった。
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