春風の香

梅川 ノン

文字の大きさ
11 / 54
4章 蒼の家

しおりを挟む
 高久は、蒼の書生の件の許可を得るべく、西園寺家に何度も面談を求める。そのたびに、話すことは何もないと、けんもほろろな態度を返された。
 余りに失礼な対応に、いっそ蒼を連れ去ろうかとも思ったが、蒼の将来のためにも、筋は通さねばと考えなおした。そして、高久が執刀した政界の大物に口利きを頼み、漸く西園寺晃一との面談の機会を持った。
「何度も言っていますが、オメガに大学は必要ない。ましてや、あれはオメガとしても欠陥のある半人前。余り表に出して、西園寺家に泥を塗ってもらっても困る」
「私こそ何度も言っていますが、蒼君は決して欠陥などない。手術は成功し、彼は正常になりました。そして、オメガにも学ぶ権利はあります。私の夫はオメガですが、大学を卒業し医師になっています」
「数少ない例外を出されても……どうしてそこまで赤の他人の蒼にこだわるのですか? 若い蒼に何か魅力があるのですか?」
 薄ら笑いを浮かべて聞く晃一に、高久はその意味するところを察する。
「何を! 私には夫が、彼は番であり、唯一無二の配偶者です」
「アルファは番を何人も持てる。若いオメガはいいものですか……」
 下卑た表情の晃一に、高久の怒りは爆発しそうになるが、かろうじて耐える。
「あなたとは、どんなに話しても平行線をたどるようです。あなたがどんな想像をしてもいい。ただ蒼君を書生として引き取る許可だけいただきたい」
 高久は、書生に力を込めて言う。決して、愛人や妾として囲うのではないとの思いを込めていた。それは当たり前の話だ。そんな下心があるなら、雪哉が賛成するわけない。どころか、そもそも雪哉の方が乗り気の話である。この下劣な男には分からんだろうが。
「西園寺家に迷惑をかけない事、それを誓っていただければ」
 なんだかんだ言って晃一にとっても、蒼のことは厄介払いできるとの思いがあった。半人前のオメガほど厄介なものはない。高校までは行かせたが、その後は離れ屋に押し込めておくしないと思っていた。そしてそのまま朽ち果てる。哀れと言えば哀れだ。だったら、北畠家が責任を持ってくれるならいいだろうと思ったのだ。

 高久は、帰宅後待ち構えていた雪哉に結果を説明した。結論を聞いて喜ぶ雪哉に、水を差すようだとは思ったが、晃一の失礼な話も聞かせた。なぜなら、世間では、同じような穿った思いを持つ者もいないとは言えない。そういう見方に対する予防線のためにも聞かせた方がいいとの判断だ。
「馬鹿にするにもほどがある! どこまで下劣な想像をするんだ!」
 案の定雪哉は、烈火のごとく怒った。雪哉にとって、自分よりも高久に下卑た考えを向けられたことに怒りが沸くのだった。
「私もな、さすがに怒りが沸騰しそうになった。だがな雪哉、世間ではそういう見方をする者もいる。それは頭に置いておいた方がいい。蒼君のためにもな」
 さすが、高久は冷静な判断が出来る。雪哉は改めて、我が夫に尊敬の思いを抱いた。

「ママーっ、このおじさんたちなにしてるの?」
 庭の横に何人もの男性が何やら持ち込んだりして何かをしているのを、彰久は不思議に思う。
「お家を建ててるの。お家って言っても離れって言って、小さいお家だよ」
「はなれ、ちいさいおうち。どうして?」
「どうしてだと思う?」
 もったいぶって言う雪哉に、「どうしてなの?」と彰久はつぶらな瞳で見上げて聞く。
「ふふっ、蒼君の家だよ」
「あおくん! あおくんのおうち! じゃあ、あおくんここにすむの?」
「そうだよ。春になったらあお君ここへ住むんだよ」
「やったーっ! うれしいな!」
 彰久は飛び跳ねて、全身で喜びを表す。
「わあーいっ! おじさんたち、はやくあおくんのおうちつくって! はやく!」
「こらこらっ、危ないぞ! 彰久邪魔になるから近づいちゃダメっ! ここで静かに見なさい」
 喜びの余り、職人たちに近づいた彰久は雪哉に引っ張り戻される。
「いいかい、おじさんたち一生懸命に造って下さっているんだ。お前が近づいたら邪魔になって出来上がりが遅くなる。ここで大人しく見てるんだぞ」
 神妙な顔で彰久は頷いた。邪魔したら出来上がりが遅くなるという言葉は、彰久には抜群に利いた。幼い彰久にはこの小さいおうちが出来上がったら蒼は越してくる。だから早く出来上がるといい、そう思ったのだ。
 その日から、毎日彰久は家の出来具合を見るのが日課になった。職人たちは、毎日来ては自分たちの仕事を見ている小さな男の子は可愛くて、時折声を掛けた。それが彰久には嬉しくて、ニコニコして応えるので、益々彰久の人気は増した。
「はやくできないかなあ、たのしみだなあ」
 と言う彰久のために、可愛い坊ちゃんのために、早く仕上てやろうと皆精を出すのだった。
 そうして、実際の工期よりも早く、蒼の小さな家は出来上がった。花の香りがする、早春。蒼の本試験が間近に迫っていた。

「ママーおうちできたけど、あおくんまだこないの?」
「あお君これから試験だからね。今が一番大事な時なんだ」
「しけんおわったらきてくれるの?」
「ああ、終われば引越してくるよ」
「ずーっと? あのちいさなおうちにすむの?」
「そうだよ、あのおうちはあお君のおうちだからね」
「やったー! ぼくもあおくんといっしょにあのおうちにすむー」
「彰久! それはだめだぞ。あそこはあお君のおうちで、お前のおうちじゃない。勝手に入るのもだめだ! あお君がいいと言ったら入れてもらえる」
 しょんぼりして、みるみるうちにしおれる彰久、雪哉はさすがに哀れに思う。
「だけど、あお君のおうちあんなに近くなるから、毎日会える。ご飯は毎日ここで一緒に食べるぞ」
「いっしょにねられる?」
「寝るのはどうかな……毎日はないな。たまには一緒に寝てもらえるかもな」
 毎日はだめなのか……でもたまには寝てもらう。絶対一緒に寝ると、彰久は幼心に誓った。

「いらっしゃい、どうだった? その顔は出来たんじゃないのか」
「そうですね、大きなミスはなかったと思います」
「そうか、だったら大丈夫だ。今日はゆっくりしていきなさい」
 試験の最終日は面接だけのため、終わった後そのまま来た蒼を、雪哉は労う。試験前はさすがに来ていなかったので久しぶりの訪問だった。
 彰久はいつものごとく、蒼がインターフォンを推す前に玄関まで突進して出迎えた。そして、ぴったりとくっついている。
「あおくん、おうちできたよ」
「そうだ、完成したんだ。早速見るか」
「うわあー素敵だなあ!」蒼は外観を見て歓声を上げる。
「そうだろう、中に入ろう」
 家の中も外観のイメージ通り、明るいモダンな作りの家だ。
「あっ、キッチンもあるんですね」
「ミニキッチンだよ。食事はうちで一緒にと思ってるけど、自分で何か飲んだり、ちょっとした物食べたい時もあるだろ。夜食とか、そう思ってね」
 そこまで考えてくださったのか、蒼は感謝の気持ちで一杯になる。ミニキッチンだけでなく、小さいと言えど、一人で住むには十分な広さで、設備も整っている。蒼は、感激し胸がつまり涙を溢れさせた。
「あおくん、ないてるの……かなしいの」
 心配そうに尋ねる彰久、蒼は涙をすすり上げて答えた。
「ううん、ごめんね。悲しいからじゃないんだよ。嬉しすぎて涙が出たんだよ」
「よかった……あおくん、かなしいんじゃないんだね。うれしすぎてもなみだがでるんだね」
 そう言って、彰久はその小さな手で蒼の涙をぬぐう。小さな手から優しさと、温もりが伝わり、蒼は泣きぬれた顔で微笑んだ。

しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

【完結済】どんな姿でも、あなたを愛している。

キノア9g
BL
かつて世界を救った英雄は、なぜその輝きを失ったのか。そして、ただ一人、彼を探し続けた王子の、ひたむきな愛が、その閉ざされた心に光を灯す。 声は届かず、触れることもできない。意識だけが深い闇に囚われ、絶望に沈む英雄の前に現れたのは、かつて彼が命を救った幼い王子だった。成長した王子は、すべてを捨て、十五年もの歳月をかけて英雄を探し続けていたのだ。 「あなたを死なせないことしか、できなかった……非力な私を……許してください……」 ひたすらに寄り添い続ける王子の深い愛情が、英雄の心を少しずつ、しかし確かに温めていく。それは、常識では測れない、静かで確かな繋がりだった。 失われた時間、そして失われた光。これは、英雄が再びこの世界で、愛する人と共に未来を紡ぐ物語。 全8話

冬は寒いから

青埜澄
BL
誰かの一番になれなくても、そばにいたいと思ってしまう。 片想いのまま時間だけが過ぎていく冬。 そんな僕の前に現れたのは、誰よりも強引で、優しい人だった。 「二番目でもいいから、好きになって」 忘れたふりをしていた気持ちが、少しずつ溶けていく。 冬のラブストーリー。 『主な登場人物』 橋平司 九条冬馬 浜本浩二 ※すみません、最初アップしていたものをもう一度加筆修正しアップしなおしました。大まかなストーリー、登場人物は変更ありません。

【本編完結】あれで付き合ってないの? ~ 幼馴染以上恋人未満 ~

一ノ瀬麻紀
BL
産まれた時から一緒の二人は、距離感バグった幼馴染。 そんな『幼馴染以上恋人未満』の二人が、周りから「え? あれでまだ付き合ってないの?」と言われつつ、見守られているお話。 オメガバースですが、Rなし全年齢BLとなっています。 (ほんのりRの番外編は『麻紀の色々置き場』に載せてあります) 番外編やスピンオフも公開していますので、楽しんでいただけると嬉しいです。 11/15 より、「太陽の話」(スピンオフ2)を公開しました。完結済。 表紙と挿絵は、トリュフさん(@trufflechocolat)

【完結済】俺のモノだと言わない彼氏

竹柏凪紗
BL
「俺と付き合ってみねぇ?…まぁ、俺、彼氏いるけど」彼女に罵倒されフラれるのを寮部屋が隣のイケメン&遊び人・水島大和に目撃されてしまう。それだけでもショックなのに壁ドン状態で付き合ってみないかと迫られてしまった東山和馬。「ははは。いいねぇ。お前と付き合ったら、教室中の女子に刺されそう」と軽く受け流した。…つもりだったのに、翌日からグイグイと迫られるうえ束縛まではじまってしまい──?! ■青春BLに限定した「第1回青春×BL小説カップ」最終21位まで残ることができ感謝しかありません。応援してくださった皆様、本当にありがとうございました。

僕の幸せは

春夏
BL
【完結しました】 【エールいただきました。ありがとうございます】 【たくさんの“いいね”ありがとうございます】 【たくさんの方々に読んでいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます!】 恋人に捨てられた悠の心情。 話は別れから始まります。全編が悠の視点です。

【完結】番になれなくても

加賀ユカリ
BL
アルファに溺愛されるベータの話。 新木貴斗と天橋和樹は中学時代からの友人である。高校生となりアルファである貴斗とベータである和樹は、それぞれ別のクラスになったが、交流は続いていた。 和樹はこれまで貴斗から何度も告白されてきたが、その度に「自分はふさわしくない」と断ってきた。それでも貴斗からのアプローチは止まらなかった。 和樹が自分の気持ちに向き合おうとした時、二人の前に貴斗の運命の番が現れた── 新木貴斗(あらき たかと):アルファ。高校2年 天橋和樹(あまはし かずき):ベータ。高校2年 ・オメガバースの独自設定があります ・ビッチング(ベータ→オメガ)はありません ・最終話まで執筆済みです(全12話) ・19時更新 ※なろう、カクヨムにも掲載しています。

君さえ笑ってくれれば最高

大根
BL
ダリオ・ジュレの悩みは1つ。「氷の貴公子」の異名を持つ婚約者、ロベルト・トンプソンがただ1度も笑顔を見せてくれないことだ。感情が顔に出やすいダリオとは対照的な彼の態度に不安を覚えたダリオは、どうにかロベルトの笑顔を引き出そうと毎週様々な作戦を仕掛けるが。 (クーデレ?溺愛美形攻め × 顔に出やすい素直平凡受け) 異世界BLです。

【完結】浮薄な文官は嘘をつく

七咲陸
BL
『薄幸文官志望は嘘をつく』 続編。 イヴ=スタームは王立騎士団の経理部の文官であった。 父に「スターム家再興のため、カシミール=グランティーノに近づき、篭絡し、金を引き出せ」と命令を受ける。 イヴはスターム家特有の治癒の力を使って、頭痛に悩んでいたカシミールに近づくことに成功してしまう。 カシミールに、「どうして俺の治癒をするのか教えてくれ」と言われ、焦ったイヴは『カシミールを好きだから』と嘘をついてしまった。 そう、これは─── 浮薄で、浅はかな文官が、嘘をついたせいで全てを失った物語。 □『薄幸文官志望は嘘をつく』を読まなくても出来る限り大丈夫なようにしています。 □全17話

処理中です...