廃村双影

藤雅

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第一部 禁忌の村へ

「二重の影」

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村からの脱出を試みた片桐と瀬川だったが、霧に覆われた道は消え去り、背後では影のような存在がゆっくりと迫っていた。
 何より恐ろしかったのは、片桐の影が三つに増えていたことだった。

「瀬川……俺の影、見えるか?」

 走りながら片桐は叫んだ。

「……見える! 三つになってる! ヤバいって、これはマジでヤバい!!」

 瀬川の声が上ずっている。

 夜道を走る中、片桐は必死に思考を巡らせた。

 影が増えると何が起こるのか——?

 郷土資料館で見た記録では、「影が増えた者は村の生贄にされる」とあった。
 だが、生贄とは何を意味するのか?

「止まるな、片桐! 早く抜け出さないと!」

 瀬川に急かされるが、片桐は足を止めた。

 彼の本能が叫んでいた。

 このまま逃げ続けても意味がない——。影の呪いは、俺をどこへでも追ってくる。

「……待て」

「何考えてんだ!?」

 瀬川が片桐の肩を掴む。しかし、片桐の視線はまっすぐ、村の奥の神社へと向いていた。

「答えはあそこにある」

「は!? お前正気か!? さっきまで化け物みたいなのが出てきてたんだぞ!」

「だけど、このまま逃げても何も変わらない。影が増えた理由を突き止めないと、いずれ俺は……」

 言葉を飲み込んだ。

 このままでは、いずれ自分は「影」に飲み込まれる気がした。

「行くぞ」

 片桐は意を決して神社の境内へと足を踏み入れた。

 神社の鳥居をくぐると、空気が一変した。

 静寂——まるでここだけが時間から切り離されているような感覚だった。

 拝殿の前に立つと、そこには影の形をした石碑があった。

「これは……」

 近づくと、そこには何かが彫られていた。

「影を捧げし者、ここに眠る」

「影を……捧げる?」

 片桐がつぶやくと、突如、何者かの気配を感じた。

 後ろを振り返る。

 そこには、影のような何かが立っていた。

 だが、それはただの影ではなかった。

「……人の形をしている?」

 それはまるで、影が人の形をとったような存在だった。顔はない。ただ漆黒の闇が、人間の輪郭をなぞっているだけ。

 その存在はゆっくりと動き出し、片桐に向かって手を伸ばしてきた。

「……お前は、誰だ?」

 問いかけても答えはない。だが、片桐の頭の中に何かの記憶が流れ込んできた。

 それは——。

昭和三十二年——

 村人たちは拝殿の前に集まり、一人の若者を囲んでいた。

 その若者の影は、異様に長く、二つに分かれていた。

「……儀式を始める」

 巫女のような服を着た女が、静かに言った。

「影が増えた者は、影の神に捧げなければならない」

 村人たちが口々に呟く。

 若者は震えながら地面にひれ伏し、叫んだ。

「やめてくれ! 俺は何もしていない! 俺は——」

 しかし、巫女は微笑むと、若者の影を指差した。

「お前の影は、すでに別のものになっている」

 その瞬間、影は別の影と融合し、若者の体を飲み込んでいった。

 若者の体はゆっくりと影に沈み、やがて完全に消えた。

 ただ、地面には黒い影だけが残っていた——。

 「——ッ!」

 片桐は息を呑み、目の前の影の存在を見つめた。

「まさか……お前は……?」

 影の存在は片桐をじっと見つめていた。

 それはまるで、かつて影に飲まれた者たちが、今もここに存在し続けているような——。

「……ここで、影を捧げる儀式が行われていたんだな」

 片桐の言葉に、影はわずかに揺れた。

 だが、次の瞬間。

 影がゆっくりと片桐の影へと近づいてきた——。

「……逃げるぞ!!」

 瀬川が叫び、片桐の腕を掴んだ。

 二人は神社を飛び出した。

 しかし、村の風景はすでに変わっていた。

 霧が再び立ち込め、周囲の建物がぼんやりと歪んでいる。

「まずいな……これは、やっぱり普通の村じゃない」

「おい、片桐……お前の影、まだ三つのままだぞ……」

 瀬川の声が震える。

「影の呪いは、まだ解けていない……」

 村から脱出するには、影の正体を突き止めるしかない。

 片桐は、再び村の中心へと目を向けた。

「……次は、影の神が何なのか、突き止めるしかないな」

 その時、二人の背後から、静かな足音が響いた。

コツ……コツ……コツ……

 振り返ると、そこには——

 影と人間の狭間にいるような、異形の者が立っていた。
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