家が落ちぶれたので婚約破棄したら甘々元婚約者と覆面交際することになりました。

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第九話 捕物劇の意外な人物

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 三人でヴィセラスが消えた方向を唖然として見やって、じゃあどうしようかと決めかねていると、その方角から何やら騒がしい気配が伝わって来た。
 視線の先で通行人たちが次々と立ち止まっている。

「何かあったのか?」

 言い争う穏やかじゃない声の反響が通りに隙間なく並ぶ煉瓦の建物伝いに響いて来て、ジュリアンがやや慎重に見据えながら眉間を寄せる。
 人垣の向こうにちらほら見えているのは警官の制服のようだ。

「まさかお兄様じゃないですわよね?」
「それはさあどうだろう。近くに行ってみようか」
「ええ」

 彼も気になったのだろう、先だってジュリアンが歩き出すと気がかりそうなアメリアが後に続いた。そんなアメリアに手を握られてエレノアも一緒に動き出す。妹としてやはり兄が心配なのだろう、握られた手の強ばりからそれが伝わってきた。

(ヴィセラス様はどうして追い掛けてくれたのかしら)

 彼が自分のために行ってくれたのは理解出来ている。ただ、そうしてくれた理由はわからない。
 もしも追いかけて行ったせいで何らかのトラブルに巻き込まれて警察沙汰になったとしたら、とてもじゃないけれど申し訳が立たない。
 エレノアも不安を胸に近付いて行くと、しかし何と向こうから当のヴィセラスが歩いて来るではないか。

「ヴィセラス! 良かった騒動は君が原因じゃあなかったみたいだね」
「お兄様! 良かったですわ。少し心配しましたのよ」

 エレノアもこくこくと首を振った。

「おいおいお前ら、普段から俺をどんな目で見てるんだよ」
「野生児?」「しつけのなってない犬ですわ!」

 傍まで戻ってきたヴィセラスは嫌そうな半眼になって友人と妹を睨んでから、ついとエレノアに視線を移した。

「二人組の男のうち一人は警察に捕まったぜ。ただ、吊り目で糸目の男の方は逃走した。警察が追いかけてったからじきに捕まるとは思うが」

(それってさっきの狐顔の男の事?)

 わざわざエレノアに説明するような口ぶりからしてそうなのだろう。
 ジュリアンとアメリアはいきなりの状況説明にキョトンとなったが、向こうで何があったか問う前にヴィセラスが疑問を解消してくれたとでも思ったのか「そうなのか」「そうなんですのね」と納得した。

「ところで用事はもういいのか?」
「ああ、日を改める事にした」

(やっぱりヴィセラス様は、私が犯人を捜してるのも知ってるの?)

 エレノアの素性は告げてあるが、彼の両親にしかその思惑は話していないはずだ。
 エレノアは今更ながらヴィセラスが気になった。彼は会う時はいつも飄々としている。妹の押しに弱い面があるのだけは見ていてわかったが、それ以外はよくわからない。

(しかも仮にも未来の嫁が他の男とお試し交際してるのに反対もせず、あまつさえ同行してくれてるけど、本当の所どう思ってるのかしら?)

 ジュリアンの相手で一杯一杯で、今までそこまで気が回らなかった。

「野次馬するか?」

 ヴィセラスから問われ――いやこの問いは問いとしては無意味だ。ヴィセラスはエレノアに暗に近くで見て来いと言っているのだ――エレノアは考えるまでもなく頷いた。

「え? わざわざ見に行くのかい?」
「危なくないんですの?」

 ジュリアンは意外感をアメリアは少し怖そうにして難色を示した。エレノアの即答にやや驚いている節もある。

「んじゃ二人はここで待っててくれ。好奇心旺盛のエリーとちょっくら行ってくるから」
「い、行かないとは言ってませんわ。エリーが行くなら私も行きますわ」
「僕も行くよ。今日は僕のエリーとのデートなんだしね。他の男と二人きりになんてさせられないよ」

 友人の掌を返したような物言いに、ヴィセラスは呆れたような目になった。

「お前って結構心狭いよな」
「そう?」

 苦笑うエレノアの横では、アメリアが心の中で「そうそう、クレイトン様はそういう殿方に違いないのですわ」と強く同意した。
 皆で人垣に混ざって何とか先頭に出ると、未だ複数の警察官たちで混む一角に目を向ける。
 近付くにつれ男の怒鳴り声が鮮明に聞こえてきたが、ここにきて最大量が耳に入ってきた。

「くそっ離せっ! 俺が何したというんだ! 俺よりも逃げた奴の方を捕まえろ! 俺は頼まれて荷を運んだだけで詐欺師ではない!」

 大人しくしろ、と地面に押さえ込まれてもなお痩せぎすの男は喚くのをやめない。

(やっぱりさっきの二人組のうちの一人だわ。でも肝心のもう一人がいない)

 逃げたと言っていた通り、この場にはその男一人だけだった。
 それだけでも収穫はある。
 人相描きにはなかった痩せぎす男の顔をよくよく見ようと現場を注視していたエレノアは、そこに見知った人物がいるのに気が付いて大いに驚いた。

(あれってジャスティン!)

 集った警官たちの間に見え隠れするのは、確かにメイフィールド家の顧問弁護士の青年ジャスティンだ。真面目な顔付きで警官と立ち話をしている。
 彼とは面識のあるジュリアンも気が付いたのか「あれはメイフィールド家の弁護士の……」と独り言を呟いた。何だかんだと偶然が重なりメイフィールドの屋敷やその他の場で顔を合わせる機会の多かった二人だった。

「メイフィールド家の? そうなのか?」
「ああ、彼とは何度か顔を合わせていたからね。中々腕の良い弁護士だと思うよ。でもどうしてここに? 何かの事件に協力でもしていたのかな」
「ついさっきと違って余裕だな。できる若い男が婚約者の割と近くにいたってのに」

 ヴィセラスが意外感を滲ませれば、ジュリアンは何とも言い様のない顔つきになる。

「いやだって彼には強力な……」

 その時だ。

「ジャスティン! やったわね! 馬車に乗り込まれる前に間に合ってホント良かったわ」

 そう張り切った声を上げて彼に駆け寄る女性がいた。

「一人逃がしたし全然よくないよ」

 苦い顔をしながら彼女と話すジャスティンが、ふとこちらを見た。

(あ……)

 エレノアの方はベールで顔が見えないので向こうは気付きようがないだろう。それでも帽子から垂らされ夜灯に映えるピンクブロンドに目を留めたのか、しばしエレノアの上に視線を固定していた。その傍に立つジュリアンにも気付いて「おや?」という顔をする。
 紳士らしく外套を羽織り山高帽を被った癖っ毛の青年弁護士は、軽く山高帽を持ち上げてみせた。ジュリアンに挨拶したのだろう。

「ぶっちゃけあの弁護士先生のおかげであいつの足止めが出来たんだよな」

 ボソリと不服そうに漏らすヴィセラスの言に、三人は目をぱちくりさせる。

「え? まさか君捕り物に介入したのか?」
「そうなんですのお兄様?」
「奴らたまたま俺の前歩いてたんだよ。で、警官を見た途端血相を変えていきなり回れ右だ。これは怪しいと思って逃げてくるのを通せんぼしたってわけだ。タイミング良く現れた弁護士先生とで挟みうちして時間を稼いだんだよ。生憎とうち一人には隙を突かれて横道に逃げられたけどな」
「まあ、お兄様お手柄ですわね!」
「凄いじゃないかヴィセラス」

 感心しきりの二人とは裏腹にヴィセラスは浮かない顔だ。
 きっともう一人を捕まえられなかったのを悔しく思っているに違いない。
 ヴィセラスが何をどう知っているにせよ、エレノアは彼の頑張りに心から感謝した。
 だから紙とペンを出して彼だけに見えるように「ありがとう」と綴ってみせると、彼はようやく渋面を解いて少しだけニッと口の端を上げた。




 弁護士のジャスティンは現れたスラリとした女性と並んで、縄を掛けられ警察の馬車に連行されて行く男を見送っている。
 ジュリアンが大きく息を吐きながらエレノアを見た。

「さっき君に絡んでた男の片割れだよね。危なかったなあ凶悪犯だったなんて。君が人質とかに取られなくて良かったよ」

 実際絡んだのはエレノアからだが、勘違いに乗っかる事にした。同意を示そうとすれば彼はさらりとこんな事を訊いてくる。

「でももしかして、知ってる相手だったりした?」

(えっ!?)

 鋭いジュリアンにエレノアは慄然となる。何かを勘づいたのだろうか。しかし正直に詐欺師一味と知っていたと告げればその背景までを説明しなければならないし、下手に誤魔化せばそれはそれで怪しまれる気がする。どうしようと返答に窮していると、ヴィセラスが不機嫌そうにジュリアンを見やった。

「変に勘繰るなっつか悪い冗談はよせって。どこをどう見ても偶然絡まれてただけだろ。エリーも困ってるじゃねえか」
「まあそうだろうけどさ。ごめん、エリーを困らせたかったわけじゃないよ。とりあえず野次馬もしたし、馬車に戻ろうか」

 本気で不審に思っているわけではなかったようで、弱ったような口調で謝るとそっとエレノアの手を引いた。助け舟に内心で大感謝していたエレノアはびっくりして顔をはね上げた。

(えっ、て…ててっ手繋ぎ!? 仮面舞踏会の時からしてこの人は~~っ)

 動揺と怒りのようなものがぐるぐる回る。我知らず指先を固くする。

「そんなに緊張しないで。もう急に飛び出して行って変な男に絡まれないようにっていう保険かな」
「あ~あ~辛い酒でも飲みたい気分だぜ~」
「私は塩でも入れたシャンパンが良いですわね~」

(ジュリアンがごめんなさい……っ)

 ピンカートン兄妹にまたも胸焼け成分を食べさせた責任を感じて、エレノアは首を竦めた。
 仕方がないと妥協し大人しく従いながら、最後に肩越しに一瞥する。
 残った警官と話し込んでいるジャスティンの姿が見えた。

(ジャスティンは優し気に見えて肉体派弁護士なのね。彼はどんな理由で詐欺師を追っているんだろう)

 職業柄なのか警察とも繋がりがあるようだ。エレノアは出来る事なら仲間に入れてほしいと思った。
 現在彼がどんな情報を持ち得ているのか非常に興味がある。
 このまま帰るのは正直なところ後ろ髪を引かれる思いだったが、ジュリアンから不審を抱かれ詮索されるのは避けたかった。回り回って侍女エリーとエレノア・メイフィールドを結び付けられては困るのだ。
 今のエレノアに打てる手は、後日彼の弁護士事務所に赴いて話を聞かせてもらうくらいだろう。

(まあ、話してくれればの話だけど。ああでもその前にクレマチスに報告してからよね)

 そう思考を整理した所で、ジュリアンの助けを借りて馬車に乗り込んだ。

 ――さっきはすみません。ちょっと知り合いを見たと思って飛び出してしまいました。

 他の二人も乗り込んだ馬車内で、取り出したメモ用紙に謝罪とそれらしい理由を書き出すと、三人共怒ってはいないと気楽に笑ってくれた。
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