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11 心を預けた仲直り、そして余談
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即座に言葉の意図するものを理解してか、ユージーンは硬直したように動きを止めた。
「言っとくけど、リックじゃなくてあなたにだから捧げられるんだからね? ……あなた以外の誰にもその権利は認めないんだからね?」
「ロ、ロジーナ……?」
彼は何だか急にあたふたとして腕を解いてほしいような声を出すから察して腕を解いてやれば、恐る恐ると言った感じで顔を上げその緩慢な動きのまま私の上から退いた。
どこか放心したように座り込み、彼に続いて身を起こした私を一目だって逸らせないとでも言うように見つめる。
きっと彼は身を委ねた私の態度に心から仰天で、同時に、一気に頭が冷えたのかもしれない。
やっと自分の誤解の可能性を悟ってか、不安そうに瞳を揺らした。
私はいそいそと肌蹴たドレスの前を合わせる。
「あの、あんまり凝視されるのも恥ずかしいんだけど」
「……っ、ごっ、ごめん!」
ユージーンってば大袈裟な程に動揺して目を逸らした。薄暗くなってきた部屋の中でもわかるくらいに耳まで赤くする。たったの今まで大胆不敵過ぎるあれこれをしてきた人には到底見えない。まあ可愛いからいいけど。
彼はやや伏し目がちにしてなるべく私の方を見ないようにもしている。まだボタンを止めてないから色々と男子的には目のやり場に困るのかもね。
「ロジーナは、本当に兄上じゃないの……?」
ユージーンはそろりと後ろめたいような上目遣いを私の顔へと向けた。
「何度も違うって言ったじゃない」
「そっか……。良かった……」
ここに来てようやく彼の中で誤解が解けたみたい。私はよっぽどむくれてやろうかと思ったけど、やめた。大人げない態度は取らないであげるわ。私自身すごくホッとしたしね。
今が話し時と、私が覚えているリックとの会話とその間何が起きていたかを教えてやれば、ユージーンはリックが私の唇に指を添えたくだりで頗る文句を言いたげにしたけど、話を遮りも脱線させもしないで最後まで聞いてくれた。
「けど、まさかあなたにこんなにも情熱的な一面があるなんて思ってもみなかった。ほわほわして甘えたがりで時々ちょっとエッチな……コホン、積極的な男の子だって思ってたから、今日はかなり後手に後手にって回っちゃったわ」
うっと言葉に詰まった彼は、猛省するようにぎゅっと瞑目して項垂れる。
「……ごめんロジーナ。すごく本当に、ごめん」
肩を小さく丸まらせて、まるで叱られた幼い男の子みたいだった。
いつもなら甘えるように私に擦り寄って、あわよくば抱き締めたり寄り掛かってこようとする距離なのに、それもしない。
もっと言えば私の許しが出たのにもうこれ以上は触れようとしてこなかった。
うんまあ、確かに「いいよ」とは言ったけど、私たちみたいな国民の模範となるべき立場だと紳士淑女の貞操観念から言って婚前交渉は眉をひそめられるわよね。
「とにかくごめんねロジーナ、全部僕が悪い。だから僕を殴っていいよ。嫌な思いをさせて心から悪かったと思ってる」
この子ってばごめんごめんって何かの呪文みたいに繰り返すから、さすがに苦笑いしちゃったわ。
「あのね、無理やりはやっぱり怖かったけど…………でも、本当は嫌じゃなかったって思っちゃうイケない私もいるの。すごくドキドキして期待みたいな気持ちもあったのよ」
「えっ……」
狼狽する様子に、私は悪戯が成功した時みたいな気持ちで口元を緩めると、ベッドを沈ませて私の方から寄っていった。彼の隣りに陣取って肩に寄り掛かってずしーっと体重を掛けてやったら、彼は触れた瞬間はぴくりと肩を震わせたけど、嫌がって離れたりはしなかった。
ややあって手探りするみたいに徐々に向こうからも体重を預けてくる。
心ごと預けて預けられて、一番落ち着く温もりと匂いを傍らに、私はゆっくり目を閉じる。
「今回は全部赦してあげる。だからちゃーんと結婚しようね、ユージーン」
あなたが大好きよって想いを込めた。
「……うん」
ユージーンってばさっきは懸命に我慢したくせに今はちょっと鼻声だったから、ふふっと少しだけ笑っちゃった。
「ふう……何とか何事もなく済んで良かったですね」
「そうだな」
部屋の扉の向こうで、こっそりと深い安堵の息をつく二人組が居た。
花瓶を探してきた侍女と、リックことリカルド王子だ。
侍女の方は部屋の前まで来て扉の隙間から漏れ聞こえる音声に危うく花瓶を取り落としそうになったが、何とか抱え直して事なきを得た。
二人の相思相愛ぶりは身近で見て知っていたので、これはフライングもありかと思って止めに入るべきかで迷っていた所に何とリカルドがやってきたという経緯があった。
リカルドは先程は弟のユージーンに会えずじまいだった点を気にしていて、この件はやはりロジーナだけとではなく、弟とも直接話をしようと再び離宮へと足を運んだのだ。弟の部屋に姿がなかったので、もしやロジーナの所かとここまでやってきた。
そこでロジーナの侍女がおろおろしているので何事かと思えば、中の会話が聞こえて焦って乗り込もうとさえ思ったが、ふと何となく危惧すべき事態にはならなそうな予感がして留まったというわけだった。
ロジーナの侍女が部屋に入らずにいたのも彼を留まらせた理由の一つだ。
加えて、失恋直後に好きな相手のあえかな声を聞かされる拷問染みた状況に傷心し、なるべく部屋の入口付近から距離を取り、既婚者の余裕と若気の至りに理解のある侍女の最終的な判断に任せようと決めた。
そんなリカルドの予感は的中で、二人は結局の所、問題も二人で解決してしまった。
ロジーナと弟が誰も間に割っては入れない強い想いと絆で既にガチガチに結ばれているのだと痛感もさせられた。
二人には当初自分が心配していたような周囲の圧力などあってないようなものだったとも知った。
むしろ運命論を語るなら、二人のために二つの国家が動かされ婚姻の約束をしたと言えると、案外ロマンチストなリカルドは思ったものだ。
ロジーナの前では物わかりの良い寛容な男を演じたが、これではもう一縷の望みもなく、どうしたって諦めざるを得ない。
まだまだ失恋の切なさ痛さはあったが、彼は一方で酷く安心した。
ロジーナもユージーンも彼の愛すべき二人だからだ。
「見つからないうちに退散するか」
「ええ、そうですね。花瓶がなかなか見つからなかったという事にしておきます」
「ああそうだ、夕食は俺も一緒させてもらうぞ」
「畏まりました」
そうして外野の二人はそっとその場を立ち去って、少し時間を置いてから侍女が夕食の準備ができたと部屋に入るまで、二人の仲直りを邪魔をする者は誰もいなかった。
「…………花瓶があるんだけど」
少しして気分が落ちついた私たちは、花を無下に扱った点をユージーンに反省させてから、彼にはベッドの薔薇を、私は床に散らかったリックからの花を片付けていた。ほとんどが無事だったカラフルな花たちを再び花瓶に生けてから、そう言えば結局まだ侍女が戻って来ていないのを思い出す。
「ねえ、彼女遅いわよね」
「そう言えばそうだね」
ユージーンと二人で顔に疑問を浮かべつつ、私は何となく様子を見に部屋の外を覗いた。
で、先の台詞になるわけよ。
きっと件の侍女が持って来て置いたんだろうけど、どうして置いて行ったのか。姿も見えないのか。
因みに今扉を開ける時、半開きだった。
答えは一つしか思い浮かばない。
「~~~~ッ、絶対見られた……ッ」
入るに入れなかったに違いない。もう恥ずかしさ満点で私はその場に蹲って頭を抱えた。
リカルド王子は妾腹であれ本来ならば第一王子として王宮の中心に据えられても良さそうなものだ。
しかし、彼にはそうしない理由がある。
それは側室である彼の母親もよくよくわかっている王家の秘密でもあった。
リカルドは現国王の実子ではないのだ。
彼は正確には国王の甥なのだ。
銀髪の者は極力控えると言った使用人の採用基準にも影響した不良王族とは、実は現国王の実兄で、その彼は幾度となく王宮を抜け出してリカルドの母親と出会い、見染めた。
ユージーンやリカルドたちにも見られる一途で情熱的な血は王家の男性の性なのか、その女性がリカルドを身籠ったのは、なるべくしてそうなったとしか言えないだろう。
しかし、悲劇が起きた。
本当ならば国王になるはずだった彼は我が子の誕生を見る前に命を落としたのだ。
当時は一王子だった現国王は、兄の忘れ形見を保護する目的から兄の未婚の恋人を娶った。そして公式には彼の子として間もなくリカルドが産まれたのだ。
リカルドの母親は亡き王子を愛していたし、現国王の方もまもなく自らの愛する女性を見つけた。
そうして王家にはユージーンが産まれた。
口さがない者たちが「側室は見放されている」「妃たちの仲が悪い」などど陰口を叩き、それがさも公然の事実のようになったが、当人たち、そして王子たちは全てを了解しているので深刻な問題には発展しえなかった。
そうしてすくすくと育ったユージーンとリカルドの二人は、ユージーンの結婚式当日、開始前に新郎の控室でまったりと顔を合わせていた。
対面式に置かれている大きな革張りのソファに双方腰かけ、雑談をして暇潰し中だった。
「なあユージーン、ロジーナの花嫁姿楽しみでしょうがないよな~」
「何で兄上がそんなにそわそわするんですか。彼女は僕の嫁です」
「綺麗な花嫁さんを見るだけならタダだし良いだろ別に。何が減るわけでもないし。まあ振られて残念だったけど、人妻を奪ってやろうって気はないからそうカリカリするなよな」
あけすけな言いように、ユージーンはちょっと不貞腐れた顔を作った。
「兄上が見ると減ります。式の最中は目隠しでもしていて下さい」
「ロジーナが関わるとお前ってホント心狭っ」
「ええ、ええ、そうですよ。ところで兄上は、向こうでは彼女とかいたんですか?」
唐突な話題転換に目を瞬いたリカルドは、次にはけろりとして答えた。
「ああ、普通にいたな」
「え……? でもずっとロジーナを好きだったんじゃ……?」
兄が次の恋を探すように誘導しようとしていたユージーンとしては、だいぶ意外な返答だった。寛いでいたソファからうっかりずり落ちそうになる。
「好きな奴がいてもいいって言うから付き合った。まあ俺も未婚を貫く堅物の修道士じゃなくてそこらの普通の男だし、付き合うだろそりゃ」
「いや、そりゃって……。僕なら付き合わないですよ」
「ふーんそうか? まあここ来る前に別れたけど、二年は付き合ったな」
ユージーンは一瞬黙ってから、何となく気になってとある事項を控えめに問い掛ける。
「……それじゃあ、その……恋人としてどこまで行ったんですか?」
「あ? そんなの行く所まで行ったに決まってるだろ。二年だぞ?」
「へえ……。そっちはそっちで自由にお楽しみだったんですね」
もしもロジーナがこの会話を聞いていれば、なるほどだから女子の扱いに小慣れていたのかと納得しただろう。
遊び人とまでは行かないが、そこそこ普通に恋愛事を楽しんでいたリカルドへ、兄の事を存外ピュアな男だと思い込んでいたユージーンは何だか釈然としないものを感じつつ、兄の想いを砕いて自分がロジーナと結婚する申し訳なさというか、気にせずにはいられなかった小さな負い目のようなものが心からすっかり無くなるのを感じた。
弟の表情から察し良くそんな心情を汲み取ったのか、リカルドは腰かけているソファの背もたれに肘を乗せてその手で頬杖を突きながら、ふっと満足げに笑んだ。
「ユージーン、気張れよ」
「気張……? 何ですかいきなり?」
兄貴風を吹かせるように、リカルドがにやりと片頬を持ち上げる。
「決まってるだろ、初夜だよ初夜」
「…………」
ユージーンは大きなお世話だとげんなりしたものの、あの時の自らの手で乱したロジーナを思い出して、その柔らかで甘美な続きを想像して顔を赤くした。
それからリカルド曰く「恋愛の大先輩」としての要らぬレクチャーまでされて不機嫌になったものの、時間になり類稀なる美しい花嫁の姿を見た瞬間、そんな鬱憤はどこか彼方に吹き飛んでいった。
盛大に執り行われた二人の式は無事に終わり、その日のうちに東の離宮はロジーナだけではなくユージーンの正式な起居の場所と改められ、教会での誓いを交わした二人は二人のために飾られいつもよりも輝くその宮殿へと手を取り合って帰ったのだった。
二人の部屋の灯りは随分早くに消えたと言うが、果たしてユージーンが国王よりも早く授かっちゃうのかどうかは神のみぞ知る所だ。
「言っとくけど、リックじゃなくてあなたにだから捧げられるんだからね? ……あなた以外の誰にもその権利は認めないんだからね?」
「ロ、ロジーナ……?」
彼は何だか急にあたふたとして腕を解いてほしいような声を出すから察して腕を解いてやれば、恐る恐ると言った感じで顔を上げその緩慢な動きのまま私の上から退いた。
どこか放心したように座り込み、彼に続いて身を起こした私を一目だって逸らせないとでも言うように見つめる。
きっと彼は身を委ねた私の態度に心から仰天で、同時に、一気に頭が冷えたのかもしれない。
やっと自分の誤解の可能性を悟ってか、不安そうに瞳を揺らした。
私はいそいそと肌蹴たドレスの前を合わせる。
「あの、あんまり凝視されるのも恥ずかしいんだけど」
「……っ、ごっ、ごめん!」
ユージーンってば大袈裟な程に動揺して目を逸らした。薄暗くなってきた部屋の中でもわかるくらいに耳まで赤くする。たったの今まで大胆不敵過ぎるあれこれをしてきた人には到底見えない。まあ可愛いからいいけど。
彼はやや伏し目がちにしてなるべく私の方を見ないようにもしている。まだボタンを止めてないから色々と男子的には目のやり場に困るのかもね。
「ロジーナは、本当に兄上じゃないの……?」
ユージーンはそろりと後ろめたいような上目遣いを私の顔へと向けた。
「何度も違うって言ったじゃない」
「そっか……。良かった……」
ここに来てようやく彼の中で誤解が解けたみたい。私はよっぽどむくれてやろうかと思ったけど、やめた。大人げない態度は取らないであげるわ。私自身すごくホッとしたしね。
今が話し時と、私が覚えているリックとの会話とその間何が起きていたかを教えてやれば、ユージーンはリックが私の唇に指を添えたくだりで頗る文句を言いたげにしたけど、話を遮りも脱線させもしないで最後まで聞いてくれた。
「けど、まさかあなたにこんなにも情熱的な一面があるなんて思ってもみなかった。ほわほわして甘えたがりで時々ちょっとエッチな……コホン、積極的な男の子だって思ってたから、今日はかなり後手に後手にって回っちゃったわ」
うっと言葉に詰まった彼は、猛省するようにぎゅっと瞑目して項垂れる。
「……ごめんロジーナ。すごく本当に、ごめん」
肩を小さく丸まらせて、まるで叱られた幼い男の子みたいだった。
いつもなら甘えるように私に擦り寄って、あわよくば抱き締めたり寄り掛かってこようとする距離なのに、それもしない。
もっと言えば私の許しが出たのにもうこれ以上は触れようとしてこなかった。
うんまあ、確かに「いいよ」とは言ったけど、私たちみたいな国民の模範となるべき立場だと紳士淑女の貞操観念から言って婚前交渉は眉をひそめられるわよね。
「とにかくごめんねロジーナ、全部僕が悪い。だから僕を殴っていいよ。嫌な思いをさせて心から悪かったと思ってる」
この子ってばごめんごめんって何かの呪文みたいに繰り返すから、さすがに苦笑いしちゃったわ。
「あのね、無理やりはやっぱり怖かったけど…………でも、本当は嫌じゃなかったって思っちゃうイケない私もいるの。すごくドキドキして期待みたいな気持ちもあったのよ」
「えっ……」
狼狽する様子に、私は悪戯が成功した時みたいな気持ちで口元を緩めると、ベッドを沈ませて私の方から寄っていった。彼の隣りに陣取って肩に寄り掛かってずしーっと体重を掛けてやったら、彼は触れた瞬間はぴくりと肩を震わせたけど、嫌がって離れたりはしなかった。
ややあって手探りするみたいに徐々に向こうからも体重を預けてくる。
心ごと預けて預けられて、一番落ち着く温もりと匂いを傍らに、私はゆっくり目を閉じる。
「今回は全部赦してあげる。だからちゃーんと結婚しようね、ユージーン」
あなたが大好きよって想いを込めた。
「……うん」
ユージーンってばさっきは懸命に我慢したくせに今はちょっと鼻声だったから、ふふっと少しだけ笑っちゃった。
「ふう……何とか何事もなく済んで良かったですね」
「そうだな」
部屋の扉の向こうで、こっそりと深い安堵の息をつく二人組が居た。
花瓶を探してきた侍女と、リックことリカルド王子だ。
侍女の方は部屋の前まで来て扉の隙間から漏れ聞こえる音声に危うく花瓶を取り落としそうになったが、何とか抱え直して事なきを得た。
二人の相思相愛ぶりは身近で見て知っていたので、これはフライングもありかと思って止めに入るべきかで迷っていた所に何とリカルドがやってきたという経緯があった。
リカルドは先程は弟のユージーンに会えずじまいだった点を気にしていて、この件はやはりロジーナだけとではなく、弟とも直接話をしようと再び離宮へと足を運んだのだ。弟の部屋に姿がなかったので、もしやロジーナの所かとここまでやってきた。
そこでロジーナの侍女がおろおろしているので何事かと思えば、中の会話が聞こえて焦って乗り込もうとさえ思ったが、ふと何となく危惧すべき事態にはならなそうな予感がして留まったというわけだった。
ロジーナの侍女が部屋に入らずにいたのも彼を留まらせた理由の一つだ。
加えて、失恋直後に好きな相手のあえかな声を聞かされる拷問染みた状況に傷心し、なるべく部屋の入口付近から距離を取り、既婚者の余裕と若気の至りに理解のある侍女の最終的な判断に任せようと決めた。
そんなリカルドの予感は的中で、二人は結局の所、問題も二人で解決してしまった。
ロジーナと弟が誰も間に割っては入れない強い想いと絆で既にガチガチに結ばれているのだと痛感もさせられた。
二人には当初自分が心配していたような周囲の圧力などあってないようなものだったとも知った。
むしろ運命論を語るなら、二人のために二つの国家が動かされ婚姻の約束をしたと言えると、案外ロマンチストなリカルドは思ったものだ。
ロジーナの前では物わかりの良い寛容な男を演じたが、これではもう一縷の望みもなく、どうしたって諦めざるを得ない。
まだまだ失恋の切なさ痛さはあったが、彼は一方で酷く安心した。
ロジーナもユージーンも彼の愛すべき二人だからだ。
「見つからないうちに退散するか」
「ええ、そうですね。花瓶がなかなか見つからなかったという事にしておきます」
「ああそうだ、夕食は俺も一緒させてもらうぞ」
「畏まりました」
そうして外野の二人はそっとその場を立ち去って、少し時間を置いてから侍女が夕食の準備ができたと部屋に入るまで、二人の仲直りを邪魔をする者は誰もいなかった。
「…………花瓶があるんだけど」
少しして気分が落ちついた私たちは、花を無下に扱った点をユージーンに反省させてから、彼にはベッドの薔薇を、私は床に散らかったリックからの花を片付けていた。ほとんどが無事だったカラフルな花たちを再び花瓶に生けてから、そう言えば結局まだ侍女が戻って来ていないのを思い出す。
「ねえ、彼女遅いわよね」
「そう言えばそうだね」
ユージーンと二人で顔に疑問を浮かべつつ、私は何となく様子を見に部屋の外を覗いた。
で、先の台詞になるわけよ。
きっと件の侍女が持って来て置いたんだろうけど、どうして置いて行ったのか。姿も見えないのか。
因みに今扉を開ける時、半開きだった。
答えは一つしか思い浮かばない。
「~~~~ッ、絶対見られた……ッ」
入るに入れなかったに違いない。もう恥ずかしさ満点で私はその場に蹲って頭を抱えた。
リカルド王子は妾腹であれ本来ならば第一王子として王宮の中心に据えられても良さそうなものだ。
しかし、彼にはそうしない理由がある。
それは側室である彼の母親もよくよくわかっている王家の秘密でもあった。
リカルドは現国王の実子ではないのだ。
彼は正確には国王の甥なのだ。
銀髪の者は極力控えると言った使用人の採用基準にも影響した不良王族とは、実は現国王の実兄で、その彼は幾度となく王宮を抜け出してリカルドの母親と出会い、見染めた。
ユージーンやリカルドたちにも見られる一途で情熱的な血は王家の男性の性なのか、その女性がリカルドを身籠ったのは、なるべくしてそうなったとしか言えないだろう。
しかし、悲劇が起きた。
本当ならば国王になるはずだった彼は我が子の誕生を見る前に命を落としたのだ。
当時は一王子だった現国王は、兄の忘れ形見を保護する目的から兄の未婚の恋人を娶った。そして公式には彼の子として間もなくリカルドが産まれたのだ。
リカルドの母親は亡き王子を愛していたし、現国王の方もまもなく自らの愛する女性を見つけた。
そうして王家にはユージーンが産まれた。
口さがない者たちが「側室は見放されている」「妃たちの仲が悪い」などど陰口を叩き、それがさも公然の事実のようになったが、当人たち、そして王子たちは全てを了解しているので深刻な問題には発展しえなかった。
そうしてすくすくと育ったユージーンとリカルドの二人は、ユージーンの結婚式当日、開始前に新郎の控室でまったりと顔を合わせていた。
対面式に置かれている大きな革張りのソファに双方腰かけ、雑談をして暇潰し中だった。
「なあユージーン、ロジーナの花嫁姿楽しみでしょうがないよな~」
「何で兄上がそんなにそわそわするんですか。彼女は僕の嫁です」
「綺麗な花嫁さんを見るだけならタダだし良いだろ別に。何が減るわけでもないし。まあ振られて残念だったけど、人妻を奪ってやろうって気はないからそうカリカリするなよな」
あけすけな言いように、ユージーンはちょっと不貞腐れた顔を作った。
「兄上が見ると減ります。式の最中は目隠しでもしていて下さい」
「ロジーナが関わるとお前ってホント心狭っ」
「ええ、ええ、そうですよ。ところで兄上は、向こうでは彼女とかいたんですか?」
唐突な話題転換に目を瞬いたリカルドは、次にはけろりとして答えた。
「ああ、普通にいたな」
「え……? でもずっとロジーナを好きだったんじゃ……?」
兄が次の恋を探すように誘導しようとしていたユージーンとしては、だいぶ意外な返答だった。寛いでいたソファからうっかりずり落ちそうになる。
「好きな奴がいてもいいって言うから付き合った。まあ俺も未婚を貫く堅物の修道士じゃなくてそこらの普通の男だし、付き合うだろそりゃ」
「いや、そりゃって……。僕なら付き合わないですよ」
「ふーんそうか? まあここ来る前に別れたけど、二年は付き合ったな」
ユージーンは一瞬黙ってから、何となく気になってとある事項を控えめに問い掛ける。
「……それじゃあ、その……恋人としてどこまで行ったんですか?」
「あ? そんなの行く所まで行ったに決まってるだろ。二年だぞ?」
「へえ……。そっちはそっちで自由にお楽しみだったんですね」
もしもロジーナがこの会話を聞いていれば、なるほどだから女子の扱いに小慣れていたのかと納得しただろう。
遊び人とまでは行かないが、そこそこ普通に恋愛事を楽しんでいたリカルドへ、兄の事を存外ピュアな男だと思い込んでいたユージーンは何だか釈然としないものを感じつつ、兄の想いを砕いて自分がロジーナと結婚する申し訳なさというか、気にせずにはいられなかった小さな負い目のようなものが心からすっかり無くなるのを感じた。
弟の表情から察し良くそんな心情を汲み取ったのか、リカルドは腰かけているソファの背もたれに肘を乗せてその手で頬杖を突きながら、ふっと満足げに笑んだ。
「ユージーン、気張れよ」
「気張……? 何ですかいきなり?」
兄貴風を吹かせるように、リカルドがにやりと片頬を持ち上げる。
「決まってるだろ、初夜だよ初夜」
「…………」
ユージーンは大きなお世話だとげんなりしたものの、あの時の自らの手で乱したロジーナを思い出して、その柔らかで甘美な続きを想像して顔を赤くした。
それからリカルド曰く「恋愛の大先輩」としての要らぬレクチャーまでされて不機嫌になったものの、時間になり類稀なる美しい花嫁の姿を見た瞬間、そんな鬱憤はどこか彼方に吹き飛んでいった。
盛大に執り行われた二人の式は無事に終わり、その日のうちに東の離宮はロジーナだけではなくユージーンの正式な起居の場所と改められ、教会での誓いを交わした二人は二人のために飾られいつもよりも輝くその宮殿へと手を取り合って帰ったのだった。
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